10.自分を取り戻す
『探しても見えないだろう。声だけで許してくれるか?
おかえり、この世界の魂から産まれた娘よ。』
「…神様、ですか?」
『そんな感じだと思ってくれればいい。
まずは、身体の浄化をしよう。
あぁ、そのままでいいよ。
今の身体は違う世界のものだ。
その身体では力に耐えられないし、弱っていくばかりだ。
大丈夫だ、そんなに不安がる必要はない。
この世界で持つはずだった身体に戻るだけだ。
見た目はそれほど変わらないと思うが、始めていいか?』
もう何かを疑う気力は残っていなかった。
好きにしてくれてかまわない。
やけになったというよりも腹が据わったというべきか。
それでも痛いのは嫌だから、確認だけはしておきたい。
神様にわがまま言っていいのかわからないけれど、
出来れば痛くしないでくれたらありがたいと思う。
「痛みはありますか?」
『痛みは無いし、気がついたら終わってるよ。』
「わかりました。お願いします。」
痛くないならいいかと思う。
平凡なこの身体にそれほど思い入れがあるわけでもない。
この世界で生まれるはずだった身体に戻るだけだとしたら。
もしかしたら、新しい身体には愛着を感じられるかもしれない。
小さな光の輪が集まってきて、私の身体を包み込む。
大学から私をここに連れてきた時の光にも似ているが、同じではないように思う。
まるで産まれたばかりの動物が寄ってきてくれているような感じがして、
小さな輪を可愛らしいと思ってしまう。
ふと、髪が伸びてきているのに気が付いた。
肩のあたりで切りそろえていた髪が腰まで伸びている。
日本人にしてはめずらしいほどの光に透けるような栗色の髪。
両親にも似ていないから、小さいころは養子なのかもしれないとずっと思っていた。
キリルさんの髪も銀色だし、あの部屋にいたほかの人たちも色素が薄かった。
もしかして、この世界の人は色素が薄いのかもしれない。
「終わったみたいだよ。
後で見せるけれど、ユウリの瞳の色が変わっている。」
「瞳?何色ですか?」
「多分、俺と同じ色だと思う。」
「緑色ですか?この世界では多いですか?」
「いや。緑目は神の使いの印だ。
今のところ、この世界には俺と君だけだね。」
「ええ?」
「…嫌?」
「…嫌、ではないですね。あれ?」
茶目が緑目になるなんて信じられないし、神の使いって何それって思うけど、
キリルさんと同じ色なのが嫌なわけはない。
こんな風に簡単に受けいれてしまっている自分に驚きはするけど…。
あぁ、身体が変わったなら、受け入れる土壌ができているとか?
改造されてたり…って、そんな心配は今さらか。
少しだけ慌てた私が落ち着いたのを見計ったのか、神様から声がかかる。
その声にも、少しだけ優しさを感じるのはどうしてだろう。
これが神の使いになったってことの実感だろうか。
『これでもう大丈夫だ。力にも耐えられるだろう。
リディーヌ。そなたの名はリディーヌだ。
覚えておきなさい。だが、人に告げてはいけないよ。』
これが真名。私の名はリディーヌ。覚えておかなきゃ。
「わかりました。」
『あとは、リアムに任せよう。
リディーヌを導く役目、最後まで遂げるように。』
「かしこまりました。」
リアム…?キリルさんの真名ってこと?
あれ。私たちお互いに真名を知ってしまったけど、大丈夫なんだっけ?
ファンタジーだと、真名の交換って簡単にしちゃダメなんじゃなかったかな。
後でもう一度ちゃんと説明してもらわなきゃ…。
目の前が真っ白になって…力が抜けていく?
倒れそうになったところを抱き上げられた気がした。
これはキリルさん?
私を抱き上げている腕から伝わる体温が、安心していいと言ってる気がする。
今日会ったばかりだけど、もう何度も助けられている。
「ユウリ…いや、リディーヌ。少し休んでいいよ。
大丈夫…俺がそばにいる。ちゃんと守るから。」
うん…お願いだから、一人にしないで。
それきりキリルさんの声も聞こえなくなったけれど、
温かい腕の中にいることがわかって、安心して意識を手放した。




