11.神官隊長の指名(キリル)
困ったことになったと兄さんの部屋に相談しに来て、
話を始める前に出されたお茶を飲もうとした時だった。
何の前触れもなく白い光が飛んできて、
俺の身体を光の輪が包んでくるくると回って消えた。
先に理性を取り戻したのは兄さんだった。
「…キリル、目の色が変わったよ。」
「兄さん、今のって…もしかして神官隊長の指名?」
「そのようだ。左手首に印がついているか?」
「あぁ、これが…。」
袖をまくってみたら、左手首に緑色の輪の印がつけられていた。
これが神官隊長の印…兄さんの時よりも色が濃い?
「色がずいぶんと濃いな…どうやらキリルの対になる聖女は力が強いようだ。
どうする?一年で辞退するのか?」
「…俺は、聖女が来るまで待とうと思います。」
「それはいいが、婚約者はどうする気だ?
ずっと待たせるわけにもいかないだろう。」
「婚約は解消します。すぐに侯爵家に使いを出します。
こういうのは早いほうがいいでしょうから。」
きっぱりと言った俺に兄さんが思わず苦笑いをする。
お前は相変わらずだなと呆れていそうな顔だ。
「…お前の婚約者が納得するのか?
一目ぼれしたからと言って父親の宰相に泣きついたんじゃなかったか?
婚約解消するのは難しいだろう…。」
「いえ、今日はもともとその相談をするつもりでいました。
婚約を解消するつもりだったんです。」
穏やかでない話に、めずらしく兄さんの表情が曇る。
宰相の娘と公爵家の婚約話だ。簡単に解消できるものではない。
「何かあったのか?」
「婚約者の…リリアナの不貞現場を見てしまいまして…。」
「本当か!?
むこうはお前にべた惚れじゃなかったか?
…いや、そういうことなら、神官隊長の指名は都合がいいな。」
「ええ。」
神官隊長に選ばれたものは、
婚約を解消するか、すぐさま結婚するかの二択を迫られる。
婚約者と別れたくなければ、すぐに印を捨てることもできる。
だが、皆がそれをしてしまうと、神官隊長がいない事態になってしまう危険がある。
そのため高位貴族の令息が選ばれた場合は、
最低でも一年は印を捨ててはいけないことになっている。
兄さんのように任期の途中で印が消えることもあるが、
そういうことはあまり聞いたことがない。
…一年待って、聖女が訪れなければ結婚するというのが普通なのだが、
俺はこの機会に婚約を解消することにした。
五つ年下のゲルガ侯爵家のリリアナ嬢とは、四年前からの婚約だった。
当時の俺は十七歳。リリアナ嬢はまだ十二歳だった。
ゲルガ侯爵からの度重なる婚約の申し入れに折れた形だったが、
俺としても他からの申し入れも多く、すべてを断るのも難しかった。
最終的な決め手はリリアナ嬢が十二歳で、結婚するとしても六年後だということだった。
俺の対になる魂がこの世界にいないと告げられてから、
聖女として帰ってきてくれることを期待して待っていた。
だが、十七歳にもなると、周りからあきらめるように言われることが増えた。
リリアナ嬢と婚約しておけば、あと六年は待つことができる。
そういう打算的な思いで婚約したことを責められても仕方がないが、
侯爵家からもそれでもいいと言われた婚約だった。
ゲルガ侯爵との最初の話し合いで、
俺は対である魂が戻ってくる可能性がある以上は待つつもりだと告げた。
リリアナ嬢が十八歳になるまでは清い関係を続け、
それでも聖女が来なければ潔くあきらめて婚姻する。
そういう契約のもとで結ばれた婚約だった。
もう十数年前に瘴気の種がこの世界にまかれている以上、
数年以内に聖女が帰ってくる可能性が高い。
俺の対が戻ってくる可能性をあきらめきれなかった。
聖女が訪れなければ、この世界は終わってしまうかもしれない。
神官隊長になれるのは、誰でもいいわけではない。
指名されるのは、聖女の対になる清い身体と魂を持つものだ。
神官隊長と聖女は対になるものだと言われている。
俺が資格を失ってしまえば、俺の対になる聖女は帰ってくることができない。
だから、神官隊長に指名される可能性があるうちは、
少なくともリリアナ嬢が成人するまでは自ら資格を失うつもりは無かった。
そう思って、リリアナ嬢とはエスコートで手にふれる以上のことはしていなかった。
どうやらそのことがリリアナ嬢には不満だったようだ。
度々、夜会の最中にいなくなるようになったと思ったら、
先日ついにその現場を見てしまった。
中庭の奥の東屋で、胸元をはだけたまま他の令息と絡み合いキスをしていた。
それを見て思わず吐き気がして…そのままリリアナ嬢を置いて帰ってしまった。
もちろん、侯爵家には連絡を入れておいた。
他の令息と過ごしているようなので先に帰りましたと。
どうやって婚約解消しようか、兄さんに相談しようと思っていたところだった。
まさかこのタイミングで神官隊長に指名されるとは思っていなかったが、
これで侯爵家ともめることなく婚約を解消できる。
この世界を救うためには聖女を迎えなければいけないのだから。




