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プロローグ

人によっては不快な表現がありますが、宜しくお願いします。

 罵る声とともに投げられた拳大の石が鈍い音をたてて頭に当たり、彼女はその痛みに思わず膝を折った。

 痛みに声を上げようにも、毒により咽を潰されているために呻く事しかできない。

 纏ったぼろ布は至る所に血が滲み、縛られた手を地面につき蹲った際に露出した肌の至る所には痣や乾かずに血を流す傷が見えた。

 今し方、石の当たった所からは血が滴り本来は黄金の輝きを持っていたであろう汚れた髪を更に赤黒く汚して行く。


「立て!きりきりと歩け、罪人めが!」


 護送する兵士が彼女に罵声を浴びせ、固く縛られた手首の縄を引き無理やり立たせられる。面を上げた彼女の顔は酷く窶れ、目の下には濃い隈が表れていた。

 腫れた瞼から僅かに見えたミントグリーンの瞳に光は無く、また瞳孔は濁り周囲で罵声を浴びせる群衆の姿を映してはいなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 罪人として引き立てられている彼女は、この国の今は亡き側妃が産んだ第三王女のサフィエ・スヴァーリ・カァフシャアク、十五歳。

 王家に入った獣人族である金弧族の曾祖母の血が強く出た彼女は狐獣人の特徴である三角の獣耳と豊かな毛を蓄えた尻尾を持って生まれてきた。

 カァフシャアク王国では王家、貴族、民の多くがチアノク(東方黄色普人語で『徳の道標』を意味する)を信仰していた。

 チアノクは「万物に様々な神・聖霊・祖霊が宿り人々の行いを見守っているので小さな事でも良いから身の丈に合った徳を積みなさい」「他種族は姿は違えど同じ聖霊・祖霊に連なる者。寛容でありなさい」と説く非常に緩い宗教であり、これによりチアノクを信仰する者は他種族に対しての差別が殆ど無い。

 故に家族の中で唯一獣相を持って生まれた彼女だが、その愛らしい容姿から『金弧姫』と呼ばれ家族からも周りからも疎まれること無く健やかに成長していった。

 そう、サフィエは周りから愛され何不自由なく幸せに暮らしていたのである。


 事態が悪化していくのはサフィエが七歳の時から。

 実母の側妃、サフィエと同母兄の第一王子と第三王子が同じ時期に体調を崩すと間を置かず相次いで亡くなり、その後すぐに王と正妃も同じような症状により亡くなった。

 毒による暗殺が疑われたが、遺体などから毒の残留が認められなかった事、症状がよくある死病と同じであった事、そして王太子であった正妃の実子である第二王子の新国王への即位が急がれた為に偶然にも同じ病による病死と結論づけられた。

 その後は恙無く王太子は国王として即位し、宰相以下の重臣の努力により国内での大きな混乱は起こらなかった。そして前国王の喪が明け、代替わりで国王の王太子時代の側近達が要職に就いていき、国の上層部が一新されるとそれは起きた。


 カァフシャアク王国は東方と西方及び南方の物流文化が交叉するところにある。(読者に於かれては地球で言うところのボスポラス海峡周辺のような地域と考えて欲しい)

 東西を結ぶ地峡の中央に海峡があり、それが南北にある海を結んでいる。その近辺には良港として使える入江・海岸が数多存在する、そんな交易するに優れた場所である。

 この地は多くの種族が行き交い、また定住しており、皆がチアノクを信仰しているので種族間での諍いも無く、国は非常に安定した治世を行う事が出来ていた。


 そんなカァフシャアク王国であったが新国王を戴き体制が一新されると国王は西方で最大勢力の一神教であるスウツノ教を国教とすると発布した。

 スウツノ教は神より与えられた啓典を絶対としている。啓典の中で『神は地上を管理する為に人を作った』と記されているが、長い歴史の中で『神は白色普人族に世の全ての支配を委ねた』と曲解され西方諸国による周辺への侵略の大義名分に利用された。

 またこれを信じるスウツノ教徒は白色普人族以外の他種族や同じ普人族でも肌の色が違えば『人以下の存在である』として『亜人』の蔑称を用い、蔑視し差別し弾圧している。

 例え白色普人族以外の種族がスウツノ教へ帰依しても『人外』である故に、その身分が如何に高かろうと奴隷階級へと落とされる事になる。


 そんなスウツノ教を、敬虔なチアノク信仰が主である数多の種族が共存するカァフシャアク王国の国教にする事は、まさに暴挙であり国内各所から強烈な反発が生じるのは必至。

 このままでは国を徒に乱す事になると国王や国の上層部に苦言を呈した貴族家の当主は何故か隠居したり病床に臥せたりし表舞台から消え、そしてスウツノ教へ帰依した者が新当主となって行く。

