Are You Ready to Rock
セットリストの曲をすべて終えて、ついでにアンコールの5曲も終えて。観客のある者は名残惜しそうに、ある者は興奮冷めやらぬ様子で会場を後にする。そんな中時哉は、関係者用の椅子に座り、放心状態でステージを見詰めていた。ステージ上ではツアースタッフ達がてきぱきと撤収作業を進めている。
祭りの後の静けさ。そんな言葉がぴったりとはまるような光景。主役の三人はとうに控え室に掃けて、祭りの余韻だけが時哉の頭の中でぐるぐると回り続ける。
「おい、時哉」
声をかけられ現実に引き戻される時哉。声のした方を見ると、裕介が親指で扉を指しながら言った。
「俺達も行こうぜ」
「あぁ……うん……」
時哉は裕介と二人、THEAMの控え室へと向かった。
控え室のドアをノックすると、ゆーたが扉を開けて二人を出迎えた。
「お疲れさまっした! めっちゃよかったっす!」
裕介が興奮気味に賛辞を告げると、ゆーたはやや疲れた表情で笑う。
「ありがとう。入りなよ、飲み物もあるし」
「はい! おじゃまします!」
ずけずけと中に入る裕介に、青がキンキンに冷えたコーラを渡した。時哉もコーラを受け取り、一口口を付ける。と、控え室内に彩音がいないことに気付いた。
「あれ? 彩音さんは?」
「彩音ならメイク落としに化粧室だよ」
ゆーたが答えて、二人に椅子を勧める。二人は礼を言って椅子に座った。
「おつかれー」
と、ドアを開けてすっぴんの彩音が戻ってきた。ステージやジャケ写で見たアヤネとは違いキツさのない、年相応の綺麗な顔立ち。その表情にはやや疲れが浮かんでいたが、それでもまだまだ元気そうだ。
「彩音さん、お疲れ様でした」
「あー、時哉。ありがと。どうだった?」
「もう、何て言うか、すごかったです……」
すると彩音はにかっ、と笑って、
「そっかー。来てくれてありがとね」
時哉の手を握ってシェイクハンド。そのままブンブンと上下に振る。
彩音は手を離すと青に飲み物を要求して、受け取ったコーラを一気に呷る。それからぷはーっ、と息を吐くと、
「そうだ、二人とも、打ち上げくるっしょ?」
「え!? いいんすか!?」
裕介が訊ねると彩音はにっ、と笑って、
「もちろん。時哉も、ね?」
時哉に視線を向けて意味深にウインク。来い、ということらしいので、ここで断ったら逆に失礼だ。
「あ……じゃあ、お邪魔じゃなければ……」
「全然邪魔なんかじゃないよー。大事なゲストだしね」
彩音は笑顔のままそう言うと、てきぱきと荷物を片付けて、ゼップナゴヤを後にした。
訪れたのは繁華街のとある居酒屋。THEAMが名古屋でライブをする時はいつも打ち上げに使っている居酒屋で、本日は貸し切り。
座敷にメンバー三人と時哉と裕介、そして数名のツアースタッフが上がり、それぞれが頼んだ飲み物を手に持って、彩音を見る。彩音はこほんと咳払いすると、
「それじゃー、THEAM in ゼップナゴヤお疲れ様でした! ライブが成功したのも皆さんのおかげです! ありがとうございました! 乾杯!」
乾杯の音頭を取って、みんなでグラスをぶつけあう。ちなみに念のため言っておくが、高校生の時哉と裕介はソフトドリンクだ。ついでにこの後ツアーバンを運転するゆーたもソフトドリンクを飲んでいる。
乾杯を終えしばし、それぞれのグラスが空いた頃合いを見計らって、彩音が「ちょっとごめん」と言って、手にビール瓶を持って席を立つ。それからツアースタッフの全員のコップにビールを注ぎながら、労いと感謝の言葉をかけて回った。
