99.瘴気
さっきまでは明るくて綺麗だった森が、薄暗いおどろおどろしいものへと変わっていく。
薄墨が風景ににじんできているように見える。
道の奥から、先に進んでいた隊員たちが二人ほど戻ってきた。
「この先百メートルほど奥です。」
「わかった。」
百メートルほど向こうに瘴気がある。
ここからは見えないけど、そこに何かあるのは感じる。
見えないのに、重苦しいような存在がいるのがわかる。
少しずつ押し出されるかのように広がっていこうとしている。
「じゃあ、馬から降りて進もう。
馬は普通の馬だからね。魔力があるわけじゃない。
馬に瘴気が取りつかれると面倒だ。」
キリルがそういうと、また私の身体がふわっと宙に浮かぶ。
下を見たら怖くなりそうだから、なるべく視線は遠くを見るようにする。
そのままじっと待っているとキリルが馬を降りて隊員に預け、私の身体を抱きかかえて降ろしてくれる。
地面に足がつくと少しだけふらついたけど、それもすぐに落ち着いた。
「大丈夫?歩けそう?」
「うん、平気。何ともない。」
キリルと手をつないで、森の奥へと入っていく。
緊張してつないでいる手に力が入ると、キリルがきゅっと強く握り返してくれる。
その度に大丈夫だと言われているような気がした。
どんどん暗くなっていく道を歩いていくと、
隊員たちが神剣を構え、何かを取り囲んでいるのが見えた。
その奥に、真っ黒な霧がいくつも見えた。
一メートルほどの大きさの黒い霧が漂うように浮かんでいる。
それが十数個、崖のような場所に吹き溜まりになっていた。
「あれが瘴気。」
「何あれ、真っ黒!気持ち悪い。」
「あまり近寄りすぎないで。
隊員たちのいる場所辺りから浄化するよ。」
私たちが来たことに気が付くと、隊員たちはさっと避けて場をあけてくれる。
近くまで来ると、より瘴気が気持ち悪く感じられる。
黒い霧の中からうにょうにょと何か出てきそうな感じがして近づきたくない。
気体だけど、粘っこい物質に変わると聞いたせいかもしれない。
黒い霧の状態でもこれほど気持ち悪いのだから、そんなものに変わってほしくない。
「大丈夫?いくよ?」
キリルの合図に頷くと、キリルの魔力が私の身体へと流れてくる。
真っ白いあたたかな光のような魔力。
その魔力を私の魔力とより合わせて、一本の神力へと作り変える。
手にした鈴にゆっくりと神力を流すと、金色の鈴が光り、小刻みに震え出す。
シャラン。シャララン。
音が金の光となって瘴気へと向かって行く。
黒い霧を光が消し去るように、辺りが明るくなっていく。
シャシャシャン。
美里の鈴と私の鈴が重なると、金の光も重なって飛んでいく。
二人分の音を重ねると力も増すのか、あっという間に瘴気が消えていく。
一つ二つと瘴気が減っていくごとに辺りは明るくなっていく。
雨が上がった後のように日の光が森へ差し込んできた。
あれだけ真っ黒だったあたりは元の森にと戻っていった。
「もう大丈夫?」
「これでおしまい?」
「ここはね、もう大丈夫。終わりだよ。
まだ他にも発生していると思うから、隊員たちの報告をまとう。
いったん、テントに戻ろうか。」
「はーい。」
「ミサトはお腹すいただろう。
朝ごはん食べなかったんだし、早く戻ろう?」
「うん!」
無事に瘴気を消せたことで、安心して笑いあう。
少し疲れたけど、またそれが心地いい感じだと思った。
聖女としての仕事ができたことでほっとしたし、想像していたより怖くなかったのも安心した。
結果として、この子爵領地では三か所の瘴気を浄化し、
四日間の滞在の後、また馬車に乗って王都へと戻った。




