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08 二年前の話 3/3

「セレスト様。ポーションの売れ行きがいいので、材料を大量発注しちゃいます。いいですよね……って、あれ? お客様がいらしたんですか。うわ、すごい美少年……!」


 店の奥の扉から、セレストと同じメイド服を着た女性が現われた。三十歳手前くらいの栗色の髪の美人。これがもう一人の店員とやらだろう。


「もう、ドロシーったら、フェリックスくんに失礼ですよ」


「え、セレスト様のお知り合い? もしかして恋人ですかぁ?」


 ドロシーと呼ばれた店員は、ニヤニヤしながら言う。

 恋人、という単語にフェリックスはガラにもなく緊張した。初恋をするとこうまで弱くなるものかと自分に驚いた。


「恋人だなんて。違いますよ。私たちが付き合うなんて、そんな。あり得ません。友達でさえないのに」


 セレストは真顔で言った。

 付き合うなんてあり得ない。友達でさえない。

 本気の言葉ではないとフェリックスも分かっている。店員に絡まれて、咄嗟に言っただけだろう。

 それでも彼女が、フェリックスと恋仲になるのを全く想像していないのは分かった。


「俺は仕事の邪魔のようだ。帰る」


「お買い上げありがとうございました。また来てくださいね、フェリックスくん」


「次に来るのは、筆記でセレストに勝ってからだ」


 フェリックスは外に向かう。背後から、セレストとドロシーの会話が聞こえてきた。


「ねえ、セレスト様。実際のところ、どういう殿方がタイプなんですか?」


「はあ……あまり深く考えたこともないので。強いていえば、私よりも強くて賢い人ですかね。特に、私より弱いのは論外です。いざというとき守ってもらえないじゃないですか」


「ほほう。案外、お姫様願望があるんですねぇ」


「……そりゃ、私も女の子ですし」


 論外。

 なるほど、フェリックスが相手にされないのは当然だ。

 だが逆にいえば、次のトーナメントで勝てば、論外ではなくなる。

 筆記テストとトーナメントの両方で上回る。さすれば彼女は自分を意識してくれるだろう。

 次が駄目でも、次の次――。




 ところがフェリックスの決意は果たされず、卒業まであと数ヶ月という時期になってしまった。

 そして恋仲になる前に、婚約してしまった。

 この歪みを正す方法はシンプルだ。要するに、フェリックスがセレストよりも強く賢くなればいい。

 筆記テストでは勝った。しかし彼女が最も重視しているのは戦闘力。いざというときに姫を守れる強さ。

 だからフェリックスは、次のトーナメントで絶対に勝つ。優勝する。

 そしてセレストに「好きだ」と告白するのだ。


        △


 セレストにとって友達とは貴重なものだ。

 なにせ、人間の中で友達と呼べるのは、帝都まで付いてきてくれたメイドのドロシーだけだ。

 彼女はずっと昔からセレストの世話をしてくれていた。とても気さくな性格で、身分の違いなど存在しないかのようにふるまってくれた。

 昔、友達が欲しいと呟いたセレストに「では私が友達になって差し上げましょう」と言ってくれた。


 セレストは友達の作り方を知らない。

 誰もがドロシーのようになってくれるわけではない。

 そもそも、どうなれば友達という関係なのか、それさえよく分からない。

 魔法アカデミーで友達が一人くらいできるかと思ったが、漆黒令嬢とさげすまれ、話し相手すら作れなかった。


 フェリックスは友達ではない。

 友達になって欲しいと頼んでいない。頼まなくて正解だった。いつの間にか激しく嫌われてしまったから。

 いや、もしかしたら店で初めて会話したあの日から……あるいは、その前から嫌われていたのだろう。

 なにせセレストは漆黒令嬢。不吉な黒髪。

 フェリックスが優しさと誠実さで人間扱いしてくれたからって、勘違いしてはいけない。


 友達になれたらどんなに楽しいかと幾度も思った。

 筆記テストとトーナメントが終わるたび、彼が嫌悪感を強めていくのを見ながら、その思いは片隅に残っていた。

 それがなんの因果か、友達になる前に婚約者になってしまった。

 友達にもしたくない奴と婚約させてしまい、本当に申し訳ない。

 けれど、一緒に暮らすうちに少しは打ち解けて、いつか友達になれたら嬉しい。

 それが今のところ、セレストにとって最大の夢だった。

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