10.地方官吏の確保
「午前中だけで領館で働いてくれる人が結構見つかって良かったわね。叡智が色々教えてくれたお陰で、かなり早く話がまとまったわ、ありがとう」
『お役に立てて良かったです。次は領地運営の仕事をする、地方官吏を探しましょう』
「地方官吏ねぇ……資格持ちを探すのは一苦労だわ」
『大丈夫です。レティシアはいつも通りに色んな人に出会えば、後は私で検索します』
「叡智って便利よね。鑑定っていう能力のお陰で、その人の事がなんでも分かるんだから」
叡智は知識が豊富だけでなく、その人の能力を見分ける力も備わっている。この能力のお陰で私の周りにはスペシャリストが集まり、継母の妨害があっても王女の仕事も完璧にこなすことが出来た。
やっぱり、周りを優秀な人で固めると、仕事がやりやすい。今回もそんな優秀な人が見つかればいいのだけれど……。
人を見分けるのは叡智に任せて、私は町の中を歩き回った。しばらく歩き回っていると目の前で突然お店の扉が開いて、二人の男性が吹っ飛んできた。
「金がないなら、食いに来るな!」
店主らしき人が叫ぶと、扉は乱暴に閉じられた。吹っ飛ばされた男性たちはゆっくりと体を起こす。
「ちっ……なんだよ。飯の代わりに働くって言っているのに……」
「やっぱり、どこも働き手が必要ないみたいだね。諦めて、ちゃんとした仕事を探そうよ」
「その仕事が見つからないんだろうが」
そう言って、男性たちは立ち上がった。そして、立ち止まった私を見て一人の男性が嫌そうな顔をする。
「なんだよ。見世物じゃねぇぞ」
「まぁまぁ、落ち着いて。絡んじゃってごめんね」
そういって、穏やかな男性が険しい男性を押してこの場から立ち去ろうとする。その時、叡智が話しかけてきた。
『その二人に地方官吏の資格があります。どうやら、王宮で働いていたみたいですが、能力が高く、その能力を疎まれて横領の濡れ衣を着せられて解雇されたようです。その男性を確保してください』
ようやく見つけた有資格者。これは、見逃せない。
「あなたたち、仕事が欲しいならあげましょうか?」
「えっ?」
「ほう……」
「私は領館で働いているの。その領館で働いていた地方官吏が全員辞めちゃって、困っていたところなの。あなたたち、もう一度官吏をしてみる気はない?」
「どうして僕たちが資格を持っていることを?」
「それに、もう一度って……まさか!」
「あなたたちを知ったのは今が初めてよ。それで、どうする? もう一度、官吏に戻る気はある?」
男性たちは私の話を聞いて驚いた様子だ。二人は戸惑いつつも、相談し合う。しばらく、待っているとこちらに向き直った。
「今、僕たちは働く場所が無くて困っていたところなんだ。だから、その話はとてもありがたいよ。僕の名前はハイド」
「食う物にも困っていたところだ。ぜひ、あんたが働いている領館で働かせて欲しい。俺の名前はガイだ」
「決まりね」
地方官吏を二人も確保出来た。でも、まだ人数を確保したい。二人とは今後の話を詳しくして、その場は別れた。さて、次の地方官吏を探しに行かなくっちゃ。
◇
町の中を歩き回って、官吏の資格がある人を探し回った。中々見当たず、今日は無理かも……そう思っていた時に叡智が話しかけてきた。
『有資格者を見つけました。前方の斜め右から歩いてくる、少年を連れた男性に話しかけてください』
とうとう当たりを引いた! 斜め右の前方を見て見ると、そこには少年を連れた中年の男性が歩いていた。二人はとても残念そうに肩を落として歩いていた。
「そこの人、ちょっといいかしら」
「私ですか?」
「あなた、官吏の資格を持っているわね」
「よ、よくお気づきで……。私は官吏の資格はありますが、今は商人をしている身です。だから、国家や領の運営には疎いと思いますが……」
ズバリ言うと、中年男性は驚いた顔をして控えめな対応を取った。すると、傍にいた少年が話に割り込んでくる。
「でも、ご主人……今日で商人を辞めちゃうから商人じゃなくなるんだ。馬車も馬も売ってしまったから……」
「はははっ、この町で堅実に商人として働いてきましたが、とうとう限界が来てしまいましてね。売れる物は全て売って、この町を出て行こうとしていたところです」
「出て行く前に私の話を聞いてくれないかしら?」
その中年男性を引き留めると、控えめに頷いてくれた。
「私は領館で働いているんだけど、そこで働く地方官吏がいなくなってしまったの。それで地方官吏になってくれる人を探しているのよ」
「領館の地方官吏が? それは、また珍しい事ですね。このご時世でしっかりとした給金が貰える立場の人がいなくなるとは……。何か大きな問題が起こったのでしょうか?」
「まぁ、今より良い職を紹介させられた、と言ったらいいかしらね」
「やはり、この領地の運営も難しくなっていますか。それならば、逃げ出しても無理はなさそうですね。で、そんな運営の厳しい領地の地方官吏になって欲しいと言う事ですかな?」
先ほどの男性たちは地方官吏の仕事と聞くと受け入れてくれたが、この中年男性は違う。明らかにこちらを警戒しているようだ。
「もし、あなたが同じ立場だったらどう思いますか?」
この中年男性は私を試しているみたいだけど、そんなの私には簡単な質問よ。
「私の手で領地を蘇らせられると思ったら、とても楽しい気持ちになるわ」
「楽しい? 運営が厳しいのに?」
「仕事は楽なことばかりじゃない。だけど、その苦労が報われた時にとても嬉しい気持ちになるじゃない。私はその時の感情が好きなの。だから、どんな困難も打ち破ろうと思うわ」
「困難を打ち破る……」
「だから、運営が厳しくても私は立ち向かっていくと思うわ」
小さい時からそうだった。王女としての責務が常に圧し掛かり、常に何かに追われる生活を強いられていた。その生活で培ったことは、困難を嘆くのではなく困難を楽しむこと。
その考えのお陰で、私はどんな困難も前向きに受け取り努力し続けられた。だから、今回の困難も打ち破ろうと前向きに捉えている。
「……あなたのような考えが出来れば、私は商人を続けていたでしょう。でも、私は商人を辞めた。逃げてしまいました。そんな私をあなたは導いてくれるのですか?」
「商人を辞めてくれて良かったわ。だって、地方官吏に誘う事も出来なかったでしょう?」
「ははっ、そうですね。こんな私でも役に立てますか?」
「もちろん。一度逃げ出したあなたは逃げ出す心の痛みを知っている。だから、次は逃げ出す事はしないはずよ」
「……言いますな。ですが、嫌いではありません。ぜひ、このゼナをこの領の地方官吏にしてください」
そう言って中年男性は手を差し伸べてきて、私はその手を握った。そんな私たちの姿を見て、少年は喜びの声を上げる。
「ご主人、良かったですね!」
「あの……この子は馬車の御者が出来ますし、馬の世話も出来ます。出来ればそちらで仕事の斡旋をしてもらえないでしょうか?」
「それは助かるわ! ちょうど、その役目も探していたところよ。だから、その少年も私が雇うわ」
「えっ、それは本当!? またご主人と働けるんだね! ありがとう!」
「良かったな。ありがとうございます」
少年とゼナは喜んで、深々と頭を下げた。よし、これで最低限の人材を確保することが出来たわ。楽しい領地運営までもうひと踏ん張りよ。