それを見た時哉は、隣でウーロン茶を飲んでいるゆーたに話しかける。
「彩音さんって、いっつも腰低いですよね。あんなに人気のあるバンドの顔なのに」
するとゆーたはグラスをテーブルに置き、
「あいつはいつもあんなだよ。設営スタッフやバイトの警備員にも声かけて、頭下げて。『実る程、首を垂れる稲穂かな』ってやつを地で行ってるやつだよ。ステージの上ではバリバリ暴れてるけどね」
「ステージ凄かったですもんね……。ゆーたさんも、青さんも」
「あいつなりにメリハリ付けてやってるんだと思うよ。お陰で俺達二人は音楽で飯が食えてるわけだし。ほんとは感謝しなくちゃなんないんだけど……」
言って、ちらと彩音を見る。彩音はスタッフに勧められるままビールを一気していた。
「……彩音さんって、確か、公式では19歳じゃなかったでしたっけ?」
「ほんとに19だよ。だからほんとはあれもマズいんだよなぁ……」
ゆーたは渋い顔でウーロン茶を口に含む。
するとそこに顔を真っ赤にした彩音が戻ってきて、くだを巻きながら時哉に肩を組んで絡みだす。
「よー、時哉ぁ。呑んでるかぁ?」
「ソフトドリンクをいただいてます。……彩音さん、未成年ですよね?」
すると彩音はぷくーっと頬を膨らませ、
「女性に年齢の話をするなって親に教わらなかったのかぁ?」
時哉のほっぺたを摘まんでむにーっと引っ張る。
「ひょ、やめへくやはい」
「あははー」
何が面白いのか彩音は上機嫌に笑って、時哉の横に座る。それから思い出したように手槌を打って、
「あー、そうだ。忘れてた。青、あたしのバッグの横の袋、取って。渡したいものがあったんだ」
青から紙袋を受け取る。
「渡したいもの? 何ですか?」
「ほら、先週。ちゃんとお詫びするって言ったじゃん」
「いや、これだけしてもらってまだお詫びだなんて、申し訳ないですよ」
「いやいや、こういうのはちゃんとしないと」
言いながら紙袋の中身をぶちまける。非常に雑い。中から出てきたのはTシャツやタオルやステッカー。
「ちゃちで申し訳ないんだけど……これ、昔のツアーグッズ詰め合わせ。よかったら貰って?」
「いいんですか? これって確か、ファンクラブ限定のやつなんじゃ……」
「いいよいいよー。全然貰っちゃって」
「じゃあ、ありがたく……」
Tシャツを手にもって広げてみる。前身頃の部分に彩音のサインと、『to Tokiya』と記してあった。ファンクラブ限定のTシャツに宛名入りのサイン。間違いなくレアものだ。
「大事に着てね」
「着れないですよ、こんなの! 額装して部屋に飾っときます!」
感激しながらそう言うと、彩音はにぱ☆と屈託のない笑顔を浮かべた。
打ち上げが終わり、店を出て、時哉と裕介は近くの地下鉄の駅まで車で送ってもらった。ドアを開けて降りると、ゆーたと青が手を振って、
「今日はありがとう。また近くでライブする時は声かけるから是非来てね」
「はい。是非。今日はありがとうございました」
謝辞を告げる時哉。すると車の奥からぐでんぐでんに酔っぱらった彩音が這い出てきて手を伸ばす。どうやら握手を求めているらしい。
時哉がそれに応えて手を伸ばし、握手を交わすと、彩音はにこっと笑った。
「じゃあね、時哉。またね」
「はい」
ぶろろろろろ……と発進していく車を見送る時哉と裕介。
「いやー、今日は楽しかったな! ありがとな、時哉。誘ってくれて」
言いながらホームに向かい踵を返す裕介。その背中に、時哉は今日決意したことを重ための口調で告げた。
「裕介……」
「んあ?」
「俺……ギター始めるよ」