110.共感
「…少し休んでくる。」
そう言って美里が一人で寝室へと消えた。
泣きそうな顔していたのが気になって、美里の後を追う。
「キリル、ちょっと美里の様子見てくる。」
「うん、わかった。お茶の用意をしておくよ。
ゆっくりでいいから、ミサトの話を聞いてあげて。」
「うん。」
美里とカインさんの寝室をノックすると、美里の小さな返事が聞こえた。
部屋に入るといるはずの美里の姿が見えない。
あたりを探すと、ベッドの奥に小さくなっている美里を見つけた。
もともと小柄な美里が膝を抱えるようにして座っているから、
どこにいるのかわからなくて焦ってしまった。
「…美里、どうしたの?大丈夫?」
「……悠里、私…嫌な女だよね?」
「え?」
「カインは仕事しているだけだってわかってるのに、あんなふうに嫉妬して。
ジーナさんだって、一人であんな崖を登れるわけないのに。
カインがジーナさんを抱きかかえるのが嫌で、でも手をつながれるのも嫌で。
帰りなんて、崖から下りるの怖いって、当たり前なのに。
カインが断って…ほっとしてたの。
ジーナさん、あんなに真っ青になって涙目になっていたのに。」
「美里…。」
やっぱりカインさんとジーナさんのことが気になっていたんだ。
それは見ていてわかっていたけれど、嫉妬していたことよりも、
美里は嫉妬したことで自己嫌悪しているように見える。
「私、おかしくなってるのかもしれない。
こっちに来てから、感情を制御できない。
こんな…カインを束縛するようなこと、したくないのに!」
ポロポロと涙をこぼしながら言う美里を後ろからきゅっと抱きしめた。
小さい美里の肩が、いつもよりも小さく感じられた。
「…私も、そうなんだ。」
「え?」
「私もキリルに女性が近づいたらと思うと嫌で仕方ない。
…恋人だってわけじゃないのに、私以外の人を見て欲しくない。
こんな風に嫉妬するなんて…恋するなんて、思っていなかった。」
「悠里も…?」
美里の気持ちが痛いほどわかる。
感情に振り回されている自分に呆れて、でもどうしようもなくて。
みっともないって思うのに、気持ちを抑えられない。
「うん…怖いよ。自分じゃないみたい。
恋愛映画見ても、どうしてそんな風に取り乱すのかわからなかったのに。
こっちに来てから、感情に振り回されてばかり。
できないことで落ち込んだり、キリルに依存したり。
もしキリルの横に他の女性がいたらと思うだけで胸が痛い…。
こんな自分が嫌だって思うのに、どうにもできないんだよね…。」
「そっか…悠里もそうなんだ。」
「…今日の美里、そこまでひどい態度じゃなかったよ。
私だったらもっとひどいこと言ってしまったかもしれない。
それに、カインさん、もう美里以外にはふれないって言ってた。
明日は今日みたいなことないだろうし、ニ三日で浄化作業も終わるよ。
もう、大丈夫なんじゃないかな?」
美里の感情としては自分を許せないのかもしれないけど、
そこまでひどい態度だったわけじゃない。
そもそも私たちは他の人に関わらないように言われている。
ジーナさんと私たちが関わる必要もないわけで。
このままあと数日頑張れば王都に戻り、ジーナさんに会うことも無くなる。
そうすればこんな風に落ち込むことも無くなると思う。
「ここで落ち込むよりも、一緒にお茶を飲んでカインさんを待とうよ。」
「…うん。すぐに帰ってくるかな…。」
「それはわからないけど、
ここで一人で待つよりかは三人で待ったほうがいいんじゃない?
今、キリルがお茶の用意をしてくれているから。
リビングに行こう?ね?」
少し強引かもしれないけど、美里の手をとって立たせる。
ここで美里を一人にしておくわけにもいかない。
まだ顔色は悪いし、落ち込んだ気持ちのままだとは思うけど、
それでも頷いてくれた美里を連れてリビングへと戻った。




