17.叡智の認知
「今日はお疲れ様、初仕事の日だったわね。さぁ、一緒に食事会をして交流を深めるわよ!」
大きなテーブルの上にタナトスが作った豪勢な料理がずらりと並ぶ。今日は初仕事の日だったから、みんなを労うために食事会を開催した。
領館で働いている全員を食堂に集めての食事会。一度、立場を気にしないでこんな食事会をやってみたかったのよね。
私はもう王女じゃないし、一領主だ。全ては自分の裁量に任されている。自由にできるって本当にいいわね! 王宮では規律が厳しくて息苦しかったけど、ここならなんでも自由に出来て最高!
「レティシア様と一緒にお食事が出来るなんて……」
「本当に良いのかしら? 私たち、ただのメイドよね?」
「うわー、恐縮です」
三人メイドが戸惑っている様子だけど、どこか嬉しそうな顔をしている。うんうん、やっぱりこういう食事会は嬉しいよね。
特に少年たちなんて目をキラキラさせて、目の前の食事を今か今かと待ち望んでいる。ふふっ、やっぱり子供がいるのはいいわね。とても癒しになるわ。
「さぁ、みんな食べて!」
私が合図をすると、みんなは私に感謝の言葉を言って食事に手を付けた。
「うん、美味しく出来ている」
「久しぶりにあなたの腕によりをかけた料理を食べたわ。とても美味しい」
「父さんの料理は世界一だね!」
タナトス一家はとても満足そうな顔をして料理を食べている。久しぶりにこんなに豪勢な料理を作ったから、タナトスはとても満足そうな顔をしている。
メインの肉料理を切り分けて食べてみると、甘味を含む肉汁が溢れだして口の中が幸せになった。それに、焼きたてのパンもふっくらとしていて、とても美味しい。
王宮の料理と遜色ない味に私もみんなも大満足。やっぱり、食事はみんなで食べたほうが美味しいわね。
「今日は突然監督官が来て驚きましたね」
「そうね。継母の嫌がらせにも困ったものだわ。だけど、今回もやり返してやったわよ」
セリナの言葉にイキイキと答えると、セリナはため息を吐いた。
「ここが王宮じゃなくて良かったですね。そうじゃなかったら、どんな仕返しが待っていたか……」
「それが面倒くさいのよね。でも、ここだとそんなことを気にせずにのびのびと出来るのがいいわ。叡智も継母の事なんて気にせずに力を発揮出来たみたいだしね」
「叡智様の能力を使ったのですね。急な仕事を振られて大変じゃありませんでした?」
「叡智は喜んでやってくれたわ。でも、あんまり喋らなくなったのよね。やっぱり、周りに新しい人がいるからかしら?」
「叡智様も気を遣われているんですよ」
セリナと三人の時は沢山喋ってくれたのに、今は無言を貫き通している。周りに新しい人がいると恥ずかしがって出てこないのかな?
でも、この状況はとてもやり辛い。今まで通りに喋ってくれたらいいのに……。そうだ、みんなにも叡智のことを知ってもらわないと。
「みんなに紹介したい人がいるの」
「誰でしょうか?」
「私の相棒の叡智よ」
そう言うと、食堂はシーンと静まり返った。
「……誰もいないよ?」
「そ、そうね……」
「レティシア様……人がいないのですが」
タナトス一家が不思議そうな顔をしてこちらを見てきた。
「だって、叡智は存在だけの存在だもの。姿は見えないわ」
「存在だけの、存在……ですか? ご主人、どういう意味ですか?」
「まぁ、実体がないってことでしょうか。今はご主人ではないので、ゼナさんと言いなさい」
ストリムが不思議そうにゼナに話しかけると、ゼナは苦しそうに説明をした。
「……改めて言われると、存在しない存在を認知するって難しいね」
「いや、ただのレティシア様の妄想だろ」
ハイドは困惑し、ガイは呆れたように言う。
えっ……また誰も信じてくれない!?
「いるのよ、叡智っていう存在が! ほら、三人だって叡智の能力を目の当たりにしたでしょ?」
「まぁ、私たちはその能力を目の当たりにしたので、存在は認知出来そうではありますが……」
「あの能力は常人には無理だから、レティシア様に特別な力が備わっているのは分かるよ。分かるけど……」
「目に見えない、声も聞こえない存在を認知するのは難しいな」
そ、そんな! このままだと、叡智が認知されずに私の妄想の存在になっちゃう!
「ねぇ、叡智からも何か言ってあげて! ちゃんと存在していますって、分かるような事を!」
『いきなり、そんな事を言われても困ります。私はレティシアにしか認知されていない存在ですから、そのように振る舞った方が懸命だと思います』
「何を言っているの! セリナはちゃんと認知してくれたでしょ!? ここで諦めるなぁ!」
『落ち着いてください。今、レティシアは妄想と話しているように見えるだけですよ。明らかに変人です』
「いや、何を言って……」
叡智の忠告を聞いて周りを見ていると、周囲の人達がドン引きしていた。中でも三人のメイドの様子がおかしい。
「レティシア様は妄想の住人とお話するぐらいに病んでいるの!?」
「何か私たちに出来る事はありますか!? なんでも、協力するわ!」
「レティシア様、お気を確かに!」
涙目で私を見て、切羽詰まったように言ってくる。それは、まるで瀕死の人に出会ったかのような態度だ。
「いやいや、いるのよ! 私の頭の中に! いや、頭の中っていうのはちょっと違うけど……とにかく、私の周りにいるのよ!」
「あっ、僕も頭の中に友達いるよ!」
「レック……そういうことじゃないの」
「もしかして、私の料理に変なものが入って!? それでレティシア様がおかしくなられた!?」
「私は全然おかしくないわ! 普通よ普通! ねぇ、セリナもそう思うでしょ!?」
タナトス一家も私の事を変人だという目で見つめてくる。その視線に耐えられず、セリナに助けを求めた。
セリナはとても悲しそうな顔をしていた。
「レティシア様、これが普通の反応なのですよ。私も叡智様を認知するまで、とても時間がかかりました。だから、すぐに叡智様を認知させようとすることが無理なのです」
「そこのところは大丈夫よ! 叡智の能力を目の当たりにすれば、嫌というほど認知するはずだわ! だから、叡智の能力をみせてやりなさい!」
『……』
「こういう時に黙るなぁ!」
結局、この食事会では叡智の認知は進まなかった。これじゃあ、私が妄想と話す変人みたいになっちゃうじゃない! 絶対にみんなに認めさせてやるんだから!




