23.鉱員居住区(1)
鉱員の居住区はゴルドーゼ山脈の麓にある。その居住区までは領都フォリンダから馬車で二、三時間といったところだ。朝一で領館を出て行き、昼前までにはなんとか鉱員の居住区に辿り着くことが出来た。
「見た目は普通の町ね」
町の入口で馬車から降りて、町を観察する。領都フォリンダと比べると小さな町で、特に変わった特徴とかはない。
「でも、普通の町に比べると活気がないように見えるね」
「それは入口だからじゃないか? きっと、町の中に入れば人はいると思うぞ」
それもそうだ、町の外れに人が集まるわけがない。
「とりあえず、この町の町長に会いたいわね。さぁ、町に……あれは何かしら?」
町に入ろうとすると、町の外側の土地に畑が広がっているのが見えた。採鉱の町で畑仕事をしている?
「へー、この町は自分たちで食料を作っていたのね」
『これは憶測ですが、支払われる給金が安くてそれだけでは食費を賄え切れなかったのでしょう。だから、自分たちで農作を始めたんだと思います』
「それを考えると、今の状況はかなり深刻ってことね」
支払われる給金だけじゃ生活出来ないって、破綻しているようなものだ。そんな生活が一体いつから続いていたのか、それを考えると胸が痛む。
「早くこの状況から脱しないとね。あら? 畑に人がいるわ、聞いてみましょう」
畑を眺めていると、畑で働いている女性と子供の姿を見つけた。よく見て見ると、畑には沢山の女性と子供が畑仕事をしている光景が広がっている。
「子供の数が多いわね。ふふっ、賑やかで楽しそう」
「思ったよりも雰囲気が良くて安心したね」
「給金が少ないから、もっと活気がないと思っていた」
大きな子供たちは畑仕事を手伝い、小さな子供たちは集まって何やら遊びに興じている。心が温まる光景で、町の状況を知った時の焦燥感というものが薄れていく。
「じゃあ、町長の居場所を聞きに」
『待って下さい。この雰囲気に流されてはいけません。この町の人達は前の代官のせいで窮屈な思いをしているはずです。なので、レティシアが領主ということを伏せて、話をした方がいいと思います』
「怒りをぶつけてくるって言いたいの?」
『必ずそうなります。穏便に話を進めたいのであれば、まずは身分を隠すことです』
この町に当てられた予算は少ない。そんな状況が五年以上も続いていたのであれば、その恨みはとてもつもなく大きくなっているだろう。それこそ、自分が領主だと言ったら襲い掛かって来る可能性は高い。
だけど、私が出した答えは――
「いいえ。私は身分をごまかさないわ。私は正直にいきたい」
『レティシアの身に危険が迫ります。もし、怪我でもしたら……』
「怪我なんてしないから平気よ。私の強さ、知っているでしょ。そんな事よりも、今まで不誠実に対応していた人達にまた不誠実な対応をしたら失礼だわ。そんな領主にはなりたくない」
今まで大変な思いをしてきたのは、この町に住む全ての人達だ。その人達の抱えた思いはとても重いもの。それを見知らぬふりは出来ない。正面から受け止める覚悟は出来ているわ。
すると、ハイドとガイが前に出てくる。
「何を話したかなんとなく分かったよ。レティシア様の事は僕がお守りする」
「指一本触れさせないから、安心しな。こう見えても、体は鍛えているんだ」
『お二人とも……よろしくお願いします』
「ふふっ、叡智がよろしくだって。私もよろしくね」
こんな頼もしい部下がいるのだ、町民が私を傷つけるような大事にはならない。私を守ることは、町民を守る事と同義なのだから。
「よし、気持ちも固まったし……行くわよ」
強い気持ちを持って、私は畑に入っていった。
畑に入ると、私たちの存在に気づいたのか、いち早く子供がこちらを見た。
「お母さん、誰か来てるよー」
子供が声を上げて母親を呼ぶと、母親が野菜から手を離してこちらを見る。そして、怪訝な顔をしながらこちらに近づいてきた。
「……見慣れない顔ですね。ここに何の用ですか?」
「初めまして。この度、ランベルティ地方の領主になったレティシア・アナスタージよ」
「領、主?」
にこやかな顔をして自己紹介をすると、母親の顔が固まった。しばらく、母親が黙っているとキッと鋭く睨みつけてきた。
「領主がこんなところに何の用なのよ! あなたたちの顔なんて見たくないわ! さっさと帰りなさい!」
先ほどまでの穏やかな空気が一変した。予想通りに母親は怒りの形相になり、怒鳴り散らしてきたのだ。
「実は今後のことについて話したいことがあるの。町長に会わせてもらえないかしら」
「あなたになんか会わせる町長はいないわ!」
「これはとても重要な話なの。町長に会わせてもらえるまで、私はこの土地から離れないわ」
「勝手にそんな事を言ってっ! みんな、来て! ここに新しい領主がいるわよ!」
母親が大声を張り上げると、あちらこちらから声が聞こえた。すると、広い畑に散らばっていた女性たちが農具を持ってこちらに駆けつけた。よく見ると、大きな子供も農具を持ってこちらに集まって来る。
私たちはあっという間に農具を持った女性と子供に囲まれてしまった。これは……想像以上に過激な事になっちゃったわね。
「レティシア様……危険だから下がっていて」
「絶対に手出しはさせない」
ハイドとガイが周囲を警戒しはじめた。でも、取り囲まれた状況では二人の手だけでは足りない。
すると、先ほどの母親が怒りの形相でこちらに一歩近づいた。
「みんな、あなたたちを憎んでいる。ここにいると、怪我だけじゃすまないわよ」
その母親に同調するように、周りの女性たちも声を上げて農具をチラつかせる。私たちを怯えさせて帰らせようっていう魂胆だと思うけれど、おあいにく様……私にその手段は通じないわ。
必ず、あなたたちを突破して町長に会ってやるんだから!