 また白色普人族以外の貴族家は身に覚えの無い罪を着せられ取り潰しとなったり処刑された。

 そして白色普人族以外への弾圧が国内で始まり、チアノクの社や神像、祠、碑等は破壊され、多くの他種族の民がカァフシャアク王国から西方以外へ出奔。

 それにより人口が激減すると、代わりに西方諸国からの移民が入って来て国内はスウツノ教徒の白色普人族が占めるようになる。


 新国王即位から二年。サフィエが十歳の頃、有力貴族家の殆どがスウツノ教徒になる頃に、サフィエと妹のフェティエは城の一角にある塔に一緒に幽閉される事になる。

 幽閉され事で生活の質は必要最低限まで落とされたが、将来の政略の駒とする為に彼女達姉妹への王女としての教育は継続された。


 サフィエが十五歳になろうとする少し前、彼女に『恩寵の御印』が顕れる。これが彼女の運命を過酷で残酷なものへと変えてしまった。


 恩寵とは人が十二歳から十六歳の間に神々(スウツノ教では唯一神)から必ず賜る贈り物とされる技能や技術であり、至極稀に異能とも呼べるものを賜る事例もある。

 この恩寵を賜った証として左上腕をぐるりと腕輪のように巡る紫色(チアノーゼの唇の色と同じと思っていただきたい)の複雑な模様が顕れる。

 御印が顕れた本人が自身の恩寵の内容を知りたいと願うと左手の甲にうっすらと神代文字により内容が示されるのだ

 しかしサフィエに顕れた御印の色は紫色ではなく黒色だった。その模様も今まで多くの人に顕れた植物を思わせる有機的な物ではなく、無機的な直線と円弧にて描かれたもの。

 そして恩寵を知りたいとサフィエが願っても左手甲に浮き上がるのは文字とも模様とも言えない神代文字とは全く違うものだった。


 この頃になるとサフィエ付きの侍女も白色普人族のスウツノ教徒に代わっており、獣人の相を持つ彼女を蔑み世話もおざなりなっていたのと、サフィエも敢えて誰にも話さなかった為に、彼女に顕れた恩寵の御印が異常であることに暫く気付かないでいた。


 ある日、サフィエが一人で湯浴み(とは言っても盥に湯を張りその中で清拭するのみだが)をしている時に無断で湯浴み場に入って来た侍女に黒い御印を見られてしまう。

 侍女は「御印?それにしては真っ黒で気味が悪い!」と言うや否や扉も閉めずにその場を立ち去り、その足で侍女長へと報告を上げる。

 侍女長より報告を受けた国王は、即座にサフィエを地下牢へと連行するよう指示を出し、またスウツノ教の司祭を呼び出し、サフィエを審問する事を決定する。


 サフィエに行われた審問は、審問の名を騙る拷問であった。

 言葉の刃を突き立てられ、鞭打たれ、殴られ、切られ、純潔は汚され、人としての尊厳全てを踏み躙られ、その絶望と諦めの中、スウツノ教徒ではないのに異端者として、唯一神に対しての冒涜者・反逆者としての罪を問われ無理やり認めさせられた。

 結果、サフィエは磔刑の後に火刑に処される事が決定された。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 刑場である王都中央広場には磔刑に用いられるX字型の磔台が用意され、刑吏達が待機していた。

 そこへ兵士に引きずられるように罪人としてサフィエは連れて来られた。道中の投石で身体は痣だらけであり頭を始め至る所から出血している。

 刑吏達はそんな彼女を冷ややかな目で見ながら磔刑の執行準備を進めた。


 磔刑は罪人を長く苦しめ辱め、死に至らしめる事を目的とした刑罰である。衣服は剥ぎ取られ、手首の橈骨と尺骨と手のひら付け根の手根骨との間に釘が打たれた固定され、それだけでも刑を受ける者は苦痛を味わう。

 更に自重を支えられないよう脚を四十五度曲げた不自然な姿勢を取らされ足を打ち付けられる。

 磔台が立たされると自身の体重で肩が脱臼し、更に胸にも重さがかかる事で呼吸困難に陥り受刑者は疲弊して行き、最後には肺水腫を起こし呼吸が出来なくなり絶命するまで筆舌に尽くせぬ苦しみに苛まれる事になる。


 手足を打ち付けられた痛みにサフィエは声を上げるが、咽を潰されているために悲鳴にはならず、空気の抜ける音だけが彼女の耳朶を打つ。


 息が苦しい。身体中が痛い。何故、自分がスウツノ教に断罪されこのような苦しみを受けなければならないのか。何故、平和で穏やかな日々が失われてしまったのか。何故……何故……。


 朦朧とする意識の中でサフィエは何故を繰り返す。


 嗚呼、神々よ。聖霊、祖霊達よ。

 願わくばこの苦しみを早く終わらせ我が魂を輪廻の輪へと導き給え。

 悲しみも苦しみも洗い流す輪廻の輪へと。


 サフィエは痛みと苦しみの中で祈り願う。

 この苦しみを終わらせ、安寧の中に揺蕩う事を。

 母と二人の兄のもとへ逝かせて欲しいと。

 残された妹に幸多からん事を。


 そして呪う。

 平穏を奪いサフィエを貶め辱めた兄である国王を。

 傲慢で理不尽で利己的なスウツノ教とその唯一神を。


 滅べ!スウツノの奴ばらども!

 我が苦しみと痛みの千倍も万倍も味わいながら劫火に焼かれ滅んでしまえ!

 嗚呼、チアノクの神々よ、聖霊よ、祖霊よ。

 教えに背く事なれど、この憎しみと怨みと呪いは永久に彼の者どもへ!


 そしてサフィエが苦痛に苛まれる中、光の中に微笑む母と二人の兄の姿を見たように感じた刹那、彼女の意識は闇へと沈んで行った。



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