この中より一人、お主の旅の供を選ぶがいい!
生牡蠣に当たって異世界召喚された俺は、早速世界を救う旅に出る事になった。
荘厳な謁見室の中央には立派な玉座が置かれていた。玉座には王冠を被った白髪交じりの大柄なおっさんが座っていた。きっとあれが王様だろう。
王様の左右には群臣が並んでいる。剣と胸当てをつけた武官、四角帽とマントをつけた文官、そしてきらびやかな鎧を着た衛兵達も居る。
「よくぞ来てくれた伝説の勇者よ! 既に学者達から聞いていると思うが、我が国は魔王とその軍勢の攻撃により存亡の危機に瀕しておる……勇者よ、どうか力を貸してはくれまいか!?」
「ええ、いいですよ」
「……その前に聞いておきたい事などはないのか?」
「魔王のせいで困ってる人がたくさん居て、泣いてる人も居るって。それを止められるのは異世界から来た俺だけなんですよね?」
「そ……その通りだ勇者よ! よし皆の者、儀式を始めるぞ!」
王様はそう言って玉座から立ち上がり、周囲に控える人々を見渡す。すると群臣は玉座から離れて行き、謁見室の壁際まで下がる。
俺をここまで案内して来た衛兵も後ろに下がって行く。次の瞬間、王様が叫ぶ。
「冒険者達よ、入るがいい!」
謁見室の、俺が入って来たのとは別の扉が開く。そこから入って来たのは三人の人物だった。
三人は俺を見て少し戸惑っていた。まあ伝説の勇者には見えないんだろうな。異世界召喚された時の俺はジャージを着て夜道を銭湯まで歩いていただけの男だったし(その途中で強烈な腹痛に襲われた)、今も装備はマイ洗面器とタオルだけだ。
「さあ、勇者に自己紹介をするのだ」
王様に促され、気を取り直した三人が俺の前に進んで来る。
「俺はストライダー、産まれついての戦士だ! 俺を選んでくれたら序盤はとても楽になるぜ、もちろんその後もタンクとか出来るから超お得だ!」
一人目の、肩幅の広い赤毛で短髪の青年は自分を親指で指差し、そう言った。戦士にしては腰が細過ぎる気もするが、すばしっこくて元気がありそうだ。
「私はフレイア、魔術士です! 今はまだ未熟ですがもうすぐ三元素の攻撃魔法が使えるようになるし、最終的なDPSは私が一番高くなります!」
二人目は桃色のロングヘアーの美少女だった。長いローブを着ていて露出は皆無だが、素直で純真そうな雰囲気がある。あと胸が大きい。
「僕はノルン……ジョブはあの、調和士と言って……アイテムの管理をしたり、モンスターをテイムしたりして、パーティのお役に立ちます……」
三人目は小柄で痩せた栗毛色のおさげ髪の少年? だった。おどおどして自信がなさそうで、少し背中を丸めている。
王様は再び玉座に座り、腕を振りかざして俺に語り掛ける。
「彼らはいずれも豊かな才能を持つ若者だ、異世界の勇者よ、この中より一人、お主の旅の供を選ぶがいい!」
なるほど、これも俺を召喚した異世界の儀式の一つなのか。
だけどこの中から一人しか選べないの? まあ、そうなんだろう、異世界召喚されるのが俺だけとは限らないしな。
だけどいきなり選べと言われてもなあ……俺が無言で頭を掻いていると、何かを察したように王様が助け船を出してくれた。
「すぐには決められないという表情だな。今日はもう日も暮れるし、一晩良く考えて明日の朝に決めてくれても構わぬぞ」
俺は正直ホッとした。こんな事、すぐに決められないよ。
「では、仲間選びの儀式は明日の朝再び行うものとする。勇者よ、今宵はこの城に泊まり、英気を養ってくれ」
だけどこの中の誰を選ぶべきなんだろう。魔王って強いんだろ? 出来るだけ頼りになる仲間を選びたいよな。
◇◇◇
城のダイニングでは食事が振舞われた。異世界の飯もなかなか美味い。
食事の後は城の客間に通されたが、眠るのにはまだ早いし明日までに決めなくてはならない事がある。
俺は、冒険者たちの様子を見に行く事にした。
城の衛兵たちから聞いた城下町の繁華街に行ってみると、一人目の戦士ストライダーは街角の酒場のテラス席で、いかつい男達と陽気に騒いでいた。
「おおっ、勇者殿じゃないか! もしかしてもう俺に決めてくれたのか!?」
すぐに俺に気づいたストライダーが手を振ると、周りに居た戦士達も喝采を上げる。
「伝説の勇者の御供はストライダーで決まりか!」「羨ましいぞこの野郎!」
既に酒の入っている男達が大いに盛り上がる。俺はまだ決めた訳じゃないと説明しようと思ったのだが、
「まあ他の二人も見て、それから決めてくれて構わないぞ、もちろん、俺は一緒に行きたいけどな! なあ勇者殿」
ストライダーはそう言ってテラスを降り駆け寄って来る。男共も何人かついて来る。
