18.その頃、王宮では2(継母視点)
午後の温かな光がカーテン越しに注がれ、部屋を明るく照らしだす。私はゆっくりと椅子にもたれ、カップを唇に運ぶ。上等なダージリンの香りが鼻孔をくすぐり、口内にふわりと華やかな余韻を残す。
──やっぱり、レティシアのいない王宮の紅茶は格別だわ。
この味を知ってしまうと、もう昔には戻れない。王宮内にレティシアがいた時は、毎日のように彼女の活躍を耳にした。その度に感情が逆なでされて、不愉快な思いを毎日味わった。
だけど、ここではレティシアの活躍は広がらない。だって、レティシアを王宮から追放したんですもの。この現実が幸せすぎて、過去が夢だったという錯覚に陥ってしまう。
侍女が静かに菓子皿を差し出し、小さなマカロンを摘んだ。王宮にある上等な菓子も紅茶もレティシアはもう味わうことがない。それを思うと、愉快で堪らない。
表情には微笑みを絶やさないけれど、心の中では踊るような愉悦がこみ上げていた。
「レティシア……あなた、そろそろ痛い目を見る頃じゃなくて?」
私が派遣した監督官たちが決算書を確認したはずだ。それで、決算書の不備を指摘されて、領政が始まる前に印象ががた落ちするはず。あの完璧なレティシアに泥が付くのよ。
あの不備は言い逃れが出来ないわ。だって、数字を黒塗りしてやったんですもの。明らかに不正を隠すためにやったようなものだって分かるはず。
指摘をされ、今度は修正に追われる。監督官の厳しい視線に耐えながら、五年分の決算書の再作成を要求されるのはとても大変な事。ふふっ、どんな苦労をしたのか、その話を聞くのが楽しみだわ。
「王妃様、監督官がいらっしゃいました」
「部屋に通して頂戴」
「かしこまりました」
そう、今日はこの場に監督官を呼んである。レティシアがどんな思いをして、どんな苦労をして、どんな顔をしていたか聞くためだ。
部屋に一人の監督官が呼ばれると、その監督官は私の目の前に立った。
「お待たせいたしました」
「では、お話を聞かせて頂戴」
「はっ!」
ふふっ、どんなことがあったのかしらね。聞くのが楽しみよ。
まず、決算書の黒塗りを指摘された時のレティシアの様子でしょ? 領について数日しか経ってないから、決算書なんてすぐに確認しないでしょ?
きっと、驚くわよね。だって、決算書の不備は領主の責任なんですもの。その責任を追及されるに決まっているわ。追及された時の顔が見れなくて残念だけど、あなたの様子は詳しく聞かせてもらうわ。
「領館に着きますと、領主のレティシア様が対応して下さいました」
「それで。決算書を提出してきたレティシアの様子はどうだったの?」
「毅然とした態度でした」
……は? まさか、この時点で決算書の中身を確認していなかったって事なの? てっきり、決算書を見て狼狽している姿をしていると思ったのに。
いいわ、きっとその後に監督官に指摘されて狼狽するのね。ふふっ、どんな顔をしていたのかしら。
「まずは一年間の決算書と資料の照らし合わせから始めて」
「お待ちなさい。始める前に決算書の不備に気づくはずです」
「始める前に気づくですか? 決算書の不備があった場合、気づくのは資料と照らし合わせてからでして……」
「私が言いたいことはそう言う事ではありません。決算書を一目見ただけで分かるような不備があったでしょう? 例えば、数字が黒塗りになっていたりとか」
「数字が黒塗り、ですか? いえ、ちゃんと数字は書き込まれていましたよ」
……は? ど、どういうこと!? ちゃんと、数字を黒塗りにしろっていったのに、どうしてちゃんと数字が表示されているの!?
「じゃ、じゃあ! 数字が黒塗りになっているような不備はなかった、と?」
「えぇ。どの決算書もちゃんと数字が書き込まれていました」
は、はぁぁぁぁっ!? ちゃんと指示をしたのに、数字が黒塗りになっていないってどういうことなのよ! まさか、あのリビルという男が黒塗りにしなかったって事? でも、本人からの手紙にはそう書いてあったのに!
ま、まさか……事前に黒塗りに気づいて決算書を作成したって事じゃないでしょうね! ど、どうしてそんなに早く気づくことが出来るのよ! まだ、領について数日しか経っていないはずなのに! 確認する前に監督官を送ったのに!
「それで、決算書の不備ですが……」
「はっ! そ、そうそう! 数字に不備があったんじゃなくて? 不正を隠していた痕跡が見つかったり……」
「いえ、不正をしている様子はなかったです。数字も完璧でした」
は……はあぁぁぁぁぁぁっ!? ど、どういうこと!? 五年間の決算書を失敗もなく短時間で作成したっていうこと!? ありえない……一体どれだけの資料を見て作らないといけないと思っているのよ!
普通じゃありえない! ……もしかして、また叡智の仕業だというの!? 叡智がいれば、五年間の決算書の再作成も短時間で終わらせられるっていうの!?
レティシアに責任を追及させるつもりが、監督官に好印象を与える事になってしまった。こんなはずじゃなかったのに! 覚えてなさい! 次はこうは簡単にいかない!
破滅するのはレティシアたちよ!




