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2 悪役令嬢の話

「お前との婚約を破棄する!」


 公爵令嬢クレアは、目の前のバカ殿を前に、ドン引きした。

 これが自分の婚約者というのが悪夢のようだ。いや、破棄してもらえるなら喜ぶべきか。


 彼の腕に手を回している女性は、すっかり青ざめ震えている。

 何度も、そっと手を引っ込めようとしているのに、王太子は甘い笑顔を向けてその手を押さえつけ、なだめるようにポンポンと軽く叩いている。

 そうじゃない、彼女は遠慮してるんじゃない。

 こんな茶番に巻き込まれた、家格も年齢も性別も最弱な立場の者から、最強な立場の者への、最大限の拒否の意思表示だ。見れば分かるだろうに……。

 いや、分からないのか。自分に都合のいい妄想でしか物事が見えないこのバカ殿は。




 このバカ殿……ヘルムートとの出会いは16歳の頃だった。

 彼について色々悪い噂も聞いたけど、噂は噂で、決めつけてはいけない、自分の目で確かめないと信じてはいけない、と思った。だから、むしろ同情的で、理解し歩み寄ろうとすらした。

 だからこそ、婚約の申し出を受け入れた。


 若かったな、私も。いや18になった今も十分若いけれど。

 それに、当時のその姿勢は――婚約はさておき、真摯に人と向き合う姿勢は、間違っていたとは思わない。人として正しいと思うし、これからも同じように人と接するつもりだ。

 しかし次の機会があったら、ダメなものはダメと見切るのは、もう少し早い段階でできるようになると思う。それが人生経験というものだ。


 初めに、あれ?おかしいぞ? と引っ掛かったのは、彼が何かと人の悪口を言うことだった。

 それも、彼の言い分に首を傾げたくなることが多い。


 王太后殿下についての悪口雑言は勿論のこと、彼の問題行動に苦言を呈したり、彼の望む通り動かなかったりする人を、貶め、嘲笑い、中傷を広めるのだ。

 更に困るのが、それに私が同調するのが当然と「信頼」しきっているのだ。

 彼は、私が彼と一緒に、弱者をあげつらい叩き嘲笑ってくれる「味方」であることを期待する。


 人としてだけでなく、王族なら尚更、そのような軽率で下劣な行動は控えるべきだ。倫理的意味に限らず、人脈に無用な波風を立てたり、政敵につけこむ隙を与えないためにも。

 何度も諌めたが、お前は世間を分かってないと嗤うか、不機嫌になるだけだった。



 そして、これは本気で不味いだろうと確信したのは、彼がまともに勉強しないことだった。


 7歳位までは王太后殿下が質の高い教師をつけていたが、勉強嫌いで、仮病を使って逃げたり、癇癪を起こしたり、教師に暴言をぶつけるのも頻繁だったという。

 子供の頃は、そういう子もいるものだ。教師達は忍耐強く導こうとしたが、本人としては、「不当に厳しくされている」と不満をつのらせた。


 そんな中、ヘルムートの父親――王が、彼の教育係を入れ替えてしまった。

 王はヘルムートとよく似た子供だった。 ――大人になっても子供だった。自分に都合の悪いことは悪、それを回避し自分に心地いいことが正義。

 王は、子供の頃も今も勉強が嫌いで、それは教える側のせいと認識していたし、その問題を「正す」権力が彼にはあった。

 王がヘルムートにつけた教師達は、割りきるのが上手かった。ヘルムートが知識や思考力を身に付けるかは仕事ではない。「教育した」という形式を整え、ヘルムートをちやほやし機嫌よく過ごさせれば、法外な給金と、学会での地位が保証される。


 クレアは、婚約者になりヘルムートと共に勉強するようになって驚いた。

 あまりにも彼のレベルが低かったからだ。これでは、優秀な補佐をつけても国を治められるには程遠い。実際に即位するのが数十年先だったとしても、このペースでは難しいだろう。

 それなのに本人は、成人したら勉強から解放される気満々である。どんな仕事でも、特に国政を担うなら、生涯勉強からは逃れられないだろうに。


 そして彼は、クレアの方が優秀という現実が許せなかった。小賢しい、俺を見下している、と機嫌を損ねた。そういう可愛げない女は嫌われるって分かってないよな、と呆れるほど幼稚な嫌みもよくぶつけられた。

