14.継母の仕掛けた罠(1)
私の執務室に保管されていた資料を事務室まで持ってきた。
「みんなでこの資料を読み込めば、今の領の現状が見えてくるはずよ」
「細かい資料は後回しにして、決算書を確認しましょう。それで、領内の財政が見えてくるはずです」
「決算書は……この冊子だね」
「どんな惨状が見えてくるのか……。今から頭が痛いぜ」
「ふふっ、そう? 私は楽しみよ」
みんなで決算書が挟まった冊子を前にすると、その冊子を開く。
「こ、これはっ!?」
一目見て、私たちはその惨状を理解出来た。数値が書かれてある部分が黒塗りになっていたのだ。
「なんということだ! 次も、次も黒塗りになっている!」
「……誰かが意図的にやったと言ってもいいね」
「こいつは酷い。数字が見えないと、現状が見えてこねぇじゃねぇか」
「これはまずいわね。決算書は五年間はしっかりと保管しないといけない。これが明るみになれば、責任を追及されるわ」
ゼナが慌てて他の決算書を確認すると、すべての決算書の数値が黒塗りにされていた。こんな妨害をする人は決まっている、継母だ。きっと、継母が代官に命令して数値を黒塗りしたのだろう。
元代官のリビルが言っていた引き継ぎってそういうことね。ふふっ、やってくれるじゃない!
「早急に領の財政を把握しないといけないのに、これでは仕事にならないです。まさか、書類整理から行わないといけないなんて……」
「決算書の復元は早めにした方がいいと思うよ。これが故意なのは分かる。その人が監査官に伝手があれば、決算書の確認にくるかもしれない」
「資料はどこにある。急いで手を付けないとヤバイことになるぞ」
「私の執務室には書類はなかった。だから、事務室の隣にある資料室にあると思うの。そっちを確認してみましょう」
私たちは事務室から出ると、隣にある資料室へと急いだ。資料室の中に入ると沢山の本棚が並べられて、そこには様々な資料が保管されていた。
身近にあった本棚に手を伸ばし、資料が挟まった冊子を見て見ると、こちらはちゃんと数字が載っていた。
「こちらの数字は塗りつぶされていないみたいですね」
「これだけの資料があるんだもの、きっと手が回らなかったのよ。だから、一番困るであろう決算書の数字を塗りつぶしたんだわ」
「じゃあ、まずこの資料を年度ごとにまとめてみよう。それから、数字を合わせていって……」
「数字を合わせるのが大変だな。いつまでかかるか分からないぞ」
「数字合わせなら得意よ。きっと、今日中に終わると思うわ」
みんなが難しい顔をする中、私の言葉に驚愕する。
「えっ……これだけの資料をレティシア様が?」
「いやいや、それはレティシア様でも無理があるんじゃない?」
「計算はそんなに簡単なものじゃないぞ」
「大丈夫よ。私には叡智がいるんだもの」
止めようとする三人に自信満々に言ってあげる。すると、ゼナがハッとした表情になった。
「叡智……レティシア。まさか、あなた様は第一王女のレティシア様ではありませんか!? 叡智を兼ね備えた才媛の姫と言われた、あの!」
「よくご存じね。そうよ、私はそのレティシアよ」
「えっ、本当!?」
「嘘だろ……」
ついに私の正体がバレてしまったわね。三人は分かりやすいように狼狽している。
「でも、今は王家を追放されて一領主の身。畏まる必要はないわ」
「ですが……」
「畏まりすぎると、堅苦しくなるわ。もっと、和気藹々といきましょう」
王女の生活はとにかく窮屈で仕方なかった。色んな人に傅かれ、こちらも態度を気を付けなければいけない。だけど、一領主となればそんな生活ともお別れだ。
「みんなには普通に接してもらいたいの。仲良くなって、楽しくお話をしてみたい。……ダメ?」
「……ダメじゃないよ。よし、僕たちだけでも普通に接しないとね。だって、仕事仲間なんだから」
「お前は能天気だな。でも、その方がやりやすい。俺は賛成だ。あんたはどう思う?」
「確かに仕事をするのに、親しさは必要だと思います。出来る限りですが、私も努力します」
「ふふっ。その内慣れてくるわよ。さぁ、無駄話は終わり。早速決算書の作成に移るわよ」
◇
事務室の広い机の上に一年分の資料を積み重ねると、私は席に着いた。
「本当によろしいのですか? 書類を一瞬見せるだけで計算が出来ると……。項目もバラバラなのに……」
「えぇ、可能よ」
「レティシア様が出来るっていうから、やってみよう」
「時間が惜しい。とっとと始めるぞ」
ゼナが資料を渡す係、ハイドがページを捲る係、ガイが読み終わった資料を片づける係だ。それぞれ定位置に着くと、早速作業を開始する。
ゼナが資料を渡すと、ハイドがそれを開いてページを捲る。ページを見るのは一秒、その早さで次々と叡智に数字を見せていく。
何十枚もあった資料が数分で見終わると、すぐに次の資料に取り掛かる。ハイドが素早くページを捲り、その数字を叡智が確認する。
叡智から何も反応がないが、きっと集中しているのだろう。それか、ようやく巡ってきた仕事が嬉しくてそれ以外の事がおざなりになっているかもしれない。
こうみたら、叡智もワーカーホリックなんじゃないかしら? でも、叡智は存在しているだけだし、他に悪い影響を与えないのからワーカーホリックって言わないのかしら。
今、叡智に聞いても……仕事中だからきっと反応してくれないわね。叡智任せになっちゃうと、私が暇になるのよね。私が忙しい時は叡智もこんな気持ちだったのかしら?
小説を読みながら……は、ダメよね。みんな真剣なんだもの。私も真面目にならなくっちゃ。




