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<R15>15歳未満の方は移動してください。

聖女に彼氏を奪われましたが、私は出来ることをします

作者: 西九条沙羅

とある小さな国があった。

この国は流れ者が居着くには閉鎖的であり、また南は独裁国家に、北は移民も受け入れている大帝国に挟まれていた為、多くの旅人の通り道でもあった。


そんなとある国の北の外れにある、遥か昔に流れ者達が興した小さな村。

そこに小さな孤児院があった。その孤児院には、色んな人種の子供達が居た。帝国を目指す人間が、最後のその村で赤子や幼子を捨てて行くのだ。

それは、新天地で自身がやり直す為なのか、それともこれからの過酷な日々から愛する我が子を守るためなのか。

孤児院の院長は、色んな理由で捨てられていく色んな人種の子供達を、その緩やかに時間が過ぎる穏やかな村で、愛情を持って世話をしていた。


その孤児院に、赤子の時に、同時期に捨てられた男女が居た。


一人は、孤児院の横にある森の中の、湖の側にある掘っ建て小屋に放置されていた。

その女の赤子は、ふわふわの榛色(はしばみいろ)の髪を持つ、真っ白な肌に大きな目をした可愛らしい子で、その瞳が綺麗なラピスラズリの色だった。

孤児院の院長はその瞳の色から、古代語である“ルリ”と名付けた。



それからほんの少しして、男の赤子が、孤児院のドアの前に捨てられていた。

その赤子は手刺繍で“レン”と刺されていたブランケットに包まれていた為、そのままレンと名付けられた。

レンは、少し癖のある黒く艶々とした髪の少年で、黄金色の瞳は彼の甘い顔を理知的に見せた。


その小さな村には四季があった。

色とりどりの花が咲き、穏やかな領主によって統治されていたその村には、いつも美しい時間が流れていた。


春には桜の花が村中に咲き誇り、夏は眩い程の太陽が湖をキラキラと光らせて、秋は綺麗な紅葉が森を色づけ、そして冬に雪化粧で白く美しく変わる。



同い年の二人は、子犬の様にじゃれ合って遊び、優しい大人たちに守られながら生きていた。






12歳になると、二人は子供の様には遊ばなくなった。


よそよそしく挨拶をするだけ。






だけど。








ルリが捨てられていた、森の湖が二人の逢瀬の場所。


木漏れ日を受けて、薄い勿忘草色(わすれなぐさいろ)の湖面が風に揺れてキラキラと光る。聞こえてくるのは鳥の囀り。

そんな美しい情景も、若い二人の目には留まらない。

彼らの目に映るはお互いの姿だけ・・・。




そんな穏やかな時の中で、二人は少しずつ、緩やかに、でも確かに愛を育んでいった。














二人が15歳の時、レンが勇者に選ばれた。






数百年生きているという賢者によって、近々魔王が復活すること、それを討伐する勇者、聖女、魔法使いが覚醒した事が王国中に発表されたのだ。






「無事に帰ってきてね・・・」


「手柄を立てて帰ってくる。そしたら一緒になろうな」






ルリは、その名を冠するラピスラズリ色の瞳に大きな涙を溜めながらも、必死にレンを見つめ続けた。






彼の姿が見えなくなっても、ずっと・・・。














五年の歳月が過ぎたころ、その小さな村に、討伐隊が苦戦を強いられているというニュースが届けられた。






白白明(しらじらあ)けの森の中、色を無くした湖で、聞こえてくるのは梟の声。

ルリは、二人が逢瀬を重ねたこの湖で、毎日毎日祈りを捧げ続けた。




ルリは、光の加減で色を変えて輝くその神秘的な瞳によって、その村では神に愛された子と呼ばれていた。

神をも魅了するような美しい輝きの瞳。

遥か昔、自分達の祖先がかつて住んでいたという惑星。

その惑星が放つ輝きを瞳に閉じ込めた少女。





ある日、湖がルリに話しかけてきた。





————— その瞳を捧げれば、あなたの愛する人は無事に帰ってくるよ ——————






「本当? それなら私の瞳をあなたに捧げるわ。だからレンを無事に返して」






————— もう二度と彼の姿を見られなくなるよ? ——————








「へいき。 (まなこ)に焼き付いているもの」






ルリは自分の瞳をくり抜いた。




それが神なのか、悪魔なのか、ルリは知らない。


どうでもいい。


願いを叶えてくれるのなら。




愛する彼が返ってくるなら、対価になんでも差し出そう・・・








それから間もなく、討伐隊は魔王を倒し、一行は一年もの歳月を掛けて戻ってきた。






