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閑話/亮輔サイド

 先にも記した通り、隼人と出会ったのは、今年の春。場所は俺が上京して初めて訪れた、とあるコスプレイベントの会場であった。俺の住んでいた地元ではコスプレのイベントなんてなかったので、初めて目の当りにするコスプレと言うものに、いたく感慨を覚えたものだ。もちろんコスプレのクオリティーには個人差がある。それでも、各々(おのおの)が好きなキャラクターになることの出来る場というのが、自分のことがあまり好きではない俺の目にはとても輝いて見えた。


 そんな中見かけた一人のコスプレイヤー。身長は一八○センチメートルはあろうか。見たところ女性のキャラクターなのだろうが、よくよく見てみると、その顔立ちや骨格は紛れもなく男性。たぶん俺と同い年くらいだろう。元となったキャラクターに関してはよく知らないが、周囲の人と比べてもそのクオリティーは明らかに高い。周りを取り囲むカメラマンの数が、それを物語っている。


 それだけならば然程気にすることはなかっただろう。それでもその時妙に気にかかったのは、その顔がつい先日、学校で見かけたばかりの顔だったからだ。


「もしかして、輝崎くん?」


 そのコスプレイヤーがびくりと反応する。化粧をしているので一見わかりにくいが、この反応を見るに本人であることは間違いないだろう。


 ギギギギッと擬音を立てそうなしぐさで俺の方を向いたそのコスプレイヤーは、おもむろに俺の手を掴むと、人気(ひとけ)の少ない会場の外へと連れ出した。そして周囲に人がいないのを確認してから、ため息をつきつつ俺に詰め寄る。


「何かもういろいろと言いたいことだらけだけど、とりあえずこれな。こういう場で実名出すの禁止。これ鉄則だから」


 それは知らなかった。言われて見れば、確かに高度な情報社会である現代において、不特定多数の人間に実名を晒されるというのはリスクが高い。こればかりは自分の至らなさが招いた事態なので、素直に謝罪することにした。


「ごめん、そうだよね。変な人に住所とか特定されたら大変だし」

「ああ、いや。そこまでは考えてなかったけど……」


 気まずい空気が俺達を包む。


「ああ~、えっと……。連れ出しておいてこんなこと言うのもなんだけど、お前誰?」


 どうやら向こうは俺のことを認識出来ていないようだ。そういうことなら、もう一度名乗っておくのがいい。俺は自分を指差しながら、名乗る。


「俺は朝霧亮輔。同じクラスなんだけど、憶えてない?」

「朝霧?」


 彼はしばらく考え込んでから、思い当たる節があったというように声をあげた。


「ああ~、いたな。確か地方から上京して来たって――」

「そうそう」

「女連れで」


 女連れと言われて一瞬反応が遅れる。「女? はて?」と考えてから、それが凪のことだということがわかり、納得が行った。言われて見れば、確かに凪は女子だ。普段あまり意識しないから、すっかり頭から抜けていた。


「う~ん。確かに凪は女子だけど、そういう風に見たことないな」

「は? 何だよそれ。向こうは結構美人だった気がするけど」


 凪の顔がいいのは幼少期の頃からだから、それに関してもあまり気にしたことがない。中学卒業の時も随分後輩女子を泣かせていたが、高校でも同じことが起きるのだろうか。


「まぁいいや。とにかく朝霧。今日のことは他言無用だ。いいな?」

「え? 何で?」

「何でって……。普通はさ、こういうことはしないだろ?」


 そう言って改めて自身の恰好に目を落す彼。その表情はどこか自虐的で、お世辞にも前向きな印象は受けない。


「こういうことって、コスプレのこと? いいじゃん。輝崎くんはそのキャラが好きだからその恰好をしてるんでしょ? 人気(にんき)もあるみたいだし、悪いことはないと思うけど」


 俺の言葉に、彼はポカーンと口を開けながら呆けている。


「少なくとも、俺は輝崎くんのことすごいって思ったよ。こんな衣装を用意して、大勢の人前で堂々としていられるなんて、俺には出来ないだろうし」

「……変だと思わないのかよ。男が女の恰好をしててさ」


 絞り出すような声。恐らく、彼は怖がっているのだ。自分の好きなことを否定されるのではないか、と。


「逆に訊きたいんだけど、そんなに完璧に決めてるのに、どこが変なのさ。俺はそのキャラのこと知らないし、コスプレとかしたことないから、詳しい人がいたらまた別の意見も出るのかも知れないけど。少なくとも、俺はかっこいいと思うよ?」