「実際、フレイアか俺かで迷ってるんじゃないか? 確かにフレイアはなかなかの美人だけど、俺達が旅に出たら女になんて行く先々でめちゃくちゃモテるぞ……だからさ、最初の仲間は絶対、俺の方がいいって!」
ストライダーは囁くようにそう言ったが、周りの男達には丸聞こえだった。男達は大声で笑い、囃し立てる。
俺はニッコリと笑い、その場を離れる。次はその魔術士のフレイアだ。
フレイアは商店街の別の場所に居た。こちらも友達らしい女の子達に囲まれ、アイスクリームのようなものを食べ歩いていた。
「やだ、勇者様! こんなとこ見られちゃった」
フレイアは俺に気づくと、赤面してアイスクリームを後ろ手に隠す。その様子を見た女の子達が笑う。
「もう遅いよ、フレイア!」「あれが勇者様なの? 結構かっこいいじゃない」
「やめてよ、みんな」
フレイアは女の子達にそう言って、こちらに小走りで駆けて来る。だけど女の子達も結局ついて来る。
「あの、普段はもっと真面目に勉強してるんです、私、あとちょっとで一人前……魔術師試験にも受かりそうだから、ううん、絶対受かります! だから、あの……旅の御供には、私を選んでくれませんか?」
フレイアはそう言って小首を傾げる。さらさらの桃色の髪が、肩口から零れる。俺は正直に、さっきストライダーに会った事、次はノルンにも会ってみるつもりだという事を告げる。フレイアは頷いて、応える。
「そう……そうですよね! 三人とも見比べてみないと! でもその前に、そこのお店のアイスクリームを一緒に食べませんか? 美味しいんですよ……あっ、ごめんなさい、お腹いっぱいなんですね」
「もうー、フレイアの食いしん坊が勇者様にバレちゃうわ」「アハハハ」
女の子達の笑い声に、再び赤面するフレイア。俺は微笑んでその場を離れる。さあ、ノルンを探しに行こうか。
ノルンは前の二人のようにすぐには見つからなかった。街角の衛兵に聞いても皆見ていないと言う。
それでも露店の主人や通りすがりの子供達にまで尋ねて回ると、公園の噴水の辺りでよく見掛けるという話を聞く事が出来た。
「あっ……勇者さま……!」
ノルンは一人で水面で遊ぶ水鳥たちを見つめていたが、俺が近くに来た事に気づくと少し身をすくめ、それからこちらを向いた。俺は何をしていたのか尋ねる。
「……僕は……ここで鳥さん達を見ていました」
ノルンは小学生五年生の子供くらいの背丈で、女の子のような顔をしている……だけど今自分の事を僕って言ったな? この子、男なの女なの? そもそも子供みたいだけど本当に冒険者なの?
「あの……やっぱり僕って頼りないですよね? 僕自身、どうして勇者さまのお供候補の3人に入れたのか、よくわからないんです」
俺は調和士というジョブについても聞いてみた。ノルンによれば、それは古の災厄の時代にも勇者のお供として活躍した、伝説のジョブらしいのだが。
「だけど最近ではすっかり廃れていて……あの、僕の父も調和士だったんです、それで僕も父のような、パーティの仲間から便利だと言って貰える、そんな冒険者になりたいと思って」
しかしノルンは今までにも、いくつもの冒険者パーティへの加入を断られてしまったという。魔法も使えず肉弾戦も不得手な仲間はいらないと。
「こんな僕よりは、他の人の方がいいと思うけど……良かったら三番目の選択肢に加えて下さい、勇者さま」
頭を下げるノルンにまた明日と挨拶をして、俺は城に戻る。
外はすっかり日が暮れた。
点々と明かりの灯る城の廊下を客間の方に歩いて行くと、扉のない物置部屋のような所から、人の声が聞こえる。なんとなく覗いてみると、中ではあの大柄で太った王様がシャツとステテコ一枚になってベンチに座り、ゆっくりと鉄アレイを振っていた。
王様はこちらに気づき、顔を上げる。
「おお勇者殿……恥ずかしい所を見られてしもうた。旅のお供は決まったかね」
王様は鉄アレイを置き、照れ笑いを浮かべる。物置部屋の中は王様が発した汗と熱気でじっとりと湿っていた。
「すみません、今悩んでいる所です……王様は何をされているんですか?」
「まあわしも、この国を守りたいと願う男の一人なのでな。ハッハ、この腹で言っても説得力はないが」
王様はそう言って笑い、自分の太鼓腹を豪快に叩く。そして少し寂しそうに俯いて続ける。
「魔王のせいで困ってる人がたくさん居て、泣いてる人も居る。お主はそう言ったな……わしは嬉しかった。伝説の勇者がまず、その事を言ってくれたのがな。わしも本当はその為に戦いたかった。若者達が、あの冒険者達が羨ましい」
それから王様は、真顔で俺の方に向き直る。
