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Addicted To That Rush

あっ。という間に土曜日がやってきた。時哉は裕介を誘ってゼップナゴヤにいた。

開場時間前にも関わらず、入り口からは長蛇の列が続いている。途中に設けられた物販ブースにも黒山の人だかり。中にはアヤネやゆーたや青のコスプレをした人たちも混じっていて、THEAMの人気の高さが窺い知れた。


その人だかりを見た裕介が、訝しんだ表情で時哉に訊ねる。


「おい、時哉。マジでアヤネに誘われたのか? 嘘やドッキリだったらマジでシバくぞ?」

「そんなつまらんドッキリのためにわざわざ名古屋まで来るか、バカ。見ろ、これを」


時哉は彩音に貰ったバックパスを取り出し、裕介に見せ付ける。


「うわっ! マジモンじゃん!」

「だから言ったろ? マジだって」

「すげーぞ時哉! 生アヤネ見れるなんて!」

「はっはっは。もっと崇めろ。そして奉らえ」


そんな漫才にもならないやり取りをしながら列に並ぶ。開場まであと30分。ワクワクしながら待っていると、時哉のスマホが着信音を鳴らした。画面を見る。彩音からだった。


「もしもし? 彩音さん?」


電話に出ると、快活な声が聞こえてきた。


「あ、時哉? あたしー。今どこにいる?」

「えーと……列の後ろの方です」

「後ろ? んーと、何色の服?」


時哉の格好は急ぎアマゾンで購入した、黒色のTHEAMのライブツアーTシャツ。そのことを彩音に告げると、彩音はうーんと唸った。


「ツアーTとかめっちゃいてるからなぁ……あたしのこと見える? 物販の横にいるんだけど」


物販ブースに目をやる。と、黒いキャップにサングラスと大きなマスク、黒いパーカーに黒いパンツという明らかに怪しい風貌でスマホを耳に当てている赤毛の女性が見えた。多分、間違いなくアレが彩音だ。


「あー、見えました。黒のキャップっすよね?」

「そうそう! こっち来れる? 関係者入り口に案内するから」

「分かりました、行きます」


電話を切り、裕介とともに彩音の元へ。裕介は「マジかー、マジでアヤネかー」と譫言のようにつぶやきながらついてくる。物販ブースの近くに行くと、時哉に気付いた彩音が手を振ってきた。


「時哉ー、こっちこっちー」

「彩音さん、どもっす」


彩音に挨拶する時哉。彩音も挨拶を返し、隣にいる裕介に気付くと、


「あれ? 時哉の友達?」


サングラスとマスクを外し、くりっとした瞳を向けて訊ねる。すると裕介は背筋をピンと伸ばし両手を太腿の横にくっつけて、


「はっ、初めまして! 羽佐間裕介です!」


ガッチガチに緊張しながらがばっ! と頭を下げた。腰の角度はぴったり90度。芸能人に会うのはこれが初めてなので仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。

