concitato
お風呂上がり、部屋に鍵をかける。……ここから寝るまでは、周りの物事なんて気にしなくてよくなって、スキだらけになるくらい、お気に入りの声にとろける時間。千百合ちゃんが練習しにきてくれた日は毎回、練習のときの声。お風呂までは普通に聴いて、しゃべり方をどう変えてるのか調べたり、声のトーンとか抑揚とかを聴きかえしてみたりしてるからセーフ……だと思いたい。
「よし、もういいよね」
二年分のお年玉を丸ごと使ったヘッドホンにアンプをつないで、千百合ちゃんの普段聞けない声を独り占めする。普段のアルデンテみたいな芯のある声でドキっとしたけど、誰にでもなれちゃうの、すっごく羨ましくなる。クールな大人っぽいキャラも、甘えん坊な妹キャラでも、少年みたいな声でも。今日は、主人公のメイド長さんを演じてもらったけど。
『シルヴィア、本当に行ってしまいますの?』
『ええ、お嬢様は早くお逃げください』
『駄目よ、あなたも一緒に来なさい』
『いえ、私はここで敵の侵攻を食い止めます。それが私の使命ですから』
好きな作品なのに、元の声を塗り替えられちゃいそう。こんな声も出せちゃうんだって何度でもときめいちゃう。わたしもまだこのときは登場人物になりきれてるし、元のシーンも相まって、体の奥、ドキドキが止まらなくなってる。
『私と共に逃げなさい、これは命令よ』
『いくらお嬢様のご命令とはいえ、……申し訳ありません、受け入れられません』
キリっとした声、その声が涙で歪むとこも、……まるで、本当に前世でこんなことしてたんじゃないかってくらい。思わず漏れる声、ダメになっちゃうくらい、好きになってる。ベッドに座り込んで、いつもみたいにクッションを抱きかかえる。
「はぁ……、こんなのだめだよぉ……っ」
私の声は少しずつ魔法が解けていくけど、千百合ちゃんの声は、最初からこうだったみたいに決まってて、……こんなに上手い人もいないのに、気づいてもらえないまま、ずっと嫌われ役に押し込められちゃってる。シンデレラの意地悪なお姉さんの役をしてたけど、……千百合ちゃんのほうが、シンデレラになれるのに。
「もっと、聴きたくなっちゃうよ、……なんて、いけないよね」
……こんなこと、聴きたい。そういう声の向こうに、いつも千百合ちゃんが出てきちゃう。わたしの家に練習に来てくれるのはせいぜい週に一回くらいだけど、そんなんで足りないくらい。……まるで、恋でもしちゃってるみたい。まだわたしの中にはない感情、そこに触れちゃってるのかな。
これ以上なんて、多分ドキドキで寝れなくなっちゃう。ヘッドホンをしまって、今日はもうおやすみしちゃおう。