86.発生の知らせ
一報が入ったのは、一花がいなくなってから三か月が過ぎた頃だった。
窓際に置かれた赤い砂の魔力計はずっと変化がないまま。
どこからか赤い砂が供給されて、さらさらと下に流れ落ちていく。
砂が供給されているということは、一花が誰かに寄生しているということ。
魔力を吸われているユハエル国の人のことは心配だけど、
それをどうすることもできずに魔力計を見ているだけだった。
神剣も十分な量になったから五国への輸出も始まっていて、
いつ瘴気が発生してもおかしくないと聞いていた。
もう寝る準備も終え、ベッドに入ろうとしたらキリルの動きが止まる。
どうやら誰かから連絡が来ているようだ。
こんな時間に連絡してくるなんて、ジェシカさんだろうか。
「ユウリ、瘴気の発生が確認された。
明日の早朝には出発になる。」
「え?ホントに?」
「ああ。ここから三日ほど離れた場所にある子爵家の領地で発生が確認された。
今、隊員たちが出発の準備と最終確認をしている。
それが終わるのは朝になると思うから、俺たちは寝ておこう。」
「…寝てていいの?何か手伝うこととかないの?」
「俺たちが一番必要とされるのは神力だ。
体調が悪かったり、寝不足だったりしたら力が落ちる。
そうなると瘴気の浄化がうまくいかなくなってしまう。
俺たちがちゃんと寝ていないと、みんなが困ることになるんだよ。」
「そっか。それじゃ仕方ないか。
みんなが働いているのに寝るのはちょっと罪悪感あるけど。」
「ユウリは寝るのも休むのも食べるのも仕事のうち。
俺も一緒に寝るから、ちゃんと寝よう。」
「はぁい。」
そんな風に言われたらもう寝るしかないよね。
ついに瘴気が発生したんだ。これからそれを消しに旅に出るんだ。
瘴気の発生は良くないことなのに、
ちょっぴり冒険に行くような気持ちでわくわくしてしまいそうになる。
…キリルには気が付かれていそうだけど、
隊員さんたちは大変そうだから気が付かれないようにしなきゃ。
興奮を落ち着かせようとするのにうまくいかず、
ベッドの中でもぞもぞしているとキリルに抱きしめられる。
腕だけじゃなく、足もからませるように抱き着かれ、身動きが取れなくなる。
「キリル…これじゃあ動けない。」
「動けなくさせたんだ。落ち着くのを待っていたら、寝るころには朝になってしまう。
これなら何もできないから寝るしかないでしょ。」
「うー。それはそうなんだけど。」
確かにこれじゃあ何もできない。
苦しくはないのに、少しも動けない。
仕方なく力を抜いて、キリルの胸に顔をうずめる。
キリルの大きな手が私の背中や頭を撫でてくれるのが心地いい。
目を閉じたらいつものキリルの匂いがして、安心しているうちに眠くなっていく。
目を開けたら、もう朝になっていた。
「よく眠れた?」
「うん、すっきりしてる。」
「よし、じゃあ、起きて準備しようか。」
「うん!」