国王に生還報告した後、一行は王都に留まっていた。王都は数ヶ月間お祭り騒ぎだったのだ。


その後、勇者、聖女、魔法使いのそれぞれが生まれた村や町でも凱旋パレードをすることになり、レンは仲間と一緒に村に戻ってきた。








沿道に集まる村の人達。紙吹雪の舞う中、王家が用意した豪奢な馬車から村の人々に手を振る一行。






ルリは目が見えないため、沿道から離れた場所に立っていた。


しかしレンがルリを見つけることも、探すこともなかった。










その夜、その村の領主の館で晩餐会が開かれ、レンはそこで聖女と結婚することを領主様に告げた。






「お前は、戻ったらルリと結婚すると言っていたじゃないか!」






領主の息子はびっくりしてレンに詰め寄った。


ルリは茫然と佇むだけ。






「しょうがないじゃないか。もう愛していないんだから」






今回の旅で、勇者と聖女は恋に落ちてしまったのだ。






ルリの瞳から涙がこぼれた時、レンは異変に気付いた。






「・・・ルリ、お前、目が・・・」






「病気で目が見えなくなってしまったのです。気にしないでください。


七年の歳月は、人の心を変えるほど長い時間です。


仕方のないことです・・・」






ルリはそう言って笑って、領主館を後にした。










レンは、落ち着いたらこの村で聖女と生きていくつもりだったが、聖女の生まれた町で聖女と生きていくことにした。ルリの瞳が、自分の無事を祈願する為に捧げられたのだと領主に知らされ、その村には居づらくなったのだ。






あくる日、次の町へ凱旋するため、一行は村を出た。








ルリを避けるように。










いつもの湖で、ルリは祈りを捧げる。






「ありがとうございます。レンが無事に戻ってきました。ありがとうございます」








————— でも彼はもう、君のものではないよ ——————








「構いません。どうせ彼の姿を見ることはできないのですから」






「記憶の中の彼が、私の傍に居てくれますから」










「 —————・・・ふ、ぅ、・・・くぅ・・・」








————— 泣いても、誰も気づかないよ。大丈夫だよ? ——————






ルリは大きな声を上げて泣いた。








瞼の裏には、15歳のレンがこちらを向いて笑っている。








————— 悲しみを忘れたいなら、こちらにおいで ——————



————— 瞳を返してあげるよ ・・・——————






湖から聞こえる甘美な声に、泣きじゃくっていたルリが反応をする。





その瞬間、壮大な光が辺り全てを包み込んでいった・・・














****************************







「無事に帰ってきてね・・・」


「手柄を立てて帰ってくる。 そしたら一緒になろうな」






ルリは、その名を冠するラピスラズリ色の瞳に大きな涙を溜めながらも、必死にレンを見つめ続けた。






七年前と同じ情景 ————。


レンはその瞬間、何故か時が戻った事に気づいた。






目の前には愛しい人。








「さぁ、行くぞ」








賢者に促され、レンがルリに背を向けた瞬間








「あれ? 目が見えてる——————・・・」








微かに聞こえた声。


レンが振り返ると、ずっとレンを見つめていた筈のルリは、レンから目を離し自分の手をしげしげと見つめていた。








考え事をしていたレンは、人込みに押されて、そのままルリから離れていった。




何度振り返っても、もうルリとは目が合わなかった。








賢者に連れられ王城に着いたレンは、魔法使いと聖女に会った。






聖女———————————。










彼女の癒しの力は絶大で、今回の旅には必要なものなのだ。






しかし時が戻ったレンは知っている。






癒しの力には魅了という副産物があることを・・・。






旅は過酷で、魔王に対峙するまでも、討伐隊のメンバーは何度も死にかけた。その度に自分と魔法使いは聖女に癒してもらった。癒しの治療を受けている瞬間は、得も言われぬ恍惚とした感覚に陥り、聖女しか見えなくなってしまうのだ。そして、自分たちが生き残る為に必要な聖女を庇護することによって、その行為が、“愛しているが為の行動”だと、頭が誤認する。


