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We Will Rock You

月曜日。この日本国では学生の本分は学業であるため、時哉は学校に行かなければならない。本当は家でずっとギターを触っていたかったが、学生の身分なので仕方ない。寝不足の頭を振って、自転車を漕いで学校へ向かった。

学校に着くと、昇降口で級友の裕介が挨拶してきた。


「よ、おはよ」

「おぅ……おはよぁ~……」


だらしなく欠伸しながら返す時哉に、裕介は心配そうに訊ねた。


「んだよ、月曜から寝不足か? それともサザエさん症候群か?」

「いや……昨日ギター買ってきてさ……。夜遅くまでずっと触ってたから眠くて……」

「何? マジでギター買ったの?」

「うん……15万かけて一式揃えた」

「ひゃ~、15万? そりゃテンション上がって遅くまでやれるわ」

「だろ? だから今日はもう寝る。昼休みになったら起こしてくれ……」

「ああ。任せとけ」


そんなこんな言いながら教室に入り、それぞれ自分の席に着く。さっきの言葉通り、時哉は机に突っ伏して、早くも寝息を立て始めた。そのまま宣言通り、昼休みまで寝通したのだった。



昼休みに裕介に起こされて昼食の弁当を食べて、時哉は学校の図書室へと向かった。目的は共用パソコン。ギターテクニック上達の為の情報を検索しようと考えたのだ。無論、自宅の自室にもパソコンはあるのだが、授業が終わるまで待ちきれず、思い付いたのが図書室の共用パソコンだった。

校舎一階の図書室のドアを開けると、紙媒体特有の匂いとしんと静まり返った雰囲気に包まれた。時哉は書棚の新刊に目もくれず、奥の一角、共用パソコンの置いてある場所を目指す。


共用パソコンは学校が開いている間はずっと電源が入りっぱなしで、授業中以外ならいつでも、誰でも使用することができる。時哉はすーっと流れるように椅子に座るとマウスを操作し、ブラウザを立ち上げて検索エンジンを起動する。

色々なワードで検索をかけるうちに、バンドスコアなるものの存在を知った。


バンドスコアとは一言で言えば楽譜である。音楽の授業やクラシック奏者が使うようなものと大体同じ。ただ違うのは、音符と同時に押さえるフレットの番号も書いてあるという親切設計になっているというところだ。

人気バンドの楽曲なら大体、アルバムが発売されると少し遅れてバンドスコアが出版される。一発屋だったとしても、バンドピースとして流行った一曲分が出版されることもままあるので、これから楽器を始めようという人は楽器屋で好きな曲のタイトルを探してみると良い。


という情報を手に入れた時哉は、検索エンジンで『THEAM バンドスコア』と検索した。するとアマゾンやヤフーショッピング、楽天などなど、猛打賞が貰えるくらいにヒットした。

今すぐ買いたい衝動に駆られたが、今使っているのは学校所有の共用パソコン。SNSやショッピングサイトへログインできないように設定されている。これではコンビニでアマゾンギフト券を買ってきても意味がない。


仕方なく嘆息と共にブラウザを閉じて、時哉は放課後にまた楽器屋に行こうと決めた。



放課後。時哉はまた大型ショッピングモールの中にある島村楽器にやってきた。目的はもちろん、THEAMのバンドスコア。

バンドスコアや音楽雑誌などの書籍類は、店の奥、ギターが展示されている場所とは反対側の、管楽器がディスプレイされている方にあった。そこで時哉はTHEAMのスコアを探――そうと思ったのだが、目的のものは直ぐに見つかった。三重県出身の新進気鋭のロックバンドということで、平台に平積みしてあったのだ。しかも店員手作りのポップ付きで。


ポップには「三重県発の大人気ロックバンド『THEAM』のバンドスコア! 再入荷しました!」とポップカラーのペンで書いてあった。これを書いた店員もTHEAMのファンなのだろうということがビンビンと伝わってくる。


そのバンドスコアのタイトルは『THEAM』。彼女らのメジャー二枚目のアルバムにして、初めて彼女らの名を冠した、その名に恥じぬ名曲揃いのアルバムと同名だった。ちなみに時哉が裕介から借りたのも、このアルバムである。

時哉はバンドスコアを手に取って、中を開いてみた。本の最初の方にはメンバー達の撮りおろし写真とインタビュー記事。アヤネ、ゆーた、青がそれぞれ、このアルバム作成についての熱い思いをインタビュアーに語っていた。


本を閉じ小脇に抱え、レジで精算を済ませると、時哉はモール一階のタワーレコードへ向かう。インタビューの中で彩音が過去のアルバムについても触れていたため、気になったのだった。

タワレコに入り、邦楽コーナーへと足を進めると、その一角に、非常に目立つポップでTHEAMの特集コーナーが設けられていた。恐らくは名古屋でのライブに合わせて作られたのだろうが、それにしても気合いが入り過ぎている。


