78.帰れないのか帰らないのか
今日のお茶の時間のスイーツはシュークリームだった。
しかもカスタードクリームと生クリームの間に栗のペーストが入っていて美味しい。
うっかりシュークリームのほうに夢中になりそうになっていた。
「それじゃあ、結局誰が律を逃がしたのかわからないんだ。」
「今のところはね。王宮側に手引きした者がいるのは間違いないんだが。」
ジェシカさんが調べた結果をキリルから聞いて、
結局は協力者がわからなかったことにちょっともやもやする。
それでも隊員側に手引きした者がいるわけじゃなかったことにほっとした。
あれほどキリルとカインさんが隊員さんたちを信用していたのに、
二人を裏切るような人がいなくてよかった。
まあ、お菓子を食べたいからといって仕事を抜け出しちゃダメだとは思うけど。
「律はこのまま逃げて大丈夫なのかな。
この世界って異世界人だって見てわかるもの?」
「どうかな。見る人が見たら魔力が違うからわかると思うけど。
外見だけだったらリツは色素が薄いから気が付かれないかもしれない。」
「あぁ、そうだね。この世界の人はみんな肌も白いし、色素が薄い感じがする。
じゃあ、イチカは黒髪だからすぐに異世界人だってバレる?」
「わかるだろうね。あれほどの黒髪は探してもいないと思う。
…そんなイチカを何度も買い物に連れて行くなんて。
ダニエルは本当に何を考えているんだか。」
大きなため息をついたキリルによしよしと頭をなでる。
夜会からずっと悩み事が減らないのか、キリルがよくため息をつくようになった。
その上、私が連れ出されそうになったものだから、当日の怒りようはすごかった。
私は攫われそうになったというのに、そのことよりキリルが怒っているほうが怖くて、
ずっとキリルに抱き着いて機嫌が直ってくれるように祈っていた。
ようやく普通のキリルに戻ってくれたけど、ダニエル王子の話はまだダメらしい。
「ねぇ、キリル。一花のこと、向こうの世界に帰せない?」
ずっと考えていた。私や美里はもともとこちらの世界の人だからいいとして、
律と一花は帰ることができるのなら帰ったほうがいいんじゃないかって。
ずっと幽閉し続けるのも大変だし、この世界にいられるのも私が嫌だ。
向こうの世界に帰ってくれたら、もう二度と関わることは無いのに。
この世界でうろつかれると、またどこかで会うんじゃないかって気になってしまう。
どうか私の知らないところで幸せに暮らしてくれないかな。
「リツとイチカは、帰ろうと思ったら帰れるよ。」
「え?そうなの?じゃあ、帰そうよ。」
そんなあっさりと帰れると言われるとは思っていなかった。
帰れるのなら、最初から帰してしまえばよかったのに。どうして帰さないの?
「あの二人はこちらの世界につながっていない。
だけど、向こうの世界とはつながったままなんだ。」
「ん?どういうこと?」
「世界が大きなボールだとして、それが二つあるとする。
一つは向こうの世界、もう一つはこちらの世界。
ユウリとミサトはこちらの世界につながれている。
リツとイチカは向こうの世界につながれている。」
「ん?地球と人が紐でつながっている状態だと思えばいい?」
「それでいい。ボールはものすごく重いから動かない。
人は小さくて軽いからすぐに動く。
こちらの世界とつながっている紐を引っ張ったから、ユウリとミサトはこちらに戻ってきた。
リツとイチカはユウリについてきただけで、この世界とはつながっていない。
逆に向こうの世界とは紐がつながったままだから、引っ張ったら向こうの世界に戻っていく。」
「あぁ、なるほど。でも、どうやって紐を引っ張るの?
私の場合はキリルとつながっていて、逃げたいと思った力で引っ張った?」
「同じことだよ。
リツとイチカがこの世界から逃げたい、
向こうの世界に帰りたいと本気で願うだけだ。」
「…そんなに簡単なの?」
そんなに簡単ならすでに帰ってしまっていてもおかしくないのに。
どうしてまだ二人はこの世界に留まっているのかな。
「簡単じゃないよ。そのためにはユウリをあきらめなきゃいけない。
ユウリを置いて、向こうに帰るという選択をしなければ戻れないんだ。
それはリツとイチカにとっては簡単なことでは無いだろうね。」
「えぇぇ……帰ってくれていいのに。」
思わずため息が出る。
じゃあ、今も二人がこの世界にいるということは、
まだ私をあきらめていないということになる。
今までキリルがこの話をしなかったのは、それが理由かもしれない。
とりあえず律がどこに連れて行かれたのだとしても、
殺されるようなことがあれば、さすがに向こうの世界に帰るだろうとは思った。