そうして、本当に愛する人への気持ちを忘れてしまい、聖女へと溺れていく。








大切なルリ・・・






最後に見た時には、あの美しい瞳から大粒の涙をこぼしていた。






あんなにも愛していたのに————————。






レンは顔を覆って後悔した。






最後に見る顔は、笑顔がよかった。






泣かせたくなかった。






笑顔が大好きだったのに。










でも、大丈夫。






ルリも前回の記憶がある。






だから、今回は瞳を差し出さないだろう。






レンは知っている。あの領主の息子がルリに思いを寄せていることを。






領主もルリをかわいがっていたから、目が見えるルリなら息子の嫁としても許してくれるだろう。




今度は幸せになれる。




自分のものにはならなくても、ルリが笑顔ならそれでいい。






あの瞳が、美しい世界を映すのなら、それでいい。






たとえ自分が、身を引き裂かれる思いをし続けるとしても・・・。












2度目の討伐。 レンはケガをしないように注意した。




聖女の治療を受けなくていいように。




小さなケガは自然治癒に頼った。




申し訳ないが、身を挺して魔法使いを守ることはしない。




ケガをしたら聖女に治してもらえばいいだけのこと。




魔法使いには恋人も婚約者もいないと言っていたから、存分に聖女に治癒してもらえばいい。




自分は絶対に、ルリへの気持ちを無くさない。




たとえ二度とルリに触れられなくても、この思いだけは死ぬまで持ち続けたい。






レンは、自分の気持ちを消されることなく、辛くも討伐を終えた。














凱旋パレードの日、レンは馬車の中から思い人を探せなかった。






ルリが幸せならそれでいい・・・なんて嘘だ。






もう語り合えない。




もう触れ合えない。






「レン」、そう呼ぶルリの声が好きだった。






真っすぐに自分を見つめる、あの瞳が好きだった。






頬にキスをすると、真っ赤になって俯く。






初めてのキスは、賢者と王宮に向かう旅の前日、あの湖のほとりで。








ルリ、俺のルリ。




どうか、俺以外の男に笑いかけないで—————・・・。












その夜の晩餐会、レンの前に現れたのは、












光を失ったルリだった。






*****************









————————— その瞳を捧げたら、彼は無事に帰ってこれるよ ————————






湖はまた私にそう言った。






レンと別れた日に、過去に戻った事に気づいた。








だから私は ——————————————














「・・・な、・・・なんで・・・?」






レンが私の頬に触れたのがわかる。






この触り方はレンだ。






壊れ物に触れるかのように、そぉっと優しく触れるの。








「ルリ、前回の記憶があるだろう? 何で瞳を捧げたんだ!」








慟哭のような叫びにびっくりする。




レンも記憶があるのね。








「関係ない。レンが生きていること。


それが私には一番だいじ」








嬉しくて笑って伝えたら、レンは大きな体でわたしをギュッと抱きしめてくれた。






嬉しい。


また抱きしめてくれた。


それだけで十分。








レンはずっと泣いていた。








だから心配になって、身を捩ると離してくれた。






急に自由になった体に不安を覚え、レンの顔へ手を伸ばす。








レンの体がビクッと震えて、緊張しているのが手に伝わってきた。








もう一つ・・・。








ぼこぼこした、皮膚が突っ張られているような感触が手に伝わってきた。








「レン?」










「討伐の時に、やられて・・・。顔の半分がやけ爛れて・・・。


ごめん、気持ち悪いよな」








レンは私の手を掴んで、顔から離してしまった。










「平気よ? だって、見えないもの!」








「!!!」








笑顔で答えたら、レンがビックリしたのを感じた。








泣きだした彼を抱きしめて、私はやっと言いたかった言葉を伝える。








「レン・・・、お帰り!!!」






















とある国の、北の外れにある小さな村。



そこの森の中にある湖の畔に住む夫婦。




やけどを負って顔の半分が爛れてしまった夫と、目の見えない妻。



小さな家は、二人で住むには決して広くは無く、目の見えない妻が、いつでも夫の存在を感じれる狭い家。


家の前には湖が広がり、湖面はいつでも太陽の光を浴びてキラキラとしている。

家の裏には薬草園と、四季折々の花が咲く小さな花壇がある。

夫は毎日、目の見えない妻の手を引き、薬草や花の状況を話して聞かせる。


鳥の(さえず)りを背景に、妻は夫が奏でるバリトンの声を、音楽を聴くように脳に響かせる。



目が見えても見えなくても、妻の手を握る夫の手は、いつも優しい。






春には桜の花が村中に咲き誇り、夏は眩い程の太陽が湖をキラキラと光らせて、秋は綺麗な紅葉が森を色づけ、そして冬に雪化粧で白く美しく変わる。



そんな穏やかな時間(とき)が過ぎるその森で、二人はずっと、ずっと、幸せに暮らしました。






♥ 悪役令嬢、物語が始まる前はただの美幼女。 戦いを挑んではいけません。♥

とっても可愛いビアンカのお話です。


7月25日(木)コミックシーモア先行配信 ※特典SS付き!

8月20日(火)kindleなど他書店にて配信



挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ルリが戻ってるのはわかるがレンも記憶持ってるのは謎だなあ [一言] 世界感にもよるけどエコーによる探知は可能。だから点字ブロックふさぐように自転車とか止めるのはやめような!
[良い点] めちゃめちゃ心掴まれました。 特に「瞼の裏には〜」の1文が特に好き。 そこで伝わる切なさに泣きました。 即読み直したほど良かったです。 [気になる点] 1度目の勇者は普通にクズで、思いや…
[一言] 幸せだけど不便そうだねw
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