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1 王太子の話

「お前との婚約を破棄する!」

 王太子の誕生を祝う祝宴の中、澄んだ力強い声が響いた。

 艶やかな黒髪に切れ長の目が知的で清廉な印象を与える、美しい青年。黒の絹地に銀糸の精緻な刺繍をあしらった、上品ながら豪奢なジュストコールに身を包んだ貴公子が、目の前の令嬢を鋭い目でひたりと見据えた。

 赤い下品なドレスに身を包む、婚約者――いや、元婚約者の公爵令嬢は、侮るような苦笑を浮かべて彼を見返した。


 彼はこの国の王太子。 彼――ヘルムートはこの自身の成人を祝う日、積年の恨みを晴らすつもりだった。

 元婚約者のこの女に――いや、その背後にいる王太后に。



 ヘルムートが14歳の時に父王が亡くなった。37歳の若さだった。

 王の直系の子供は彼ただ一人。次期王となるため既に立太子していたが、この国では成人するまで王位にはつけない。

 その間、この国は父王の母、ヘルムートの祖母にあたる王太后が実権を握ることとなった。


 王太后は、ヘルムートを毛嫌いしていた。彼の母が平民たる王宮のメイドだったためだ。

 父は誰にも知られぬよう母と愛を育んだが、やがて王太后に見つかった。仲を引き裂かれた上、母は解雇され、手切れ金を押し付けられて実家へ帰された。

 ヘルムートは、母は出産後間もなく亡くなったと教えられ育てられた。


 王太后は、ヘルムートに厳しい教育を与えた。その厳しさは、いずれこの国を担う者として当然のことだと、歯を食いしばって耐えた。

 しかしそうではないのかもしれない、と次第に気付くようになった。


 父王は殆どヘルムートに会いに来てくれなかった。寂しかったが、王が多忙なことは仕方のないことだと理解していた。会いに来ると、とても優しく接してくれた。

 教師が厳しくて勉強が辛いというと、父王は驚き、教師を全て入れ替えてくれた。

 父と、新しい教師達は直接的な表現は避けたが、これまでの教師は王太后の指図で不当にヘルムートを苦しめる悪意を持って配置されたことが分かってきた。


 ヘルムートが13歳になり、立太子した頃には、王太后の不穏な噂もかなり耳に入るようになった。

 意を決し、父王に本当のことを知りたいと問うた。

 父王は、逡巡した様子を見せたのち、語ってくれた。

 母との仲を引き裂かれたこと、平民の血を引くヘルムートを王太后が毛嫌いしていることを。


 何故この国の最高権力者である父王が、王太后を叱り、排除しないのかとヘルムートは問うた。

 王太后は、この国の権力中枢で大きな力を振るい、父王もその対応に苦慮しているのだと苦い顔をして語った。

 だから、ヘルムートもこの話を父から聞いたことを王太后に話してはならないし、表だって反発してはならない。それをするなら、それを可能にする力をつけてからにしろ、父もそう考えて時期を待っているのだと語った。


 ヘルムートは、今まで納得できなかったことが全て腑に落ちた気がした。


 王太后やその周囲の人間がヘルムートのやることなすことに言いがかりをつけ、彼を貶めようとすること。

 彼が親しくしようとした人々が男女問わず次々と不自然に彼と距離を置くようになること。

 ――その背後には、王太后がいたのだ。



 ヘルムートが14の時、父王は亡くなった。病死だった。

 彼は、それが王太后の差し金だったのではないかと疑っているが、証拠はなかった。

 ――父王は、時期をみて王太后に反旗をひるがえすと言っていた。その時期が来る前に先手を打たれたのだ。ヘルムートはそう確信している。


 父王の死後、王太子ヘルムートが成人するまでは、王太后が後見人となり実権を握ることとなった。

 国政は次第に歪んだものとなった。

 ヘルムートが改善案を出しても握り潰された。

 成人し、王太后を排除することができるようになるまでの4年の時間が長く感じられて仕方なかった。


 そんな中、16歳の時、一人の公爵令嬢と出会った。

 輝く金の髪、陶磁器のような滑らかな白い肌、すんなりした肢体に意外に豊かな胸の膨らみが眩しい。自分に優しく微笑みかけでくれる少女にすっかり虜になった。

 やがて彼女と婚約できた時は、天にも昇る気持ちだった。


 ――しかし、やはり、幸せは長くは続かない。ことに、王太后の膝元であるこの王宮では。


 彼女は次第に変わっていった。

 思いやり深くヘルムートの心に寄り添ってくれていた筈の彼女は、次第に傲慢になり、いちいち彼に意見するようになっていった。

 そして、心の距離を感じるようになった。

 ――この感触は心当たりがある。

 調べるとやはり、彼女は王太后と接触していた。


 彼女に問うと、困った弟に言い聞かせるように苦笑して言った。

 婚約者の立場として、将来王族に輿入れする以上、親族たる王太后と交流を持つのは当然のことである。

 また、自分の父は公爵位を持つが王弟であり、自分にとっても祖母にあたる。ゆえに、子供の頃から王太后には可愛がってもらった。

 ヘルムートが王太后を苦手に思っていることは知っているが、もう少し歩み寄ってはどうか。


 ――手酷い裏切りに、目の前が真っ赤になった。

 もう、何もかもが信じられなくなった。

 ヘルムートは荒れた。


 そんなある日、小さなパーティーで一人の男爵令嬢に出会った。

 金髪、白く豊かな胸、そして何より彼に素直な微笑みを向けてくれるその思いやりに満ちた心根は、出会った頃の――今は失われたかつての婚約者と少し似ていた

 年は16。まさに、出会った頃の婚約者と同じ年だ。

 ――この子も変わってしまうのだろうか。いや、王太后に関わらせなければそんなことはないだろう。

 これは天が与えた、やり直しの機会なのだ。

 婚約者は変わってしまった。けれど、彼女には同じ道は歩ませない。

 これは運命なのだ。

 

 ヘルムートの18歳の誕生会が近付いていた。

 彼は成人し、王になる。王太后を凌駕する力を得るのだ。

 時は満ちた。勇気を持って、王太后を排除し、全ての誤りを正すのだ。

 その報奨に、美しく優しい彼女をこの手にするだろう。



 誕生会会場で、ヘルムートは愛しい男爵令嬢を見つける。

 自分の贈ったドレスを身に着けてくれている。沢山のフリルとピンク色が彼女の愛らしさを際立たせる。

 彼女の元へ行くと、壮麗な会場に緊張しているらしくぎこちないながらも、いつもの愛らしい笑顔を向けてくれた。

 初々しく遠慮がちなその手を自分の腕にからませ、意気揚々と、婚約者の元へ向かう。


「お前との婚約を破棄する!」


―――ヘルムートの声が会場に響いた。




「……この、金髪ロリ巨乳好きのバカ殿……」


 目の前の婚約者の小さな呟きは、彼の耳には聞こえなかった。

 次回から色々崩壊します。

 もし、彼を好きになってくれてしまった方がいらしたら、申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 薄々思ってた、こいつロリ巨乳が好きなんじゃねって。 最後の一言で吹いたわ
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