87.出発
キリルと手をつないで私室から出て少し歩くと、神官宮の玄関口に着いた。
玄関口前の道路には馬車が何台も連なって停められていた。
その馬車に隊員たちがたくさんの荷物をのせている。
忙しそうな隊員たちの邪魔にならないように脇に避けてそれを見ていると、
美里とカインさんも到着した。
「おはよう、悠里。」
「おはよう、美里。
なんか眠そうだね?もしかして昨日眠れなかったの?」
あふぅとあくびをしながら挨拶してくる美里に聞いてみたら、
隣のカインさんが呆れたように答えてくれた。
「ミサトは昨日瘴気の発生を報告した時から興奮しちゃって。
朝方まで眠れなかったんだよ。
さっき少しだけ眠ったけど、一時間も寝てないんじゃないかな。」
「え?それは眠いだろうね。
あぁ、でも興奮して眠れなかったのは気持ちわかる。
私も昨日聞いた時点では興奮しちゃってバタバタしてたから。」
「だよねぇ。なんか喜んでいるわけじゃないんだけど、なんていうの?
武者震いと言ったら言い過ぎかな。冒険が始まるみたいな感じがしてて?
頑張らなきゃって前のめりになっているみたいな。」
「あぁ、うん。わかる。私もそんな感じ。
いよいよなんだなって…頑張らないとね。」
お互いに決意を新たにしていると、馬車の準備ができたことを告げられる。
馬車の列の真ん中あたりに真っ白い馬車が二台あり、
その一台に私とキリルが乗り、もう一台に美里とカインさんが乗るようだ。
「馬車に乗るの初めて。
でも、なんでわざわざ二台にするの?
こんな大きな馬車なんだから、一台に乗ってもいいんじゃないの?」
用意された馬車はキャンプカーくらいの大きさがあった。
少なくとも私たち四人は軽く乗れると思うのに、わざわざ二台にするのはどうしてなんだろう。
神官宮と王宮以外に行くのは初めてだし、美里たちと一緒に話しながら旅をするんだと思っていたのに。
馬車は別々だなんてちょっと寂しい。
馬車の中から街とか見ていろいろ話しながら旅したかったな。
多分、向こうの世界とは全く違うと思うし、キリルとはこの気持ちを分かち合えないと思うんだよね。
がっかりしたのに気が付いたのか、キリルに頭を撫でられる。
これは慰められているんだろうか。見上げたらキリルに微笑まれる。
「馬車を二台にする理由は後でゆっくり説明するけど、
簡単に言えば、奇襲された時に一台だけでも逃がせるようにだね。」
「奇襲??そんな可能性があるの?」
「可能性はある。過去にそういうことがあったからね。
今回不穏な動きがあるとは報告されていないけれど、
リツがどこにいるかわからない以上油断はできない。」
「あぁ、そういえば。
律がどこにいるのかもわからないし、協力者が誰なのかもわからないんだった。
…美里と一緒に旅できるんだと思ってたけど、馬車が別になっちゃうのは仕方ないね。」
「だねぇ。悠里と話しながら移動できると思ってたんだけどね。
そういうことならわがまま言えないか~。」
「まぁ、とりあえず馬車に乗ろう?
乗ってから説明したほうが早いと思うから。」
「ん、わかった。美里、また後でね!」
「またね!」
私と美里が軽く手を振り合っているのをキリルとカインさんが笑って見ている。
そんなに一緒にいたかったのが面白かったのかな?
なんだか変な感じだった気がしたけれど、キリルの手を借りて馬車へと乗った。