「どうかお頼み申す、勇者殿。魔王を倒す事も大事だが、それ以上に、この国の人々を救って欲しい。わしの代わりに……どうか、この通りだ」
「ああそんな、やめて下さい王様がそんな、顔をお上げ下さい」
「ふふ、ここに居るのはわしとお主だけだ……わしはもう少し続けるから、お主は明日に備えて休むといい」
王様はまだトレーニングを続けるらしい。邪魔をしては悪いので、俺は頭を下げて汗と鉄の臭いの染みついた物置部屋を去る。
俺が客間に戻るとメイドさんが一人、俺が居ない間の留守番をしていた。
「おかえりなさいませ勇者様、私共は向かいの控室におりますので、御用があれば何なりとお申し付け下さい」
「ああちょっと待って、一つだけ聞きたい事があるんだけど」
俺は、立ち去ろうとするメイドさんを呼び止める。
◇◇◇
翌朝。俺は再び謁見室に向かう。
準備は全て済んでいた。中央の玉座には王様が既に座っていて、周りには群臣が立ち並んでいる。
「では……冒険者達をこれへ!」
王様がそう宣告すると、群臣たちは部屋の隅へと下がり、代わりにストライダー、フレイア、ノルンが控えの間から現れ、王様の前に等間隔を置いて並び、こちらを向く。
「誰を選ぶか、決まっただろうか」
「はい、決まりました」
「宜しい! これより旅立ちの儀式を始める、勇者よ! 古の救世主伝説に従い、その冒険の供を選ぶがいい!」
三人の冒険者の表情に緊張が走る……
俺は一度瞳を閉じ、それからまた開いて、大股に前に進み出る。
「一緒に行こうぜエディ。俺の仲間になってくれ!」
俺は三人の冒険者の横を通り過ぎ、玉座に向かって手を伸ばしていた。王様、エドワードは目をまん丸に見開いて俺を見ていた。王様の本当の名前は、昨日の夜メイドさんから聞いた。
群臣も冒険者も皆、唖然としている……最初に口を開いたのは、ストライダーだった。
「なっ……何を言ってるんだアンタは?」
「この中から一人って言ったじゃないか」
俺は王様に手を差し伸べたまま応える。次にフレイアが口を開く。
「ど……どうして……私たちじゃないの?」
「エディが一番、世界を救いたそうだから」
ノルンはただ口元を押さえて震えていた。群臣達もざわめきだす。俺は構わず続ける。
「あと、一番努力してた」
「ふ、ふざけるな貴様!」
壁際に居た衛兵隊長という感じのゴツいおっさんが、鎧兜をガチャガチャ言わせながら駆け寄って来る。衛兵達も、槍を握りなおして迫って来る。
「陛下に向かって不遜過ぎる!」「何という言葉遣いだ!」
「勇者といえども許せん!」「その方をどなたと心得る!」
たちまち俺は囲まれてしまった。文官達も騒いでいる。俺は尚も構わず、王様に向かい親指を立てて、心臓の辺りを指し示して見せる。
「お前の代わりなんて居ない、お前のハートの炎は、消えてなんかいないだろ?」
「何をしている、この痴れ者をひっ捕らえよ!」
隊長がそう叫び、衛兵達が俺を捕まえようと腕を伸ばした、その瞬間。
「わしの……」
エディは猛牛のように玉座を蹴って立ち上がり、
「グワッ!?」「ぎゃああ!」
―― ドガドガドッシャァァーン!!
俺を包囲する衛兵隊長とその部下の半分を体当たり一つでまとめて壁際まで吹き飛ばし、雄叫びを上げた。
「仲間に手を出すなァア!!」
その昔、伝説のチェスプレイヤー、ヴィルヘルム・シュタイニッツは言った。キングは強い駒だ、キングを使え。
まあ昨日の暗い物置部屋の中でもはっきり見えたし、腹を叩いた時の音も半端なかったわ。この王様は太ってなどいない、その鍛え抜かれた雄大な肉体には神の力、横綱の力が宿っていたのだ。
「予言は伝承通り行われ、新たな伝説はしかと幕を開けた! 今日からわしはお主の仲間だ、わしは全身全霊を以ってお主を守り、共に戦い、人々を救う事を誓う!」
「宜しくな、エディ!」
エディはがっちりと俺の手を取った。俺もそのデカい手を、力強く握り返す。
そして俺達は並んで謁見室を出て、城門へと続く廊下を、腰を抜かした群臣や兵士達の間を、肩で風を切って歩いて行く。
きっと様々な冒険が待っている、広い世界へ。
ご来場ありがとうございました。こちらをお読み下さった皆様にお願い申し上げます!
「少女マリーと父の形見の帆船」
本作ページの下の方にリンクがございます、私が最も力を入れている作品「マリー・パスファインダーの冒険と航海」の第一作目でございます。こちらも人情味のある泣き笑いの激しい主人公が、様々な苦難を鮮やかに乗り越えて行く、痛快アクションストーリーとなっております。
宜しければ是非是非、こちらにもお立ち寄りいただけますよう、何卒御願い申し上げます!
もう一度、お読みいただきまして誠にありがとうございました!