と。その特設コーナーから少し離れた邦楽の棚の影から、ちらちらと視線を向けている怪しい人物を見付けた。

黒いキャップに赤い髪。大きな黒いマスクに黒のパーカー。所々がほつれた黒のデニムパンツを穿いた、どこかで見た風貌の、背格好からして多分女性。


非常に見覚えがあるその姿に、時哉はスマホを取り出すとLINEアプリを起動して、彩音に「お疲れ様です。一昨日はお世話になりました」と社交辞令のようなメッセージを送ってみた。すると「らいんっ」と気の抜けた炭酸飲料みたいな音がして、怪しい風貌の女性がスマホを取り出して画面を確認した。


間違いない。アレは彩音だ。

その証拠に、その女性がスマホを操作した数瞬後、時哉のスマホに「お疲れー(^_-)-☆ こっちこそ、来てくれてありがとね☆」というメッセージが届く。


時哉は特設コーナーを迂回して、怪しい女性、もとい彩音の背後に回り、


「何してんすか、彩音さん?」


ぼそっと声をかけた。すると彩音はビクンっ! と肩を跳ねさせて、恐る恐るといった感じで振り向く。それから時哉の顔を見て数瞬固まった後、ふはーっ、と息を吐いてから目尻を下げた。


「びっくりしたー! 時哉じゃん!」


彩音はマスクを顎にかけると、たはっと微苦笑して、


「いやー、ツイッターで、タワレコでうちらの特設コーナーやってるってつぶやきがあったからさー。エゴサーチってわけじゃないんだけど、気になって……」

「それでそんな怪しい格好なんですね」

「仕方ないじゃん、これでも芸能人だし、一応ね」


時哉はふーんと納得して、


「それで、エゴサーチの成果はどんなもんですか?」

「うん、この一時間で何人か買ってってくれたよ」


彩音は嬉しそうに微笑んで言う。その笑顔につられて、時哉も笑った。


「ところで、時哉は何でタワレコに?」

「あー、その……」


面と向かって本人に、本人のアルバムを買いに来たと言うのは何故か気恥ずかしく、時哉は顔を背けながらぼそっと言った。


「アルバムを買いに。その……THEAMの……」

「うそっ!? マジで!?」


驚きに表情を歪める彩音に、時哉はうなずく。すると彩音は嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分といった感じの微苦笑を浮かべた。


「ありがとう。でも、言ってくれたらそんなの、いくらでもあげるのに」

「いや、それは悪いですよ。売り上げにも貢献しなきゃですし」

「あー、そんなの関係ないよ。CDはプレスされた枚数で印税が入るから、売り上げってあんまり関係ないんだよね。重版かからない限りは」

「え? そうなんですか?」


彩音はいたずらっぽく笑いながら「そうなのだよ」と言ってウインクした。しかし甘えてばかりもいられないので、時哉はTHEAMの特設コーナーに向かい、一枚のCDを手に取った。


それは彼女らのメジャー一発目のアルバム。タイトルは『Real』。

彩音はバンドスコアのインタビューで、このアルバムのことも語っていた。それはそれはとても熱く、「この作品があったからこそ、このアルバムもあるのだ」と。


CDを手に取って眺めていると、後ろの彩音がモジモジと両手をこすり合わせながら言った。


「なんか……知り合いが自分達のCDを手にしてるの見ると、恥ずかしいね……」


時哉には到底理解できない感情だったので、「そうなんですか?」と応えてCDをレジに持っていく。精算を済ませ袋を持って彩音の元に戻り、


「彩音さん、まだエゴサーチ続けるんですか?」


訊ねると、彩音はたははっ、と笑って言った。


「いや、もう十分かな。時哉が買ってくれたとこ見れたしね」

「……俺が重要なんですか……?」

「そりゃね。知った人が買ってくれてるのって、ちょっと恥ずかしいけど……やっぱり嬉しいし」


若干頬に朱を差しながら微笑む彩音。


「そうですか。じゃあ、新譜出たらまた買いますよ、絶対」

「ほんと? じゃあ気合い入れたの作らないとね」


そう言ってまた微笑む彩音。そんな彼女に、時哉も微笑を返した。

二人してタワレコを出ると、彩音は時哉に声をかけた。


「時哉、この後用事ある? せっかくだからお茶してかない?」

「お茶ですか。いいですよ」


答えると、彩音はふわっと微笑んで、


「時哉ってタバコ吸う? 吸うんなら喫煙席あるサイゼにしよっか?」

「いや、吸わないですから……こちとら高校生なんで」

「じゃあスタバだね。行こ」


笑顔のまま時哉を先導する彩音。そうして二人はモール内にあるスターバックスへと向かった。



それぞれレジでコーヒーを受け取って、一応芸能人としての自覚のある彩音は奥まった場所の、人目に目立たない席に座った。


「そーいえば」


コーヒーを啜りながら彩音が口を開く。


「それ島村の袋だよね? 何買ったの?」

「ああ、これですか?」


時哉は袋を開けて中身を取り出す。それを見た彩音はひどく驚いて、それから気恥ずかしさに頬を染めた。


「うそ、マジ? そんなの買っちゃったの……? っていうか、何で?」


時哉も少し恥ずかしそうに答える。


「ギター始めたんで……練習用に……」

「マジ!? ギター始めたの!?」


店内に、身を乗り出して叫ぶ彩音の声が響き渡る。他の客達が迷惑そうにこっちを見たのに気付いて、彩音は「すみませーん……」とつぶやいて椅子に座り直す。それから時哉に視線を向けて、


