4.降りかかる難題
「レティシア様、町に着きました」
「そのようね」
侍女のセリナの声を聞き馬車の中から外をを見ると、大きな外壁が見えた。私が治める土地……ランベルティ地方にある領都フォリンダに到着したみたいだ。
門を抜け、馬車はゆっくりと外壁の中に入っていく。その様子をワクワクとした気持ちで見ていた。これから入る町が、私が運営する町になる。これから始まるであろう領地運営を思い、胸を弾ませていた。
規律の厳しい王宮から去ることが出来て、解放感でいっぱいだ。これからは、あの厳しい継母に小言を言われなくて済む。それがないだけでも、この先どんな困難があっても乗り越えていけそう。
「レティシア様、嬉しそうですね」
「まぁね! それにしてもどんな町かしら? 見るのが楽しみ!」
窓の外を見ながら、今までの事を振り返る。
王家直轄領の一部を割譲して私が収める公爵領の領土にする。それは継母主導で行われていたせいで、私には全く情報が入ってこなかった。だから、事前に何かを調べる事も出来なかった。
きっと、事前に私に情報を渡すと叡智が知恵を貸して、先回りにして色々と考えると思ったのだろう。叡智の事を毛嫌いしている継母は徹底的に情報を規制した。
割譲する地方が決まると、すぐに私はその地方に飛ばされることになった。継母の強引な手段に意見を言いたくもなるが、何か言ったら十倍は返って来るので何も言わない。
私が知っているのは、土地の名前はランベルティ地方ということ。その領都になるのが、このフォリンダという町ということ。この二つだけだ。
だけど、情報なんてそれくらいの方が楽しくなる。後は自分の目で見て、感じて、考えるだけがいい。余計な情報がない方が純粋な気持ちで情報を吸収できそうだ。
「この領都はどんな領都かしら。名物とかあるのかしらね」
「さぁ、どうでしょう? 私も行く直前に地名を知らされたので、どんな町かは知りません」
「ねぇ、落ち着いたら町の中を見て歩きましょう」
「ふふっ。それもいいですね」
期待で胸を躍らせていると、馬車が町の中に入っていった。その時、食い入るように窓から外を見る。すると、その町の様子が良く分かった。
「こ、これは……」
「人が……少ない?」
大きな領都に比べて、道行く人の数が極端に少ないのが分かる。それに町の雰囲気が暗く、活気がないように見えた。
大通りに面しているのに閉まっているお店が目立っていて、明らかに様子のおかしい町だった。
「開いているお店がこんなにも少ないだなんて……」
「もしかして、今日は特別なお休みの日だったりするのかしら?」
「お休みだったら、町に人が溢れてませんか?」
「それもそうね……。この町は変だわ。領館へ急ぎましょう」
嫌な胸騒ぎがして、私たちは馬車を走らせた。想像した通り、継母は厄介な地方を割譲したんじゃない?
◇
領館に辿り着くと、まずは応接間に通された。事前に連絡はしていたはずだけど、この対応はいかがなものか? そう思っていると、応接間の扉が開いた。
「お待たせしました。ランベルティ地方の代官を努めさせていただいてます、リビルと申します」
扉から現れたのは、胡散臭い様子の四十代後半の男性だった。
「はじめまして、レティシアと言います。今日付けで私がランベルティ地方の正式な領主になったのですが……」
「はい、聞き及んでおります。出迎えが出来ず、大変申し訳ございませんでした」
「事前に連絡しておいたはずでは?」
「引き継ぎの資料を作成するのに手間取ってしまいまして。大変申し訳ありません」
笑顔を顔に張り付けてそう言った。これは本心を隠しているタイプだ。一体何を考えている?
「では、こちらが印章になります。無くされぬようお持ちください」
そんな大事な物を持ち歩いてきた? 不用心なその行いに眉をひそめていると、リビルは私の事を全く気にせずポケットにしまっていた時計を確認した。
「おや、もうこんな時間ですか。では、私は王宮に帰らせていただきます」
わざとらしい物言い。それに全く引き継ぎをしないままここを去ろうとする意思。正直言って、信じられないくらい無礼な態度だ。
「ちょっと待ってください。引き継ぎは……」
「執務室に資料を作成しておりますので、そちらをご覧いただければ分かるはずです。叡智を兼ね備えた才媛の姫なら理解出来ると思いますよ」
「それはあまりにも失礼じゃ……」
「では、私はこれで」
私が引き留める間もなく、リビルは応接間を去って行った。その様子に私たちは唖然として、見送ってしまった。その姿はまるで逃げるような姿だった。
「はっ。まだ聞きたいことが!」
「失礼します」
リビルを連れ戻そうとした時、応接間に声が響いた。扉から現れたのは、領館で働いていたと思われる地方官吏や使用人たち。それが大人数で押しかけてきた。
あまりにも突然な事で驚いていると、一人の官吏が前に出てきた。
「今日を持ちまして辞職させていただきます」
そう言って、私の目の前にあるテーブルに辞表を置いてきた。一礼をすると、その人はすぐに応接間を出て行く。すると、他の人も同じように辞表の封筒を次々にテーブルに置いていった。
地方官吏、メイド、料理人、庭師、馬丁……この領館で働いていたと見られる人たちの一斉退職。私はその様子を呆気に取られながら見ていた。
最後の一人、下女の少女が辞職の封筒を置くと、ようやく我に返った。
「ちょっと待って! どうして、みんなが辞めていくの!?」
なんとか引き留めて、その理由を聞きただした。すると、その少女は戸惑いながら遠慮がちに口を開く。
「新しい領主様になると、今まで通りにならないって……リビル様が」
「そ、それだけの理由で?」
「それは……私の口からは言えません!」
「あっ!」
少女は私を振り切って応接間を走って出て行った。代官を努めていたリビルの辞職が領館で働いていた人達の辞職を引き起こしたっていうの? そこにはどんな理由が……。
でも、理由を考えている暇なんてない。今、この領館には私とセリナしかいないということになる。これから、一体どうすれば!?