121.逃げる
「遅かったじゃない!早く乗って。
ここは危ないのよ!」
「わかった。」
あっという間に馬車のところまで連れて行かれると、馬車の扉が開けられる。
どうしよう…このままさらわれてしまったら、キリルは助けに来てくれるだろうか。
魔獣の討伐中だったことを考えると、すぐに助けに来てくれるとは考えられない。
その間に馬車で連れ去られたら、徒歩で来ているキリルや隊員たちでは追いつかない。
絶望的な気持ちで、それでも最後の力を振り絞って手足をめちゃくちゃに動かす。
律が私を抱えられずに落としてくれたら、走って逃げるつもりだった。
それなのに、いくら私が暴れても律は平気なようだった。
「悠里、そんな風に暴れても無駄だよ。
今はおとなしく俺についてきてよ。
…一度ゆっくり話さないと、悠里はあの男の嘘に騙されたままだから。」
律は何を言っているんだろう。
あの男っていうのはキリルのことだと思うけど、
まだ私が騙されて聖女の仕事をしていると思っている?
…あぁ、でも、客観的に見たらそうなのかもしれない。
だって、私はキリルのためだけに聖女の仕事をしている。
命がけの仕事なのに、キリルと一緒にいたいという気持ちだけで動いている。
これが自分以外の女性の話だったら、馬鹿だなって思ったかもしれない。
だけど、そう思われていたとしても、こんな風に連れ去るのは良くない。
律に何を言われたところで私は行動を変える気もない。
口をふさがれているけれど、それでも声をだそうとする。
言葉にならない音が聞こえたのか、口から手を離された。
「律!今すぐ私を下ろして!」
「危ないから無理だ。すぐに馬車に乗ってここから離れる。」
「嫌よ!離してってば!」
「…いいから、乗るよ。」
無理やり馬車の中に押し込まれ、扉が閉められる。
いくら暴れても律に手足を抑え込まれ、大声で叫んでも無視された。
女性は私が騒いでいるのがうるさかったのか、両耳を手でおさえていた。
「馬車を出して!」
馬車の奥に押し込められると、女性が御者に命令する。
あぁ、どうしよう。馬車が動いてしまう…そう思ったが、馬車は止まったままだった。
「何しているの!早く出しなさい!」
女性がイライラしたように何度も命令するのに、馬車は止まっている。
ついには女性は御者に直接文句を言いに、馬車から降りてしまった。
いったい何が起きているんだろう。
そう思っていたら、外から女性の悲鳴が聞こえた。
「……一度様子を見に降りるけど、悠里も一緒だ。
俺が抱えたままだから、逃げられるだなんて思わないで。」
もう一度律に抱きかかえられて馬車の外へと出る。
何が起きたのかはわからないけど、逃げるチャンスかもしれない。
馬車からおりた私たちが見たのは、
御者の身体を食い破って出てきた魔獣が女性を襲っていたところだった。
身体のあちこちに食いつかれ、血だらけになって倒れている。
女性はぐったりしていて、意識があるように見えなかった。
首のあたりにも魔獣が噛みついているのが見えた。
もしかしたら…もう生きていないかもしれない。
「律!逃げなきゃ!」
「あ、ああ!」
このままここにいたら私たちも襲われてしまう。
余りの惨状に呆然とする律にこの場から離れるように言う。
律は目の前で起きていることに動揺していたが、私を抱きかかえたまま逃げ出した。
再び森の中に逃げこんだが、そこにはいくつかアメーバ状の瘴気がうごめいていた。
これが原因で御者がやられてしまったのか…。
女性は馬車の中にいたから無事だったのだろう。
それが御者に声をかけるために外に出てしまった。
おそらく、ちょうど魔獣が御者の身体を食い破って外に出た時に。
「うわっ。なんだこれ、気持ち悪いな!」
アメーバ状の瘴気に近づかないように律が奥へ奥へと逃げる。
私がいるせいで瘴気が襲ってこないのか、異星人の律に瘴気が効かないのかはわからない。
それでも、瘴気に襲われることなく先へと進んでいく。
どこまで逃げるつもりなんだろうと思っていたら、私を呼ぶ声が聞こえた。
「ユウリ!ユウリを離せ!」




