55.めんどくさい令嬢(カイン)
最初からこの夜会はおかしかった。
前もって日程の相談もなく夜会の開催を決めたこともそうだが、
王族から再三の面会要請が来ていた。
ただの面会要請で理由があればいいのだが、そうではなかった。
王宮へ謁見にこい、というものだった。
ありえない。
むしろお前たちが聖女に謁見を願い出るのが当然だというのに。
まさか王族が誰一人入場しないで聖女を迎えるとは。
これほどまでに何も知らされていないとは思わなかった。
あれらが身内だと思うと、本当に嫌になる。
飲み物が欲しいと無邪気に言うミサトに癒されながら、
手を取って飲み物が置かれたテーブルへと向かう。
ミサトやユウリに俺やキリルの身分を教えていないのには理由がある。
このお披露目の夜会で隊長が出た家に下手なことをさせないために、
身分を伝えるのは夜会の後だと決められている。
昔、お披露目の夜会で自分の両親に挨拶させた隊長がいたとかで、
このような規定がつくられている。
もちろん俺やキリルがそんな馬鹿なことをするわけがないが、
それとは別に俺はミサトに話したくないと思っていた。
優しいミサトのことだから、俺の身内だとわかったら優しくしようとするだろう。
だけど俺はそんなことは望んでいない。
むしろ、こんなバカなことをしでかした今となっては、
身内だと知られていないうちに軽蔑してくれたほうがいいとさえ思う。
「どれにする?」
「この黄色いのはジュース?」
「リンゴのお酒だね…ジュースはこっちだけど、リンゴでいいの?」
「うん、これにする。カインは?」
「同じのにするよ。じゃあ、戻ろうか。」
振り返ったところで、進路をドレスの集団にふさがれていた。
一人の令嬢が前に立ち、後ろに三人ほど令嬢が付き添っている。
顔を見て、めんどくさいのに会ったと思わず顔をしかめそうになる。
「カイン様、お久しぶりですわね。
ずっとお会いしたいと公爵家に願い出ていましたけれど、
まさか神官宮にいらっしゃったとは思いませんでしたわ。」
「そこをどいてくれ。」
「カイン様、お忙しいのですね…。
ええ、そのことは十分にわかっております。
わたくし、隊長のお仕事を終えるのをお待ちしております。
カイン様のためなら、いくらでもお待ちしますわ。」
「…そこをどけ。」
全く俺の話を聞こうとしない令嬢にうんざりする。
こいつはいつもこうだ。
俺が何を言っても、自分が言いたいことしか言わない。
もう無視して立ち去ろうとしたら、追いすがるように声が重なる。
「お待ちください!カイン様の隣に立ち、
この国の王妃として支えていけるのはわたくしだけです!」
「は?カイン、国王なの?」
思わず発言してしまったのだろう。
ミサトがしまったって顔している。
「そこの女。カイン様を呼び捨てにするなんて、なんて無礼な。
聖女が平民だというのは本当のようですわね。
まさかカイン様が尊い方だというのを知らないとは。控えなさい。」
「…っ。」
睨みつけられて怯えたのか、黙ってしまったミサトを抱き寄せる。
ミサトのそんな顔は見たくない。
腕の中に抱くと、少しだけミサトの顔が緩んでほっとする。
「カイン様、そのような下賤のものにふれてはいけません!」
「下賤なのはお前だ!バルバラ。」
「え?」
半ば怒鳴るように非難すると、きょとんとした顔でこちらを見る。
本当にこの国のものはどうなっているんだ。
王族だけじゃなく貴族まで教育が足りていないというのか。
「聖女という立場は王族よりも上だ。
国王よりも上だというのは、六か国条約によって決められている。
それに、もともと貴族社会のないところから帰ってくるとはいえ、
これだけの魔力を持つ魂だ。
こちらに生まれていれば、侯爵家以上に生まれていたことは間違いない。」
「え?…でも…」
「本来ならば、王族もそろってから聖女をお迎えするのが常識だというのに、
この国の王族は腐ってしまったようだな。」
周りがざわつくが、もう気にしない。
どっちにしろどちらが上か言って聞かせなくてはいけない。
少しでも賢いものがいれば、すぐに態度を改めるだろう。
「それにしても、モンペール公爵家も落ちたものだ。」
「なぜですか!カイン様!」
「俺は一度たりともお前に名を呼ばせる許可を与えていない。
王子として召したことも無ければ、お茶を共にしたことすらないというのに、
王妃か…偉く出たものだ。
ダニエルが王太子になると言われているというのに、国を割る気なのか?」
「ですが…皆もカイン殿下が素晴らしい王になると…。
だからわたくしは王妃となって支えようと…。」
「お前など必要ない。美しくも賢くもなく、立場もわきまえない。
これでどうして王妃になれると思えるんだ。」
「…そんな…。」
崩れ落ちそうになったのを後ろの令嬢たちが支えて、何とか立たせる。
少し離れたところでモンペール公爵がおろおろしているのが見えて、声をかける。
「モンペール公爵!見てないで引き取りに来い!」
「も、申し訳ございません!!」
「二度と、このようなことが無いように、領地で学びなおさせろ。
いいか?聖女の前に顔を出すことがないように徹底しろ。」
「はっ…申し訳…」
「いいから、引き取って帰れ!」
バタバタと公爵家の者たちが広間に入ってきて、令嬢を抱えるように連れだしていく。
年老いて後妻から産まれた女の子だからと言って甘やかして育てたのは公爵の責任だ。
聖女を下賤のもの呼ばわりした責任もきっちりとってもらわなければならない。
未婚の令嬢の発言だからと甘く見ることはしない。
こういうことを見逃すことで聖女の危険が増えることを知っているからだ。
「ミサト、大丈夫か?」
「…カインが怒るの初めて見たよ。
カインのほうこそ、大丈夫?まずいことになってない?」
「大丈夫だよ。戻ろうか。」
「うん。」
聖女の席に戻ろうとして気が付いた。
ユウリの表情が抜け落ちたようになっていて、キリルが背に隠そうとしている。
何が起きている?




