100.異変(一花)
身体が重くてベッドから起き上がることができない。
正確に言えば、動くことはできるのに、動こうという気持ちにならない。
指一本動かすのも億劫だ。
…いつからこうなったんだっけ。
二週間前くらい?
私が動こうとしなくなってからは、誰かが口に食事を運んでくれるし、
お風呂も侍女たちが数人がかりで身体を洗って服を着替えさせてくれる。
無理に動こうとしなくてもそれなりに生活できてしまっている。
だからと言って、いつまでもこうしていていいのだろうか。
誰に会うことも無く、仕事があるわけでもなく、この城に監禁されてもう十か月は過ぎた。
国王の後宮に入れられるとしてもまだ先の話で、今の私には何もすることがない。
うるさいくらい会っていたカイラン王子にも一月ほど会っていない。
そうなれば他に話す相手も無く、使用人たちは禁じられているのか話すことは無い。
…このまま、死んじゃうのかな。
そのくらい身体に力が入らない。
何もする気になれない…このまま生かされているくらいなら、死んでもいいかも。
どうせここにいても悠里には会えないし…って、なんでこんなに悠里に会いたかったんだっけ。
ずっとそばに居なきゃいけないって思ってたけど、どうしてだった?
悠里に必要とされたことも無かったし、悠里は一人でも生きていけると思うのに。
どうして三人で一緒にいようって思ってたんだろう。
律はまだあの王宮にいるのかな。
悠里の近くにいたらまた違うのかと思ったけれど、
近くにいても悠里に会うことはできないだろうし、私とたいして変わらないか。
誰もいない広い部屋の中、大きなベッドで寝転がったまま眠ることも無い。
寝る体力すらない気がする。
何かすることも無く、部屋の家具をずっと見ている。
部屋に誰か入ってきた音がした。使用人だろうか。
食事?食べさせてもらっているだけの食事だけど、
もぐもぐするのも飲み込むのもめんどくさくなってきた。
お腹もすかないし、食事はいらないって言おうかな…。
そんなことを思っていたが、入ってきたのは使用人では無かった。
ジャラジャラと装飾品をいつも以上につけた王族衣装のカイラン王子だった。
「…かなり参っているようだな。」
「……何しに…来たの?」
ベッドに寝転がっている私と視線を合わせるように、王子はベッドの横に跪いた。
真っ青な目が憐れんでいるように見えて、なんとなくむかつく。
なんで王子にそんな目で見られなくちゃいけないの。
「助けに来た。」
「…は?」
助けに来た?私を?
もしかして私が何か病気かなんかで、王子に報告が行ったんだろうか。
監禁している聖女が死にかけてます、とか。
それで見舞いに来たってところ?憐れんでいたのは病気だと思ったから?
「…ほっといて。」
何かしてほしいわけじゃない。
もう何もしたくない。動きたくない。
人生が終わるっていうなら、もうそれでもいいと思える。
病気じゃないと思うけど、これが病気だったとしても、もういい。
何一つしたいことが見つからない。大事なものが思い出せない。
欲しいものもしたいことも、何一つ。
もうこのまま終わらせたい。
「…イチカ、後でいくらでも怒れ。文句は聞いてやる。」
何をと思った瞬間、唇が押し当てられた。
なんで王子にキスされてるんだと思ったが、あまりの心地よさに抵抗できない。
身体が飢えていたことに気が付く。
あぁ、これが欲しかった。これを求めていたんだ。
身体中がカラカラに乾いて干からびていた。
指一本動かしたくなかったはずなのに、必死で抱き着く。
少しも離したくない。これを逃がしてはいけない。
本能に突き動かされて、目の前にいるのが誰なのかもわからなくなっていく。
「…苦しかったか。すまない。
すぐに楽にする……大丈夫だ、ちゃんと十分に与える。」
欲しかったものをくれる?
その言葉に安心して、満たされていく。
王子の重い王族衣装が脱ぎ捨てられる音も聞こえないほど夢中で貪る。
ふれている肌が少しも離れないように、両足をからめた。




