adagio
わたしのお家には簡単なスタジオもあるから、実家に帰るときは千百合ちゃんと一緒に練習に来ることもとくある。お母さんと共演したこともあるみたいで、すぐに仲良くなってくれた。
お母さんがお菓子を持ってきてくれたタイミングで、一休み。既製品のチョコクッキーとよく飲んでるティーバッグのミルクティー。二人で帰ったときのおなじみのおやつの食べながら、ちょっと一息。
「もー、なんでいつもこうなるのかしら……」
「この前も理事長室に呼び出されてたけど、またいつもの?」
「そうよ、まったくどこまで嫌いになることに本気になれるのかしら」
声優さんになりたいなとは思ってるけどまだ踏み出せてないわたしと違って、千百合ちゃんは生まれたときから女優さんで声優さんもやってて。辛いことも多いのは知ってても羨ましくなる。
「ドラマとかアニメとかでうっかり恋しちゃうみたいなのはあるからなぁ……、わたしも人のことあんまり言えないかも」
「いやそれは好意だしまだいいんだよ、……というか私もちゃんと褒められたいわよ……っ」
悪役ばっかりやってるから、演じてる登場人物への悪意がそのままやって来るのも多いんだよね。一回見てみたけど、わたしが自分事として見たらしばらくショックで寝込んじゃうかもってくらい。私もかなり物語にのめりこんじゃう体質だから、今知ってる千百合ちゃんを知らずに女優さんとしての姿を知ってたら、同じことはしないにしても嫌いになってたかも。
「いやー、褒めるほうも大概変だよ、『抱かれたい』とか『抱きたい』とか『結婚したい』とか、……『壁になりたい』とかもあるけどね」
「どうせなら『結婚したい』とか『抱きたい』とかのほうがまだ嬉しいわ、何が悲しくてあんなのばっかもらわなきゃいけないのよ」
「まあそれはそうだよねぇ……」
「星花に来てよかったわ、みんないい人だし鬱陶しいマスコミも追い払ってくれるし、ひどいコメントには弁護士さんまで呼んできて対応してくれるし」
アイドルさんとかモデルさんもいるから、こういうのにはしっかりしてるって聞いてるけど、そんなすごいんだ。……そんなに大事にされてるなら、わたしも、……なんて。
「千百合ちゃんは役で損してるからなぁ、早くヒロインとかいい役取りたいね」
「ほんとそれだわ……、いつもありがと、スタジオ貸してくれて」
「いいよ、わたしも本当の声優さんとレッスンできるの嬉しいし」
「そう、ならよかったわ。……時間もいいし、そろそろ戻りましょっか」
「うん、そうだね」
声優さんになるんだったら、もっといろんな声出せるようになっておきたいもの。私も頑張らなきゃ。心の中で気合を入れて、またスタジオに。……でも、嬉しいの一番の理由は、まだ内緒にさせて。