appassionato
「好きよ、響。……たぶんだけど、あなたと同じ意味で」
「うん、……千百合ちゃんもなんだね」
『すき』なんて言葉だけで、頭の中、全部真っ白になる。一番踏み出し合った一歩、もう、すぐそばに近づいて。ドキドキしすぎて、おかしくなっちゃいそう。間近にある顔から、目をそらせなくなる。……おめめ、ぱっちりしてて、まつ毛も長くて、きれい。お肌もつやつやだし、同じ女の子なのに、見とれちゃいそう。紅茶は、一旦置いちゃおう。今飲んでも、体の中で沸騰しちゃいそう。
「ねえ、……あなたからも、聞いていいかしら?」
「うぅ……、恥ずかしいのに……、いじわる」
「意地悪なキャラは演じ慣れてるもの。……知ってるでしょ?」
今の千百合ちゃんは、小悪魔っていうか。普段から演じてるような意地悪さとは違う。……そういうの、分かってすらしてるのかな。こういう話をするときの千百合ちゃんはちょっと投げやりな声になるのに、今はさっきまでの甘さが残ったまま。
「そういうのじゃなくて、なんか、甘くてきゅんってなるから……」
「ふふっ、もう……、そんなに私のこと、好き、なのね……」
「うん、……好きだよ、千百合ちゃん。……友達とか憧れとかそういうのじゃなくて、その……」
「分かってるわ、……私もだもの」
その言葉を待ってたみたいに、顔、近づいてくる。吐息がかかるくらいの距離、ささやくような声が甘い。まつ毛が触れあいそうで、肌のぬくもりが、触れなくてもわかるほど。胸の中で高鳴ってる鼓動、バクハツしちゃうんじゃないかってくらい、早くなる。
「ヒロインになれなかったのも、少しくらいはいいこともあるものね」
「……どういうこと?」
「だって、本当に繋がりたい人に、初めてをあげられるもの」
その意味が、ぱっと出てこない。でも、もっと深いこと、したいって思ってくれてるのは分かる。……ヒントを教えるように、目、閉じてくれる。……そっか、千百合ちゃんも、……こういうことするの、初めてなんだ。
「うん、……わたしも、だよ」
「そう、……おいで?」
甘い言葉を紡いでくれるくちびるに、引き寄せられるように近づける。声が好きだけど、今は、その口、ふさいじゃいたい。
「「……ふ、……っ」」
ファーストキスはレモンの味なんていうけど、そんなの味わう余裕もない。ふにっとしたぬくもりが触れたとたんに、体の中、ふわふわする。目線なんて合わせられなくて、くちびるに目が移る。……わたし、さっき、ここに、……ちゅー、しちゃったんだよね。思い出すだけで、体の中、まだぼうっとしちゃってる。
「ねえ、響。……悩み事、もう落ち着いた?」
「ありがと。……千百合ちゃんも、同じ気持ちだったんだね」
「意外だった?」
「うん、……千百合ちゃんの『すき』も一緒なんて思わなかったな」
まだ、声が甘ったるいまま。もっと、こんな声聴きたい。もうちょっとだけ、こうしてたい。わたしの中の『すき』が叶ったのに、まだ、足りなくなってくる。
「私もよ。……落ち着いたなら、お茶飲んで練習戻る?」
「うーん、……ドキドキしすぎて疲れちゃったから、もうちょっとだけ休みたいな」
「ふふっ、もう、……しょうがないわね」
まだ、声が甘いまま。本当は、もうちょっとだけこういうふうにしてたかった、とか、だったりして。だって、まだぎゅってしてくれてる手、離れてない。