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港町にて

買い物終わって帰ります。

 港町ファーティで一夜明かしたサフィエは食料品の買い出しの準備を始めた。取り敢えず一週間分もあれば事足りると思われるので、人が引ける荷車に積める位で問題は無いだろう。

 前日、市を冷やかしながらも荷車や木箱を売っている商店や工房の情報は仕入れてある。

 潜水艇のある場所までの鮮度の維持は魔法でこっそり冷やせば問題無い。荷車の強度に不安があるからスピードは出せないが、サフィエは不眠不休で動けるから一昼夜かければ到着できる。

 そうと決まれば行動開始。宿の朝食を泣きながら食べ終えるとサフィエはまず荷車を作っている工房へと向かった。なお朝食の時に宿の女将がなぜか平パンを一枚サービスしてくれた。


 昨日と違って小綺麗になったサフィエが街中を歩くと、ひしひしと視線を感じる。

 今のサフィエは若い娘が着る華やかなカフタンを着込み、髪の一房を編み込んで飾り紐で纏めている。金狐族特有の黄金色の髪が陽の光を映し眩いばかりに輝く。

 形の良い柳眉に吊り気味の大きな目にミントグリーンの瞳。そこに影を落とさんばかりの長い睫毛は優美なカールを描いている。

 柔らかな頬は薄桃色に色づき、また桜貝を思わせる唇はふっくらとして艶やかだ。

 少女のあどけなさと金狐族特有の妖艶さが共存する美少女。それがサフィエである。


 そんなサフィエであるからか、上半身裸に派手柄の袖無しカフタンを羽織った破落戸どもに目を付けられたのも(むべ)なるかな。


「よう姉ちゃん。ちょっと俺達に付き合えや」


 リーダー格の破落戸に腕を掴まれたサフィエは彼を一瞥すると抵抗もせず腕を引かれるままに裏通りへと、そして彼らが溜まり場に使っている空き家へ連れ込まれた。

 サフィエが連れ込まれてすぐ空き家の中から怒鳴り声に続いて肉を打つ様な音、物が派手に壊れる音、合間に怒声と悲鳴が聞こえ、唐突に静かになった。

 暫くするとサフィエが空き家から出てきて、何事もなかった様に目的地へ向けて歩き始める。


「人をやめたわたしをどうこう出来る訳ないのに」


 と、独り言を呟きながら。


* * * * * *


 荷車を扱う商店では運良く新品の在庫があり、荷台の長さが一般より長い物が購入出来た。これで多少は多めに買い物をしても大丈夫。

 一度、宿に戻って荷車を預かってもらい次に行った木箱を作っている工房では、生憎と在庫が無かったが、その工房が贔屓にして貰っている商店に中古が在るはずだからと紹介してもらえる事になった。親方が同行で。


「すみません、わざわざご一緒していただいて」


 恐縮するサフィエにイスケンダー親方は呵々と笑う。


「なぁに気にすんな。御用聞きにも行かなきゃならんかったからな。それにむさ苦しい男弟子と歩くよりも華があらぁ」


「そのお店って何を扱ってるんですか?」


 あわよくば食料品を扱ってる店なら良いなぁと思って聞いてみた。


「豆、麦、胡麻、それと少しだが香辛料も扱ってるな」


 香辛料の扱いもあるとか、これは是非とも購入しなければと、ふんすふんすと決意するサフィエ。

 そんな彼女の横でイスケンダー親方は孫を見るような優しい目をしていた。


 世間話をしなが暫く歩くと目的の店が見えてきた。ウーズーン商店と看板が出ている。

 店の様子からどうやら卸商のようであり、小売りをしてもらえるか分からないなぁとサフィエは少し不安になる。

 幸い、イスケンダー親方の口利きもあり中古の木箱四つと取り扱いのある商品を売ってもらえた。

 更に店主に塩や乾物、肉や野菜等の生鮮品の扱いの店を聞くと、手数料は取られるが商会で取り纏めてもらえる事になった。だが手持ちの現金(貨幣)が足りない。

 仕方なく金粒をサフィエが見せると店主の目の色が変わった。

 どうも純金は同じ重さのファラ金貨よりも価値があるらしく、支払いは是非とも純金粒で、と強くお願いされてしまった。

 とにかく明日の昼までには購入品を用意してもらえる事になりサフィエは親方と店主に礼を言いウーズーン商店を後にした。


「あ、お直し出来てるかな?」


 今日は市が開かれていないので、直しを頼んだお婆さんの自宅へと向かう。一応、住所は聞いていたが、お婆さんの自宅近くと思われる場所で屯していた奥様方に、直し屋のビュゼお婆さんの家はどこですか、と聞いて確認すると目の前の家がそうだった。