 俺がそう言い切ると、彼はふっと鼻で笑い、それから大声で笑い始めた。


「……PGOのエリアルを知らないくせにコスプレイベント来てるのかよ。どこのにわかだっつ~の」


 一通り笑いきってから、彼が言う。エリアルを言うのは、今彼がコスプレをしている元のキャラクターだろうか。PGOというスマホアプリゲームがあるのは知っているものの、プレイしたことはないのでキャラクターの詳細まではわからない。


「俺はアニメ専門のオタクなんだよ。アプリゲームは管轄外」

「はぁ!? PGOやってないとか人生八割損してるし!」


 八割とはまた大きく出たものだ。確かにしょっちゅうテレビCMで見かけるし、以前六周年を迎えたと言うのをSNSで見かけたから、人気(にんき)は高いのだろうが。


「とりあえずダウンロードしてみろって! 絶対おもしろいから!」

「でも、こういうのって課金? があるんでしょ? 俺そんなにお金ないし」

「無課金でも何とかなるって! 今なら恒常の最高レア一体確定でもらえるし、スタートダッシュでもらえる石でかなりガチャ回せるし!」


 そう言って、PGOを立ち上げる彼。何度か画面をタップしてから、写った画面を見せ付けるように俺の前にスマホを差し出す。


「これ、俺のユーザーID。フレンドになれば戦闘で俺がサポート設定してるキャラ使えるから、とにかく始めてみろって!」


 何故だ。どうして俺は女装したクラスメイトにアプリゲームの勧誘を受けているのだろう。まぁ、せっかくクラスメイトと関わるきっかけが出来た訳だし、話題作りのために試しに始めてみるのはありかも知れない。彼は自己紹介の時も俺と違ってハキハキと喋っていたし、きっとクラスでも人気が出るはず。今の内に交友関係を築いておいて損はないはずだ。


 俺はスマホを取り出してから、念のため聞いてみる。


「せっかくだし連絡先を交換しておくと言うのは……」

「ああ~、まぁいいんじゃね? LIME(ライム)でいい?」


 こうして俺のLIMEアカウントの友達欄に、新しく輝崎隼人の名前が加わった。東京に引っ越してきてから出来た、初めての友達。何とも感慨深いではないか。


「そんなことより、PGOはダウンロード出来たのかよ!?」


 俺が感動に浸っていると、急かすように彼がスマホを覗き込んで来る。


「流石にそんなすぐにはダウンロード終わらないって」


 一応ダウンロード自体は始めているが、ゲージの進み方を見る限り、完了までにはもうしばらくかかりそうだ。


「それよりも輝崎くん」

「隼人でいいよ。そっちの方が気が楽だし。で、何?」

「戻らなくていいの? カメラマンの人達待ってると思うけど」

「ああ~、そっか。まだ撮影の途中だった」


 会場の方に目をやり、輝崎くん改め隼人は気まずそうに目を伏せる。


「こんな形で中抜けして、みんな怒ってないかな」


 人前でこんな恰好をする度胸はあるくせに、根は以外と繊細のようだ。


「それはわからないけど、もし怒ってるようなら、俺も一緒に謝るよ。元はと言えば俺のせいなんだし」


 そもそもが公衆の面前で隼人の名を口走ってしまったのがきっかけなのだから、何かあれば俺が頭を下げるのが筋と言うもの。そこを(おろそ)かにしてしまっては、今後の人間関係にも()(さわ)りがあるだろう。


 そういう訳で、俺と隼人は元のイベント会場へと戻る。何事かとソワソワしながら待機していたらしいカメラマン達に事情を説明して謝罪し、ことなきを得ることに成功。何故だかコスプレをしていない俺まで巻き込んで撮影会は再開され、時間いっぱいまで俺はイベントを楽しむこととなる。


 『ふぁる()』という名前でコスプレ活動していると言う隼人と、そのファンであると言うカメラマン達との交友を深め、帰路に付く頃には一七時を超えていた。帰り道で隼人に「今日のことは内密に」と念を押され、俺はそれを了承。人には他人に言えない秘密の一つや二つあるものだ。そういう訳で、この日以降、俺と隼人は公私ともに深く付き合うようになり、親友と呼べる間柄になった。かねてよりの目標であった高校デビューは失敗に終わることとなるが、それはそれ。俺は隼人の秘密を胸に抱えながら、学校生活を送る。何かとフォローしてもらうシーンが多かったが、それに関しては感謝しかない。いつか彼の横に立っても引けを取らない人物になろう。この先に待っている強烈な出会いなどこの時は知りもせずに、そんなことを密かに考えていたのだった。

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