7.説明
「この先に部屋を用意してある。」
「部屋?」
「そう。君のために用意してある部屋。
ここだよ。」
豪華な彫り物がしてある大きな扉を開けると、ものすごく広い部屋だった。
家のリビングが14畳だったけど、その倍以上ありそうだと思った。
廊下とは違う色の絨毯が敷かれ、ロココ調のような家具がそろっている。
人が三人くらい楽に座れそうなソファとテーブルが置かれていて、
どこかのお金持ちの家か社長室の応接セットのようだ。
「奥にも部屋があるけど、それはまぁ話が終わったら好きに見て回って。
とりあえず、お茶を淹れるから座ってくれる?」
「…はい。」
自分の姿を見下ろしてみると、薄地のしましまパーカーにジーンズ。
大学に通うのに特におしゃれすることもないので、完全に普段着のままだ。
かなり場違いな格好の私が座っていいのか迷いながらも座る。
高級そうな座り心地…なんだろうけど、気持ちが落ち着かない。
とんでもないところに連れてこられた気がする。
誘拐だとか、変態の仕業とか、そういうのはもう無いだろう。
これほどお金持ちの人がわざわざ私たちを連れ去る理由が思いつかない。
何かやむにやまれぬ事情があるとか?
「どうぞ?甘くしたけど、甘いの好き?」
「はい。好きです。」
出されたのはミルクティのようだ。ティーカップも高級そうで持つ手が震える。
一口飲んでみたら、とても美味しかった。
紅茶もミルク感も濃い目で、甘さたっぷりのミルクティは好みだった。
甘さが疲れた身体に染みわたるようで少しだけ癒される。
「…美味しいです。癒されます…。」
心からそうつぶやいたら、くすっと笑われた。
その笑い方が嫌な感じじゃなくて、思わずつられて笑ってしまう。
「俺もこのお茶が癒されるから好きなんだ。
甘いお茶が好きなのが周りに居なくてね。
美味しいって思ってくれるならうれしいよ。」
あぁ、男の人でこういうお茶が好きっていうのはめずらしいのかもしれない。
私はそんなの気にしないで飲めばいいと思うけど、本人は気になるのかも。
細身に見えるけど、手はごつかったし意外に身体を鍛えてそうだ。
周りの人も同じような男性ばかりなのかな。
「さて、話してもいいかな?」
「はい。」
「…異世界転移って言えば、早い?」
「は?」
…聞き間違い?え?すごく真面目な顔して、変な冗談言った?
まじまじと男性を見つめると、きまずそうに言いなおした。
「うん、細かい説明をする前にこれを言うと話が早いって、
聖女の説明書には書いてあるんだよね。」
「聖女の説明書、ですか?」
異世界の次は聖女…ラノベ?ねぇ、ラノベの世界なの?
って、どこまでこの冗談は続くの?
こんな誠実そうな顔して、笑えない冗談…冗談だよね?
「そう。まず、君は聖女として呼ばれたんだ。
ここは異世界で、君は転移してきた。」
「…呼ばれた?召喚したとかですか?」
「あれ?驚かないんだ。」
いや…驚くも何も、どう反応すればいいのか困っていますけど。
どう反応したら正しいのか…笑い飛ばせばいいの?
でも、これだけ真剣な顔されたら…。
今も私の反応を心配そうに窺っているように見える。
「全部聞いてから判断します。
驚くかもしれません。」
「了解。じゃあ、説明を続けるよ。
召喚はしていない。俺たちが呼んだわけではない。
この世界には瘴気というものがある。
瘴気が何かはよくわかっていないが、人間には良くないものだ。
この瘴気が増えすぎると、人に取りつく。
取りつかれた人は苗床になって魔獣を体の中に宿す。
魔獣が大きくなったら、人の腹を食い破って出てくる。
…ここままでで質問は?」
待って。一つずつ確認させてほしい。
全く何を言っているのか頭に入ってこないから~!
「とりあえず、ここに私たちが来た理由は召喚ではなく、
あなたたちが呼んだわけでもない?」
「そう。呼んだんじゃない。
瘴気というのはいつでもあるわけではなく、
瘴気の種というものが世界にまかれると、その十五年~二十年後に瘴気に育つ。
種がまかれるとき、この世界が歪む。
その時にこの世界に生まれてくるはずの魂がいくつか弾かれるそうだ。」
「弾かれると言うのは消えると言うことですか?」
「いや、違う世界に飛ばされるそうだ。
そして、そこで育った魂の中から選ばれたものがこの世界に帰ってくる。
瘴気を消すことができる聖女として。」
あぁ、うん。聖女って何か使命があるもんだよね。
そのこと自体には不思議じゃないんだけど…。
「…それが私だと?」
「そう。あの部屋は聖女が帰ってくる部屋と言われていてね。
普段は閉じられているんだ。
それが、今日光り出したと思ったら部屋の封印が解かれて、
中には三人が倒れていた。」
「…三人とも聖女、なんですか?」
「いや、聖女は君だけだ。
ただ…数人で転移してくるというのはまれにある。
その時は聖女に確認するようにと説明書に書いてあった。
聖女は身の危険を感じて転移してくることが多い。
一緒にいるものが味方とは限らない、ってね。」
「なるほど…その説明書を書いた人にお礼を言いたい気持ちです。」
いやもう、どこにつっこめばいいのかわからなくなってきたけれど、
とりあえず律と一花と離してくれるように書かれた説明書には感謝しかない。
それを信じて実行してくれたこの男性にも
「ずっと昔からあるから、もう誰が書いたのかわからないんだよね。
これは神官隊長に受け継がれるものなんだ。
あ。」
「あ?」
「…名乗るの忘れてた。ごめん。
神官隊長のキリルです。」
うん…名乗ってないのには気が付いてた。
でも、何をどうつっこんだらいいのかわからなくて。