 見下してるような態度をとっただろうか、と自己嫌悪したこともあった。

 しかし彼の振る舞いはクレアの態度に関係なかった。単に女に負ける現実が許せないだけだと、やがて理解せざるを得なかった。クレアは自分を責めるのを止めた。


 クレアが彼の嫌みに疲れはてて、わざと彼より低い点をとった時は、居丈高にクレアを嘲笑し、周囲に吹聴して回った。

 彼が取り巻きの貴族の男達を前に、「あの生意気な女、やっつけてやった!ざまぁみろだよな!」と鼻の穴を膨らませて自慢していた時には、「……幼児?」とドン引きした。

 そして周囲の男達も誰一人諌めるでもなく、一緒に大笑いしてるのにもドン引きした。彼は周囲に自分と同類ばかりを集めているから、自分の歪んだ世界観を修正できないのだろう。


 無論、王太后殿下や、将来次期王を支え苦労を強いられることが確定している官僚等が、必死に彼を軌道修正しようと試みたが、無駄だった。

 最高権力者の父王が、それを妨害したのも大きい。父王は子供に無関心だったが、自分と似たダメな部分を共有する仲間としてだけ、ヘルムートを偏愛し擁護した。


 ヘルムートは王子だった。王族より格下の立場の者は王子相手にあまり厳しく出られない。父王は肯定してくれる。そんな環境で、彼は自己肯定感を肥大させていった。

 やむなく、王族たる王太后殿下が主に諫める役を担った。その結果、彼の中で「王太后は悪」という図式が作られた。


 何事も、都合の悪いことは王太后のせい。

 その言い訳は、あらゆる所で彼の心を守ってくれた。

 

 ある時、ヘルムートはクレアに語った。

「王太后は、俺を憎んでいる。俺の母が平民だから。だから、あいつやその取り巻きは、俺のやることなすことに言いがかりをつけ、俺を貶めようとする。俺が親しくしようとした人々が男女問わず次々と不自然に俺と距離を置くようになる。俺の国政への提案も握り潰される。あの女のせいで、俺は生き地獄にいるんだ」

 ヘルムートは悲劇の主人公のように酔いしれた決め顔で息を吐いた。

 彼は顔だけは整っている。それは美形の血を取り入れ放題の王族だからで、彼の功績ではないが。


 王太后殿下や周囲の人間が彼を諌めるのは、彼の問題行動を抑制するためで、嫌がらせではない。

 彼が親しくしようとした人々が彼から離れていくのは、単に彼がろくでなしだからだ。残るのは、彼と同類のろくでなしばかりだ。

 国政は、前王が自分の取り巻きの貴族を優遇する歪んだ法を乱立させていたが、前王の没後、王太后殿下がそれらを廃止し法制度を整えていった。

 ヘルムートの国政への提案が却下されるのは、それを逆行させる内容である上、根拠も論理も破綻しすぎていて、前王時代の既得権層すら流石に飛び付けない程お粗末だったからだ。


 彼の中では、都合の悪いことは何でも王太后の陰謀。陰謀論者らしいご都合主義だった。



 クレアは、無駄と知りつつも彼を諌めねばならない立場だった。

「そんなことはありません。特に――平民の血を引くから、と王太后殿下が差別することは決してありません。政策でも、前王の保守派に対し、王太后派は平民の権利拡充に力を入れています」

「お前は王太后とつるんでばかりだから頭がおかしくなるんだ。あいつは、建前と実際やってることが違う二枚舌だよ。綺麗事を言ってても感情では許せないのさ。女の性だな」

「性別は関係無いでしょう」

 全く言葉が通じない。

 彼は、自分の平民の血が差別されていると不満を言う一方で、平民の抑圧を強化し貴族の既得権を強める前王派だ。更に、平民は勿論、目下の者に傲慢に振る舞う人だ。公爵令嬢たるクレアに対してすら。

 二枚舌は彼の方だ。「それは男の性ですか」と言ってあげれば自身のボロに気づくだろうかと頭を掠めたが、そうしたところで、「小賢しい」「可愛いげない女」と、女側が悪いことにして逆上する二枚舌を繰り出すだけだろう。いつものことだ。



 そして――王太后殿下は二枚舌などではない。

 クレアがその証明だ。

 クレアは平民の血を引く。それを王太后殿下は知った上で、クレアに親身に接してくれる。



 クレアの母は実家で昔から仕えてくれる護衛騎士と恋仲だった。無論、清い仲だった。母は貴族の娘として、家長の命で政略結婚しなければならない運命であることを知っていた。

