40.魔鉄製造
製鉄所が動き出した。鉄と魔石に関わってきた工員たちは慣れた様子で作業に入った。この様子ならば、鉄と魔石の加工は問題ない。問題があるとすれば、新人ばかりの魔鉄加工だ。
「じゃあ、早速なんだけど魔鉄製造を始めるわよ」
「あの……どなたが俺たちに教えてくれるんですか?」
「もちろん、私よ。私って言っても叡智っていう存在が教えてくれたことなんだけど」
「えっ、領主様が!?」
「だ、大丈夫なのか!?」
「領主様、魔鉄を作るのは初めてですよね!?」
私の言葉に工員たちは驚いた様子だった。まさか、私が直接指導するとは思わなかったみたいだ。
「大丈夫よ。魔鉄を作るのも、指導をするのも初めてだけど、叡智っていう凄い存在がちゃんと教えてくれるから」
「……魔鉄製造は領主様が片手間に出来ることじゃありませんよ」
「……あなたは?」
「私はこれでも前は魔鉄の製造に関わっていた者です」
良かった、前の魔鉄職人が残っていたわ! これで作業がとても楽になる!
思わぬ老人の登場に喜んでいたが、その人は険しい顔をして口を開く。
「魔鉄には正確に分量を計り、適した配合を見極めなければいけない。それに、ただ過熱をして混ぜ合わせればいいというものでもない。その温度管理も厳密に行わなければいけないのです。それを経験者じゃない者たちだけでこなすのは困難」
厳しい口調で老人は教えてくれた。品質の良い魔鉄を作るためには正しい分量を計り、適切な温度を管理して溶けた鉱石を混ぜ合わせなければいけない。それは経験がなかったら出来ないことだ。
「経験がなかったら、すぐには魔鉄は出来ません。知識だけでは到底作れないのです」
「いいえ、それは可能よ。正しい知識を正しく使うことが出来たなら、経験がなくたって作れるはず」
「本当に技術と経験を知識で埋めようとしているのですね。だったら、見届けさせていただきます」
「分かってくれてありがとう。絶対に最高品質の魔鉄を作って見せるわ」
老人はただ忠告ししたかっただけみたいだ。その気持ちはとてもありがたい。お陰で気を引き締める事が出来たんだもの。
「さぁ、作業を始めるわよ!」
◇
溶鉱炉に火が灯った。水車の力を利用してふいごを動かし、溶鉱炉に空気が流し込まれる。その空気が火を強くしていき、温度が上がっていく。
「そろそろいいわね。じゃあ、計っておいた鉄鉱石とコークスを入れて頂戴」
私の指示で溶鉱炉に鉄鉱石とコークスを入れる。コークスとは石炭を蒸し焼きにしたもので、これが鉄鉱石に合わせると鉄が出来る。
工員の手で材料が入れられ、さらに過熱が進むと溶鉱炉の中で鉄鉱石とコークスが合わさり、溶けた鉄が出来上るだろう。ここで止めれば普通の鉄が出来上がる。だけど、私たちが作っているのは魔鉄だ。
「そろそろね。もう一つの溶鉱炉に魔石と魔木炭を入れて」
さらに指示を重ねる。もう一つの溶鉱炉に魔石と魔木炭を入れる。魔木炭は魔力を含む木を木炭に変えたもので、これが魔石と合わせると余分な成分を除去して、魔力を溜めれる加工された魔石になる。
二つの溶鉱炉でそれぞれの溶解が進んでいく。そして、その二つを合わせる時が来た。
「じゃあ、取り出して」
私の指示に工員が動く。溶けた鉱石を取り出せる口を開くと、中から真っ赤で熱い溶けた鉱石が出てくる。それを大きな鉄の器に流し込んでいく。
工員たちは失敗しないように慎重に作業を進めた。そして、溶けだした鉱石を全て取り出す事が出来た。さぁ、ここからが魔鉄の作業だ。
「ここからの温度管理が重要よ。担当者はしっかりと温度を見極めて。取り出してから放置して、三十二分待ってね」
そうして、二つの温度が下がるのを待った。鉄と魔石を合成するには適した温度と必要な材料を入れなければいけない。その経験を担当の工員に積ませていく。
「……そろそろですか?」
「もう少しよ。温度はしっかりと感じてね」
「温度を感じる……」
担当する工員たちは真剣な顔をして、溶けた鉱石を向き合った。そして、時間が経ちその時が来た。
「今よ! この温度、忘れないで! 手をここまで近づけて、肌で感じて!」
手をかざしてもらい、温度を確認してもらう。工員たちは真剣な顔で手をかざして、温度を確かめていく。
「じゃあ、次の工程に進むわ。大鍋にこの二つを入れるのよ」
次の指示を出すと、鉄の器を滑車の力を利用して上に上げる。そして、大鍋の中に溶けた鉱石を入れた。その後、台に乗った工員たちが溶けた鉱石を混ぜ合わせる。
「じゃあ、規定量のフェルミドールの骨粉を入れて」
その後、フェルミドールの骨粉を入れる。フェルミドールとは魔法を使う魔獣の一種で、その骨には多くの魔力を含み、魔石と魔鉄の親和性を高めてくれるものだ。
「じゃあ、素早くかき混ぜて」
私の指示に工員たちが材料をかき混ぜていく。
『もっと、早くです』
「もっと早くかき混ぜて!」
叡智の指示を伝えると、工員たちはさらにかき混ぜる速度を上げていった。しばらく、混ぜ合わせていき、その様子を叡智が観察する。
『これで完了です。止めてください』
「はい、止めて! 今のかき混ぜ方は分かった? ちゃんと覚えておいてね。次は型に流し込んでいくわよ」
工員たちは作業を止めて、真剣な顔でどれくらいかき混ぜたか記憶していく。その間に他の工員たちが動き出し、大鍋を滑車で持ち上げる。そして、下部に取り付けてあった小さな口を開くと、中から混ざり合って溶けた鉱石が出てくる。
その溶けだしてきた鉱石を型に流し込んでいく。これで冷えて固まれば、魔鉄の完成となる。
その様子を見ていた、魔鉄職人の老人は驚いた顔をした。
「なんと……! 今までの動作……以前の魔鉄作りより洗練されておる!」
「ふふっ、どう? 知識があると、技術と経験の差が埋められるでしょう?」
「あぁ、恐れ入りました。これなら、良い魔鉄が出来上がるでしょう」
「流石は叡智ね!」
『恐れ入ります』
魔鉄職人だった老人も驚くほどの作業だったみたいだ。これは、魔鉄の出来上がりに期待出来るわね!