「何でまた?」

「だって……ステージでの彩音さんが、めちゃくちゃかっこよかったから……俺もああなりたいな、って思って……」

「ちょ、うそ……あたしなんかに? あたし発進で?」


気恥ずかしさもいよいよマックスに、彩音の顔が真っ赤に染まる。それから視線をきょろきょろときょどらせてから、


「そっか……あたしのギターが、誰かの心を動かせられたんだね……」


けれどどこか嬉しそうに、微笑を浮かべた。

――ギタリストに限らず、様々な分野のアーティストは、常に誰かを感動させたい、誰かに想いを伝えたいと思って作品を創っている。中にはそんなことも考えず自分の思うままに、鬼のように作品を作り上げる人間もいるが、それでも、自分の作品が認められたり、評価されたりした時は、天にも昇るような気分になる。


事故で(はなかったが)偶然出会った少年をライブに誘い、その影響で少年が自分と同じ楽器――ギターを始めるなんて、彩音は夢にも思わなかった。そりゃ日本中をくまなく探せば一人や二人、THEAMに憧れて楽器を始めるボーイズ&ガールズもいるだろう。それでも、まさか時哉が……。


彩音自身も、知り合いに影響されてギターを始めた身だ。だから、時哉が憧れた気持ちも、よく分かる。

だから。彩音は心からの激励を、時哉に送った。


「頑張ってね」


その笑顔は子供を見守る母のように慈愛に満ちていて。その笑顔に、時哉も誠意を込めて答えた。


「はい。頑張ります」


彩音はうんとうなずいて、自分達のバンドスコアを見詰める。


「やー、でもまさか、自分達が認められてこんなに人気が出て、バンドスコアまで出るなんて……今でも夢みたいだよ」

「デビューしてからもう何年も経ってるんでしょ? まだ夢見心地なんですか?」


彩音はたはっ、と笑って、


「そりゃ現実は色々と忙しいからさ、『あー、プロになったんだなー』くらいには思うけど。あたしらはまだまだ新人だし、これからも売れ続けなきゃ一発屋扱いされちゃうし。今は夢の中で見た光景を、現実のものにしてる最中ってとこかな」

「それ、『Beautiful dreamer』の……」

「あ、バレた?」


彩音はてへっ、と舌を出して笑う。


『夢の中で見た光景を、現実にしていこう』


それはTHEAMの楽曲の中で時哉が一番好きな曲『Beautiful dreamer』の歌詞の一部分だった。


「あたしが歌詞書いてるんだけどね。やっぱ愛着のある歌詞とかワードって、私生活でもつい使っちゃうんだよね、意識してなくても」

「俺、その曲大好きなんですよ。バンドスコアもそれが弾きたくて買ったんですから」

「そっか。あの歌詞書くのに二日徹夜してさ。やー、あの時は疲れたなー」


彩音はしみじみと、当時のことを思い出しながら語る。そんな彩音に時哉は薄い笑みを浮かべ、


「でもあの曲、シングルで一番売れてるらしいじゃないですか」

「らしいねー。徹夜した甲斐があったかな」

「歌詞ってどうやって書くんですか?」


ふと気になって、時哉は訊ねた。すると彩音はうーんと考えて、


「あたしの場合は先に曲とメロディーが浮かんで、そこに歌詞を乗っけてく感じだから。けっこうノリで書いてるのが多いかも。語感とか韻とか」

「へえー。曲はやっぱりギターで作るんですか?」

「んー、ロックな曲はギターだけど、バラードとかはピアノ使うかな」

「ピアノも弾けるんですか?」


彩音の言葉に驚く時哉。彩音は事もなげにうんとうなずいて、


「もともとはジャズピアノやってたからね。でも指が開かなくてさ。才能も無かったし」


冷め始めたコーヒーを口に含む。


「それでロックギターに転向したんですか?」

「転向っていうか、知り合いの影響でね」


そう答えた彩音の表情は、少し沈んで見えた。だから時哉は、聞くか聞かないか迷って、こんな風に訊ねた。


「それは……聞いたらマズいことですか……?」


彩音はかぶりを振って、


「いや、別に人に言えない話じゃないよ? ただ、全然面白くない話だから」


微苦笑を浮かべる。

そんな彩音に、時哉は言った。言い切った。


「聞きたいです。彩音さんがギターを始めたきっかけ」


自分の憧れた人がギターを始めたきっかけを知りたくて。図々しいとは思いながらも、そう言わずにはいられなかった。

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