 その運命の日が1日でも遠くあるようにと祈っていたが、王弟殿下から縁談があった時には、これまでかと覚悟を決めたという。

 しかし、人払いして二人きりになった時、王弟殿下から思いがけない提案があった。

 偽装結婚しませんか、と。

 王弟殿下は、父たる当時の国王(ヘルムートの祖父)に疎まれ、結婚して臣籍降下するよう強い圧力を受けていた。しかし彼には、妻を持ちたくない事情があった。

 そんな時、クレアの母と護衛騎士の事情に気付き、話を持ちかけたという。

 やがて彼女は、護衛騎士を伴って輿入れし、クレアが生まれた。


 クレアの父――王弟殿下は忙しいからと、クレアは子供の頃から、母と護衛騎士と3人でピクニックや街歩きにと出掛けることが多かった。今思うと、親子3人で出掛けられるよう、気遣ってくれていたのだろう。

 その護衛騎士は無骨ながら優しい人で、母との付き合いが長いからか、母にもクレアにも気安く接してくれて親しみがあった。

 ある程度大きくなってから、その護衛騎士が血縁上の父であると教えられた時は、それはそれは衝撃があったが、嫌悪感はなかった。


 そんな訳で、クレアには父が2人いる。

 ある時、父――王弟殿下の方――に、妻を持ちたくない事情とは何だったのかと聞いたが、少しおどけて困った顔をしてみせて、秘密にさせてくれと言った。

 父は独特の色気がある美しい人で、母と結婚する前には男色の噂があったという。

 そういうことかな、と私は思っている。母と父――護衛騎士の方――の、秘めた恋に気付いたのは、自分自身秘めた恋を抱えていたからかもしれない。

 隠すことはないのに、とも思うが、本人が秘密にしたいなら、外野が暴くものでもないだろう。



 王太后殿下は、クレアが王弟殿下の子でなく、護衛騎士――平民の子であることを知っていた。

 王太后殿下は、クレアのことも、孫にあたるからと昔から慈しんでくれた。そして、見所がある、と教師をつけて、淑女教育以上の高等教育を与えてくれたり、王太后殿下直々のお茶会に招き、王宮の作法を身に付け人脈を作ることに力添えしてくれた。


 王太子との婚約の話が持ち上がった時、「王弟殿下の血を引くことを望まれているなら、欺くことになる」と不安になった。

 クレアの母も、やや遠くはなるが王家の血を引く家系なので、血縁上の父が平民でも王族の血縁ではあるらしいが、そういう問題でもないだろう。

 頭を抱えたクレアに、父が、王太后殿下はとっくにご存知だと言った。

 クレアが生まれた頃に既に父から話していたと聞いて仰天した。早く言って欲しかった。無駄に悩んでしまった。

 考えてみると、王弟たる父にとっては王太后殿下は母親だ。あまり頻繁な交流はないようだが、大切なことは共有する絆があるのかもしれない。


 ヘルムートとの婚約を受け入れたのは、王太后殿下への恩返しでもあった。

 率直に言って力不足である王太子が王位についたら、支える者が沢山いなければ国は崩壊する。

 そうならないよう、支えの一つとなろう。16歳の時のクレアは、そう決意した。




 ――そんな時が、私にもありました。クレアは遠い目をした。


 目の前には、青ざめ逃げようともがくピンクのドレスの男爵令嬢の手を拘束して、勝ち誇った笑みを浮かべる勘違い男。

 彼は10代女性のクレアが2年頑張ったところで、変わるものではなかった。

 凄腕の王太后殿下や教師陣から、バカ殿ご乱心に迷惑を被る官僚達まで、大人達が束になって矯正しようとして治らなかった筋金入りを、どうこうできる訳がなかった。


 男爵令嬢の、フリル過剰でどぎついピンクのドレスは彼が贈ったものだろう。彼の望む「可愛い女性像」はこうなのだ。

 彼女は別の夜会ではもっと品が良く流行も押さえたドレスを着ていた。おそらくあちらが彼女の趣味だ。可哀想に。

 クレアも以前、同様のドレスを贈られ、相手が王太子である以上、着ざるをえなかったから、その心痛は分かる。

 そして今日クレアが着ている、品のない赤いドレスも彼の贈り物だ。勿論嫌がらせで贈られたものだが、着ざるを得ない。懇意の服飾店に頼んで、手直しをしショールを足すことで、多少ましにしたが、甚だ遺憾である。

 ヘルムート自身は、王宮御用達の服飾店お任せで作られた美しい服を着ているのが憎い。

 自分のドレスを見下ろし、下品に空いた胸元から覗く平均より大分大きな胸を見る。


 ヘルムートは、金髪ロリ巨乳が趣味だった。出会った頃の16歳の頃のクレアに彼が興味をもったのも、そのせいだった。その後、彼がちょっかいをかける(そして逃げられる)女の子も皆金髪巨乳の16歳以下だった。目の前の男爵令嬢も同じ条件なので、「うわぁ…」という感じだ。