「ごめんください。昨日お直しをお願いした金狐族のサフィエと言います」


 声をかけると顔を出したのは昨日の市で古着を売っていた小母さんだった。


「いらっしゃい。待ってたわよ」


吃驚(びっくり)してるサフィエに小母さんは悪戯が成功したと笑いながら招き入れる。

 小母さんの名はキャナン。旦那さんと息子と姑のビュゼお婆さんとの四人暮らし。今の時間は旦那さんと息子は仕事に出ているとのこと。

 先日、嫁に出たのは末娘で「やっと娘ども全員片付いたよ」とキャナン小母さんは笑う。


「はいよ。(ほつ)れたところもついでに繕っておいたよ。持ってお行き」


 ビュゼお婆さんが直した服を渡してきた。


「わぁ、ありがとうございます。新品みたい。あれ? 一着、買ってないのが混ざってますけど……」


 広げてみると、形が由逗子(ゆずし)(かける)の記憶にある衣装に類似していた。


「それはね、あたしが若い頃に東から来た金狐族の娘さんから刺繍を頼まれた装束でね……。西に向かった帰りに取りに来ると言って行ったきり何年経っても取りに来なかったんだよ……」


 切なそうにビュゼお婆さんが言う。


「お義母さんは若い頃は名の通った刺繍名人だったからねぇ」


 サフィエは話を聞きながらも混乱していた。


―色違うし豪華な刺繍がしてあるけど、巫女装束だこれーっ!―


「あんたを見たとき、その娘さんを思い出してね。良かったら貰ってはくれまいかね?」


 サフィエは口を開けたまま、視線を装束とお婆さんを行ったり来たりさせた後、やっとの事で言葉を発した。


「あの、これ大切な物じゃないですか。わたしなんかが頂いて良いのでしょうか……」


「もう何十年も前のもんだし、その方が多分あの娘さんも喜ぶんじゃないかねぇ。あたしはそう思うんだよ」


 港町ファーティより東から来たと言うならサフィエの曾祖母とは別の氏族なのだろう。

 軌道上から見た限り、確かに東には弧状の列島が存在していたし、この惑星は形こそ違え大陸の配置は地球とよく似ていた。

 果たしてこれは偶然なのか万象心(ユニバース・マインド)の意思なのか、それとも前世宇宙の並行宇宙なのか、サフィエは分からなくなった。


 ビュゼお婆さん宅を辞して宿へと戻る道すがら、サフィエは空を見上げ一人ごちる。


「物理法則の違う別宇宙だと聞いてたけど……情報量子次元に互換性があるから、ひょっとして……」


 頭を振ってサフィエはその考えを頭から追い出した。


「考えても仕方ないよね。わたしは今ここに生きてるんだもの」


 我思う故に我ありだし、と思いながら心に晴れない靄を抱え彼女は宿へと急いだ。


* * * * * *


 明けて翌日、サフィエは昼まで街中をぶらぶらした後、宿から荷車を引いてウーズーン商店へと向かった。

 頼んだ量が量だけに一往復で運べるかなと心配になる。

 店に着くと既に購入品は準備されていて、荷車一杯ギリギリに積むことが出来た。


「お嬢さん、これ一人で引けるのか?」


「平気平気。わたしこう見えて結構力持ちなんですよ?」


 店主のケーファー・ウーズーンが心配そうに尋ねるも、サフィエは引き枠を掴む持ち上げ涼しい顔で答えた。


「ぉおう。どこまで運んで行くのかは聞かないが気を付けてな。また何か入り用になったら訪ねてくれ。あの金粒なら大歓迎だよ」


「ありがとうございます。お世話になりました」


 軽く頭を下げてサフィエは街門に向けて歩き出した。

 荷車はからからと音を発てて移動して行く。今の所、嫌な音はしていない。念の為の軸受けに注す油はイスケンダー親方から受け取っている。


「車軸が壊れても最悪は荷台ごと背中に担いで行けば良いだけだし楽勝楽勝」


 街門を通過するが、入いった時とは別の衛兵が立っていた。サフィエは軽く会釈して門を出て街道を進んで行く。


 行きとは違い丸一昼夜以上を荷車を引いて歩き通して潜水艇を隠した林の近くまで到着した。

 ここまで途中、夜中に獣に襲われたが魔法で微量の反物質を作り小爆発を起こして追い払ったり、時々車軸に油を注しながらの行軍であった。


「荷車が通れる道が無いのよね。担いで行くしかないわ」


 荷車の下に潜り込んでバランスを取って背負うと林の中に入って行く。


「足場悪いなぁ。そんな離れてないし飛んで行こう」


 サフィエは意識を集中し重力制御を想起し、情報量子次元から物質次元の重力場へと働きかけ地面を蹴った。

 ぴょ~んと言う擬音が聞こえそうな勢いで荷車を背負ったサフィエが空を飛ぶ。いや、よく見ると弧をを描いている弾道飛行。飛ぶじゃなくて跳ぶだった。

 自身と荷車に作用している惑星の重力場に干渉し引力を小さくして跳び上がったのである。程なくして砂浜に無事着地したサフィエ。いそいそと林に隠した潜水艇に荷物を積み込み、その後意気揚々と海底に待つオオワタツミへと帰還していった。


狐娘に巫女装束は正義。異論は認める。

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