14.おかえりなさい(キリル)
神官宮に住まいを移して、もう一年が過ぎていた。
異世界から訪れるという聖女についても、
何代目かの神官隊長が書いた聖女の説明書というもので繰り返し勉強した。
聖女の魂はこの世界に帰ってくるものではあるが、
聖女自身にはこの世界の記憶がない。
異世界という違う世界から来るのだから、戸惑い嘆き悲しむ者もいるという。
この世界に戻ってこられるのは清い魂である上に魔力も多い者だ。
だからこそ、聖女の魂は異世界でも狙われることが多いらしい。
そのため聖女がこの世界に帰ってくるときに、
寄生する魂がついてきてしまうことも間々あるという。
二代前の聖女が帰ってきた状況の記録では、
聖女に叔父が襲い掛かっていた時にこの世界に転移してきたという。
すぐさま叔父は引き離され、犯罪者として牢に放りこまれることになった。
ごくまれに聖女の味方が一緒に転移してくることもあるそうだが、
ほとんどの場合は敵に襲われ、身の危険を感じた時に転移してくるらしい。
もし…俺の聖女が誰かを連れてきた時には、速やかに引き離そうと決意した。
「キリル隊長。」
「なんだ?」
「また面会の申請が来ておりますが、どうなさいますか?」
「…ゲルガ侯爵家なら断ってくれ。」
「かしこまりました。」
またリリアナ嬢か。
婚約解消してしばらくはおとなしくしていたようだが、
一年が過ぎてから何度も俺に会いたいと面会の申請が来る。
神官隊長は一年を過ぎれば印を捨てることもできる。
高位貴族であれば婚約者と交わり、印を捨てて元の身分に戻る者がほとんどだ。
おそらくリリアナ嬢は俺もそうすると思っているのだろう。
別れ際にあれだけきつく言ったことは、
リリアナ嬢の中では無かったことになっているに違いない。
婚約解消した後の夜会やお茶会では、
俺を一途に想い神官隊長の役目が終わるのを待っていると話していたようだ。
あれほど令息たちと浮名を流していたけれど、今はそれもない。
だからと言って過去に遊んでいたのが無かったことにはならず、
事情を知っているものたちには冷たい目で見られているらしい。
あの日、あの浮気現場を見ることがなかったとしたら、
その思いにほだされていたかもしれないけれど。
俺を慕っていると言ったあの唇を他の男に簡単に許すのを見て、
気持ち悪いと思ってしまった以上…リリアナ嬢を愛することはできない。
早くあきらめてくれることを祈るしかなかった。
神官宮の執務室を出て訓練場へと向かって歩いていると、
遠くから誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。
この神官宮で大声をあげるなんて…通常はあり得ない。
何か緊急事態が起きたのか?
「俺はここだ!何用だ!?」
「あぁ、こちらに!キリル隊長、聖女の間が光っています!
今、神官隊員が向かったところです。
キリル隊長も早く向かってください!」
「…っ!!わかった!」
聖女の間が光ってる!?聖女が訪れたのか!
踵を返して走り出したが、それをとがめるものなどいなかった。
聖女の間にたどり着くと、男の怒声が聞こえてきた。
泣き声に近いような女の声も。
どちらもこの場に転移してきたことを責めているようだ。
「ここはどこなんだ!責任者は誰だ!
俺たちをどうするつもりなんだ!」
「私たちを帰して!!」
背の高い男と、黒髪の小さな女が神官隊員につかみかかって文句を言っている。
この二人は聖女ではない。魂が汚れているのが見える…。
俺に視線で確認してきた隊員に顔を横に振って違うと伝える。
…では、聖女はどこに。
聖女の間をのぞくと、奥に一人横たわっているのが見える。
転移で力を使い切ったのか、意識が無いようだ。
あぁ、彼女だ。俺の対。ようやく…ようやく会えた。
騒いでいるものたちは興奮しすぎていて、俺が来たことに気が付かなった。
男と少女が他の隊員に気を取られているうちに、するりと中に入る。
部屋の奥へと入り、まだ横たわっている聖女の後ろからゆっくりと近づく。
俺の魔力に反応して、聖女との間に細い糸がつながれる。
何の儀式もしていないから、ただつながっているだけの細い細い線。
そこから力が伝わっていくと、聖女が気を取り戻したのがわかった。
ゆっくりと起き上がって周りを見渡した後、
ため息をつきそうなほどがっかりした様子の聖女に声をかける。
「あの…具合は大丈夫?」
「え?」
「シー静かに。向こうに気が付かれたくない。
いい?今から質問するけど、首を振って答えてくれる?」
こちらを向いた聖女に、目が合ったとたん、心臓がつかまれるほどに心を奪われる。
光をまとったような薄茶色の髪に、大きく開かれたまっすぐな瞳。
左右対称の人形のような整った顔立ちに小さめなくちびる。
真っ白な肌が、少しだけ赤みがさして…見つめ合う。
急に話しかけた俺に驚きながらも、真剣な顔してうなずいてくれた。
ようやく会えた。俺の聖女。
まずは…寄生する魂から離してあげないと。