 2年経ってクレアからロリ風味が抜けたのも、彼が興味を失った大きな一因だろう。



 ヘルムートがクレアに冷たくなりだした頃、彼は「お前、変わったよな。昔は素直で可愛かったのに。こんな風に裏切られるなんてな」と言った。

 アホか、と思った。


 クレアは当初から、できるだけ、笑顔で親切に誠実に接しようとした。それは人として当たり前の範疇だろう。更に、彼は高い立場なのだから、低い立場の者は、それ以外の対応は基本的にできない。

 けれど、彼は「自分が好意を持たれているから」「自分に価値があるから」愛想良くしてもらえると誤認して思い上がってしまうのだ。

 相手が社会性や思いやりがあり優れているのではなく、自分が優れているせいだと、すりかえてしまう。異常に自己肯定感が強いのだ。

 それではこちらも、誤認されないよう対応を変えなければならなくなる。

 遠回しで柔らかな言い方でなくはっきりした言葉を使い、笑顔を消して話さねば、都合の悪い現実を認識しない特殊な人だと分かったからだ。

 それが彼に言わせると「裏切り」らしい。


 一緒にレストランや観劇に出掛けても、従業員の女性が営業スマイルを浮かべるのを、俺に気があると言い張り、ストーカー紛いの付きまとい事件を起こしたのも一度や二度ではない。

 そういう方は結構いるんです、店長は私達に笑えと命令するのに、こうした被害が起こっても守ってくれなくて……と涙を浮かべる女性従業員に、新しい勤め先を紹介したこともある。


 ――男爵令嬢も、王太子より圧倒的に低い立場上、彼に微笑み、強い拒絶ができなかったところを勘違いされてストーカーされた被害者なのかもしれない、とクレアは思う。



 ヘルムートが高らかに声を張り上げる。

「私は今日で成人を迎えた。これまでは王太后の非道な振る舞いを止めることができなかったが、今日からは違う。王として、この国の暗部を正す。クレア、お前は王太后と手を結び、王太子であった私を再三貶め愚弄し中傷を広めた。これは不敬罪であるのみならず、反逆罪といえる」

 無駄に響きのいい声だ。資源の無駄遣いだ。もっと中身のいい男性にこのスペックを持たせてほしい。

 最早、どこから突っ込んだらいいか分からない言葉に、途方に暮れる。

 中傷って。貴方の悪評は自身の言動で振り撒いただけでしょう。私のせいにされても。

「無論、諸悪の根元たる王太后は極刑に値する。近衛隊長!即刻王太后を捕らえよ!歯向かうものは討ち取れ!我が父王殺害の嫌疑もある!」



「お前の父は病で亡くなった」

 凛とした声が響いた。

 宴の会場の中央奥、赤い絨毯が敷かれた幅広い階段。立場の高い者しか立ち入れぬそこからゆっくり降りてきたのは、一人の女性。

 黒く艶やかな髪を緩く結い上げ、ロイヤルブルーのドレスを身に纏っている。

 涼やかな顔立ちも佇まいも美しいが、何より圧倒される覇気があり、それが輝くばかりの存在感を与えていた。

 36歳だが、20代後半にすら見える。「孫」までいるとはとても思えない。彼女の夫――前々代の王が、息子より若い彼女を後妻に迎えたためだ。


「王太后殿下……」

 会場の人々は、固唾を呑んで彼女に注目した。

 


 ヘルムートは、自分の一世一代の独壇場に高揚していたところに、王太后殿下の登場で一気に冷水を浴びせられ、凍り付いて口をパクパクさせた。

 腕から男爵令嬢が抜け出して、そっとフェードアウトしたことにも気付かない。

 ゆっくり階段を降りてきた王太后殿下が、目の前に立った時、やっと声を搾り出した。


「……嘘だ! 父はお前に殺された。俺は知っている」

「医師の診断書はある。状況を確認した複数の者の証言もある。客観的な証拠だ。お前はどんな証拠を元にそう主張している?」

「……お前の悪事は俺が知っている! それで十分だ!」

 大衆向け冒険小説のヒーローみたいな台詞が出てきた。

「つまり何もないんだな」

 一刀両断した王太后殿下の目がまっすぐヘルムートの目を射抜くと、ヘルムートは目を逸らした。



 王太后殿下はくるりと背を向け、また階段を数段登った。会場の人々から見えやすい位置まで上ると、皆に向かい朗々たる声で宣言した。

「ヘルムートとクレアの婚約は解消する」

 クレアは息を呑んだ。ヘルムートもあっけにとられている。

「理由は、ヘルムートの非道な振る舞いだ。これまでのクレアの献身に感謝もせず、このような公衆の面前で不当に貶め中傷するような夫を持つことを彼女に強いる程、王家は恥知らずではない。非は全面的にヘルムートにある。故に、クレアと公爵家には王家から誠意をもって相応の謝罪をすることを約束する」