そんなバカみたいな裕介にも、彩音はふわっとした笑みを浮かべて、


「羽佐間君ね。あたしは水嶋彩音。よろしくね」

「はいっ! お願いします! ……あ、あの……サイン頂いてもよろしいですか?」


鞄から色紙とサインペンを取り出して突き出す裕介。しかし彩音は苦笑を浮かべ、


「ごめん、ここじゃ人が多いから後でいいかな? 他の人に悪いし」


それを聞いた裕介はしゅんと項垂れて色紙を引っ込める。


「そ、そうっすね……」

「ごめんね。後でメンバーみんなの分も書いて渡すから」


手刀を立てて片目を瞑る彩音。それから後ろを指差して、


「関係者入り口はこっちだから。パスを見えるところに提げてついてきて。これ、羽佐間君の分ね」


裕介の分のバックパスを手渡して、関係者入り口へと案内する。

道すがら、時哉は訊ねた。


「人すごいですね……何人くらいいるんですか……?」

「ゼップのキャパが1500でチケット完売だからねー。ま、転売屋とダフ屋の分引いても1400人は来てくれてるんじゃないかなー」


会場裏口へ向かいながらそんな話をする。


「ひゃー、さすが今一番人気のTHEAMっすねー」


裕介がゴマをするように言うと、彩音は苦笑して、


「いやいや、一番人気ったって『若手の中で』って程度だし。大御所さんには到底及ばないよ」

「いや、東京ドーム満員いけますって、THEAMなら」

「あははー、どうかなー」


などと言っていると裏口にたどり着いた。彩音は警備員に「お疲れ様でーす」と挨拶して、扉を開ける。中は薄暗く、狭い廊下が続いていた。その狭い廊下を彩音が先導し、控え室に着く。


