75.隊員の再教育(ジェシカ)
「さて…何か言い訳はあるのかしら?」
怒りを隠さずにジェシカが神官宮の隊員たちに語りかける。
隊員たちはジェシカのすぐ前に整列していて、聞こえているはずなのに誰も答えない。
「わたくしが学園の卒業前で忙しいからとほんの二か月こちらに来れなかった間に、
こんなに腑抜けになっているとは思いませんでしたわ…。」
「……申し訳ありません。」
隊員の中でも古株のリーダーの一人が謝罪したが、
ジェシカはそれを聞かなかったことにして続ける。
「まさか…聖女をお守りする仕事よりも、高級焼き菓子のほうが大事だとはねぇ。」
「そ、そんなわけでは…。」
「あら、そういうことなのよね?
まさか聖女を害すると認定された寄生者が、
王子に連れ出されて菓子を買いに出かけているとは思わなかったけれど、
それを差し入れとして隊員たちが受け取ったとは…ねぇ、何を考えているの?」
「……。」
ユウリ様が連れ去られそうになった時、隊員たちが決められた場所から離れていた理由は、
その少し前に受付に届けられた差し入れの焼き菓子があるのを知って、
無くなる前に食べようと受付に集まっていたからだった。
どうやらこれ以前にも何度かそういうことをしていたらしい。
ダニエル王子とイチカが差し入れる菓子がめったに買えない高級なものだから、
捨てるのがもったいないと隊員たちでこっそり食べていた。
それを隊長に報告すると怒られるのをわかっていて、黙っていたという。
怒られるから黙っていた。
怒られるのは神官宮の規定に違反しているからなのに、
なぜ怒られるのか、それを理解していないのだ。
さすがにリーダーたちはこの件を重く受け止めているようだが、
後ろのほうにならんでいる若い隊員たちは不貞腐れたような顔をしているものもいる。
このくらいのことで怒らなくてもいいとでも思っているのか。
「王族や貴族からでも神官宮への差し入れはいけないことになっているわね。
全て返却、もしくはその場で廃棄処分することと。
特に食べ物は受け取らないようにと決まっている。
毒や睡眠薬が入っている可能性もあるし、
何度も受け取っていたら、見返りを要求されることもある。」
「で、でも、ジェシカ様。毒は入っておりませんでした。
あの、いがり亭の焼き菓子…季節のふきよせだったので、つい…。」
「並ばなければ買えないような有名菓子店の焼き菓子、
そんなものをイチカと王子が本当に買いに行けると思っているの?」
「え…?」
「いくらなんでも長時間並ぶような危険な真似を王子の護衛が許すものですか。
あれは今までの差し入れとは違うわ。
イチカが差し入れするものを隊員たちがどう対応するかで、
何を差し入れれば隊員たちが食いつくかを探られていたのよ。
わからないの?あれは、そういう罠だったのよ。
すぐに食べなければなくなるような希少な菓子を差し入れれば、
仕事を抜け出してでも食べに来る隊員がいると、わかっていて差し入れたの。」
ようやく何を言われているのかわかったのか、隊員たちの顔色が悪くなっていく。
今までもイチカと王子以外の使いが差し入れに来たことがあるらしい。
調べてみたが、イチカは差し入れるのが目的ではなくユウリ様に会うのが目的。
差し入れだけをよこすようなことはしていないらしい。
では、その差し入れを持ってきた使いは何のために?
「ずっと、あなたたちの行動は見られていたのよ。
おそらくイチカと王子は利用されているだけで、他のものの仕業でしょうけど…。
ずっとユウリ様をさらうために、隙を作ろうとしていたのよ。
リツを逃がした者は、またユウリ様をねらってくるでしょうね。
もうすぐ領地を回らなければいけないというのに、ユウリ様の危険は増してしまう。
……各地にいる隊員たちも含め、教育し直します。
こんな基本も守れない隊員ではユウリ様とミサト様をお守りすることはできません。
教育し直して、使えないと思ったら隊員を辞めてもらいます。」
「「「「そんな!」」」」