 謝罪とは、勿論、慰謝料や名誉回復を含むだろう。

「その上で」

 王太后殿下は続けた。

「本日、この時をもって、ヘルムートは廃太子とする!」

 会場が衝撃に包まれた。


 ヘルムートは顔を真っ赤にして叫んだ。

「そんな横暴がまかり通るか! この私は王だぞ! お前が敵う相手ではない!」

 王太后殿下は静かに、しかし威厳をもって言った。

「お前は王太子で、私は後見人として、王太子が不適格ならば相応の措置をとる責務がある。公爵令嬢と私、つまり公爵家と王家への不敬。王族への暴力の扇動。何よりお前自身が、致命的な王家の恥であることを自ら証明した。他にも余罪はあるが、今この場で皆が証人となった範囲だけでも、十分な理由となる」

「俺に命令するな!いつもいつもいつも、お前のその上から目線が気にくわないんだよ! 俺は今日成人した! 俺が王だ、俺の方が上だ! お前が下なんだよ! わきまえろ!」

「王になるには成人であることが条件だが、成人なら自動的に王になる訳ではない。王太子が王になるには、しかるべき承認を得て、即位の手続きをしなければならない。故にお前は未だ王太子で、私の監督下にある。――当然知っておくべき知識だ。何故そんな基本的な勉強すら怠った?」

 ヘルムートはポカンと口を開けてそれを聞き……頭がついていかなかったのだろう。

「俺が王だ! そんな馬鹿なことがあるか! 俺は王なんだぞ!」

「……近衛。連れていけ」

 わめく元王太子を、数人の近衛兵が丁重且つ的確に、見苦しい動きを封じ込めながら連行して行った。


 扉が閉まり、聞き苦しい罵倒の声が小さくなってから、王太后殿下はクレアに視線を向けた。

「クレア。ヘルムートの後見人として詫びる。すまなかった」

 王族は無闇に謝罪をしてはならない。しかし王太后殿下は、このような公共の場で、あえて謝罪した。それはクレアの名誉回復のために他ならない。その誠意に、クレアは胸が熱くなった。

 そして、あの騒動で彼女も流石に少なからず動揺していたが、王太后殿下の変わらぬ落ち着いた声に、すうっと落ち着いて心が定まった。

 ――以前から、王太后殿下から何度も持ちかけられていた話。もう迷いはない。

「クレア――よいか?」

「はい」

 具体的な言葉はなかったけれど、状況と、王太后殿下の視線で意図は通じた。クレアは力強く頷いた。


 王太后殿下は凛とした声で宣言した。

「本日この場にて、クレアを新たな王太子とすることを発表する!」

 会場が阿鼻叫喚に包まれた。

 王太后殿下に招かれクレアも階段を上り、皆に見える位置に立った。


 クレアが王太后殿下の元、高度な教育を受け直々に様々なことを学んでいることは知られていた。大変優秀且つ努力家で、ヘルムートは彼女の補佐なしでは王として立ち行かないだろうと言われていたことも。

 それゆえ、好意的な視線も多かった。しかし勿論、そうでない視線も多かった。

 それでもクレアは、それに立ち向かう覚悟ができている。

 王太后殿下からは、何度も王太子になることを打診されていたが、とても無理だとずっと固辞していた。

 でも、今日自信をもった。

 ヘルムートが王になっても、周囲が支えてくれただろう。王は一人で何もかも背負う訳ではないのだ。

 最終的に離脱したにせよ、あんな男が次期王であっても、周囲は何とかするつもりで、何年も王太子として掲げていた。

 ヘルムートにすらできるというのなら、自分にできないことはないだろう。流石に。

 次回最終話、王太后視点です。

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― 新着の感想 ―
[一言] おばあちゃん元気いいなと思ったらアラサーだった
[気になる点] 王太女なのでは? [一言] 王太子の子は男性を指します。女性の場合は子では無く女となります。気になりましたので指摘しておきます。
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