「ここが控え室ね。二人は関係者席だから、開演までここで待っててね」


言いながらドアを開ける彩音。

中には青い髪の男性と、金髪の男性がいた。彩音は青い髪の男を指差して、


「アレがドラムの青。見たまんまでしょ? そいでこっちがベースのゆーた。よろしくしてあげてね」


彩音に紹介されて、時哉と裕介は二人に頭を下げる。すると青が一瞬だけ視線を二人にやって、しかしすぐに逸らしてスティックをタカタカと手の中で遊ばせる。


「悪いね。青は本番前は緊張するタイプだから」


そう声をかけてきたのは、もう一人の金髪の方の男、ベースのゆーただった。ゆーたは二人に握手を求めながら、


「ベースのゆーたです。君達がアヤネの言ってた子達?」

「はい。お世話になります」


時哉が手を差し出すと、ゆーたはその手を強く握った。


「そう堅くならないで。拙い演奏だけど楽しんでってよ。そうだ、何か飲む?」


後ろ手をぱたぱたさせると、青がお茶のペットボトルを手渡した。ゆーたは「サンキュー」と言って、時哉と裕介にそれぞれ渡す。


「あざーっす!」

「ありがとうございます」


それぞれ礼を言う裕介と時哉。蓋を開けて一口頂く。


「あ、あたしもちょうだい、青ちゃん」


彩音も飲み物を要求すると、青はコーラを放って寄越した。


「ちょ! コーラ投げるなし! っていうか唄う前に炭酸とかないし」


コーラを投げて戻す。それから時哉に向き直って、


「一口貰うねー」


時哉の手からお茶を奪い取って、口を付けてごくごくと飲む彩音。ふはーと息を吐いてペットボトルを時哉に戻し、


「ありがとね」


にっこりウインク。

他方の時哉はうっすらと頬を染め、ペットボトルの飲み口を凝視している。これを飲んでしまったら、彩音と間接キスをしてしまう。


時哉は恥ずかしさからそっと蓋を閉めて、ペットボトルを小脇に抱えた。

そんな時哉を知ってか知らずか、彩音は本番前とは思えない能天気な表情でゆーたと青を見て、


「あ、そうだった。二人とも、サイン書いてくんない?」


裕介の肩を叩いて色紙を催促する。鞄から色紙を取り出すと、ゆーたが、


「色紙なんて味気ないじゃん? どうせならツアーTに書いてあげるよ。マネージャー、Tシャツ余ってるでしょ?」


マネージャーを呼んでTシャツとペンを受け取ると、背中の部分にサインして青に回す。青も無言でサインを書いて、ぽいっ、と彩音に投げて渡す。


「投げるなし」


ぶー垂れながら、彩音もサインして裕介に渡す。


「あざっす! 一生大事にします!」

「あははー。ありがとー」


頭を下げる裕介に、笑顔で彩音。

するとそこにツアースタッフがやって来て、


「開演10分前です。スタンバイお願いします」


彩音達三人に告げる。彩音はスタッフにうなずくと時哉に向き直り、


「じゃあ行ってくるねー」


ひらひらと笑顔で手を振って、スタッフの後ろについていく。それにゆーたと青も続いて、


「二人はあっちのスタッフについていってね」

「はい。頑張ってください!」


激励する時哉にゆーたはサムズアップして、青は無言のまま、奥のステージへと向かって行った。


「では、お二人はこちらへ」

「はい」


別のスタッフに連れられて、時哉と裕介は関係者席へと向かった。



開演5分前。会場内には既に熱気が満ちていた。観客達は流れるBGMにモチベーションを高めながら、演奏が始まるのを今か今かと待っていた。

その観客席の一番端っこ。他の客からはほとんど見えない位置に、関係者席は設けられている。時哉はそこから彩音達のステージを観ることになる。時哉の周りにはスーツ姿の男や派手な格好をした男など、恐らく事務所の関係者や同業者達も顔を連ねていた。


そんな風体の人間に挟まれた、まだ歳も若いラフな格好の少年が二人。完全に場違い感満載で、思わず時哉の額に冷や汗が浮く。だが裕介の方は気にした様子もなく、他の観客達と同様に彩音達を待ちわびている。中々に神経の図太い男である。


熱気と緊張で浮いた額の汗を拭うと、流れていたBGMが止む。その瞬間、今までわやわや言っていた観客達が一斉に口を閉じ、会場が静寂に包まれた。

短い沈黙の後、派手なフラッシュと共にズンタ、ズンタとSEが流れ出す。


SEに乗って最初に登場したのは青。スティックをくるくると手の中で回しながらセッティングされたドラムセットに近付いていき、椅子に座るとSEに合わせてバスドラムを踏む。観客達がわーと叫ぶ。


次にゆーたが登壇。余裕たっぷりに観客達にアピールしながら、スタンドに立てかけられたベースを担ぐ。観客達から再び歓声が上がった。


最後にバンドの顔であるアヤネが登場すると、会場のボルテージも最高潮に達する。1500の観客たちが声をそろえて悲鳴にも似た歓声を上げた。

スタンドからギターを担ぎ上げて、マイクに近寄り第一声。


「今日は来てくれてありがとう! エンジン全開で楽しんでってー!」


その言葉に、観客達は銘々に声を上げる。そして始まる、THEAMのライブステージ。


青は静かに、機械のようにリズムを刻む。

ゆーたは激しく頭を振りながらベースを()く。

アヤネは情熱的にギターを弾きながら、煽情的に唄い上げる。


観客達の声援に負けないように、全力で、それぞれのパートを熱演する三人。その三人の気合いと気迫が音の波に乗って、会場全体に渦巻くように響き渡る。

時哉は息をするのも忘れて、その雰囲気に呑まれていた。視線は専ら、最前線でギターを奏でながら唄うアヤネに向けられている。


低音域でズンズンと刻むかと思えば、ハイフレットでの速弾きソロプレイと、その手付きは変幻自在といったところだ。流石はプロギタリストである。

今まで音楽に興味のなかった時哉を惹き込む程の旋律が、今、目の前で生で繰り出されている。そこはまさに音の楽園。


気を抜けば押しつぶされそうになるほどに押し寄せる音の波に必死に抗い、時哉はアヤネを見詰め続けた。

スポットを浴びて、音の波の中心に屹立する彼女に、時哉は強い憧れを抱いた。あんな風になれたら――あの場所に立ったなら、どんな景色が見えるのだろうか。


そう考えて、後ろに振り返る。

1500の観客達が一丸となって、音の波に身を委ね、両拳を突き上げていた。思想も思考も宗教もバラバラなはずの1500もの人間が、彼女らを中心に一つになっている。それだけのカリスマ性が、彼女らには――THEAMにはあるのだ。


自分もあんな風になりたい。時哉は強く思い、そして、決意した。その確たる決意を胸に、2時間余り全20曲の演奏が終わるまでずっと、ただアヤネだけを見詰め続けていた。

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