a poco
私みたいな声を出せる人なんていっぱいいるから、声の幅を広げないと。見たことのある作品の台本で読み合わせて、今は振り返り中。わたしの好きな役の、好きなシーンのある回だったし、気合を入れてたんだけど、横にいる顔の表情が曇ってく。
「最初はいい感じだけど、ほら、後半になるとまた素に戻ってきちゃってるわよ」
「ほんとだ、おんなじ声質のままでいるのって大変だね……っ」
千百合ちゃんはその人の役をしてたみたいに最初から最後までぴったり合うのに、わたしは最初はそれっぽくなってても、だんだんわたしに戻ってっちゃう。けっこう、気合入れてたつもりだったんだけどな……、
「でも、響ってなりきるのは上手いのよね。同じ声質を保つスタミナを手に入れたらオーディションもうまくいくようになるんじゃない?」
「そう?えへへ、千百合ちゃんが言うなら自信ついたよ……、ありがと」
演技、すっごく上手いもん、千百合ちゃんって。普段は芯はあるけど落ち着いた声なのに、演技のときはドスの効いたっていう表現が似合いそうなくらいになる。しかも、声じゃなくて、仕草まで寄せられるんだから。そんな人に演技を褒められて、舞い上がらないわけがない。
「あなたの声ってかわいらしいんだから、生かせる幅は多いほうがいいもの」
「もう、褒めすぎだよ……っ」
でも、全部本心で言ってくれてるのは知ってる。演じてる役のせいで勘違いされちゃいがちだけど、何も演じてない千百合ちゃんは穏やかで優しい人なのも。
「……私も響みたいな声だったら、嫌われ役ばっかりキャスティングされることもなかったのかな」
「千百合ちゃん?」
ぽつんってこぼした声、らしくない言葉。……さすがに、気にしてないようにふるまってても、しんどいよね。吐かれた弱音、どうやって受け止めてあげればいいのかわからないよ。私は千百合ちゃんの声が好きなのに、それが、その人を傷つけちゃってるってこと、どう向き合えばいいのかな。
「ごめん、何でもない」
「私こそごめんね、あんな話振っちゃって。……私は好きだよ、千百合ちゃんの声も演技も」
「ええ、それは分かってるわ、ありがと」
声は好き、でも、少ししょげたままの声を聴きたいわけじゃない。わたしの中にある、よこしまな気持ちの中のピュアな部分が切なくなってく。
「今日はお泊りしないんだよね、あとどれくらいできるかな」
「あー、もう一パートくらいかな。そろそろ暗くなっちゃうし」
「うん、わかった」
戻ってくれた、かな。普段の声に戻ってくれた、気がする。もう一回、マイクの前に立つ。……千百合ちゃんはもっと、いろんなことができるのに。……ひとりじめしたいけど、もっと知ってほしくなる。