怨霊狩り
翌日、目が覚めると、中間テストの最中だった。なんか幽霊だか死神だかと話していたような気がするが、夢でも見てたんだろう。それよりも今はテストのほうだ。ろくに勉強もしていなかったので何1つ問題は解けなかった。暇でしょうがないのでカンニングを疑われない程度にうつ伏せて周りを見ると、夢で見た死神がいた。
なぜだか机の上に立って。
詳しく描写すると、如何にも頭の良さそうな坊主眼鏡の男子の机に乗り、スカートをたくし上げていた。あれでは視線を上げたら確実にパンツが見える位置だ。というか、見せる気満々だった。僅かに高揚した頬は、スリルという快楽を味わっている顔だった。あいつ……Mだったのか……
しばらく死神の変態行動を見ていると、ふと目が合った。一瞬ビクッと肩が跳ねると、みるみる内に顔が赤くなっていった。もともと肌が白くて薄っぽいせいか、ピンクを通り越して真っ赤に染まった。
死神はすぐにスカートを元に戻すと机から降り、そのままダッシュで教室から出ていった。幽霊なので扉を無視して開けずに透けて行った。
「なんだったんだ、今の……」
そのままチャイムが鳴り、1問も解けずに中間テスト一日目は終わった。
□ □ □
テスト日程ということで午前中で学校は終わり、生徒達はテストが難しかったとか他愛のない話をしながら帰っていく。その光景を尻目に、暮人は屋上に続く階段に向かった。理由は特にないが、なんとなく居そうだったからだ。その予想通り、死神が手すりに座って足をぶらぶらさせていた。
「よう、変態幽霊さん」
試しにカラかってみると、死神は物凄い勢いで赤くなると、手すりから飛び降り、暮人の前に立った。前髪が垂れて顔が見えない死神は右手を振り、突然そこに漆黒の鎌を出した。
死神という名の通り、命を刈り取るために生み出された、まさに『死神の鎌』。
それで一体何をするのかと見ていたら、死神は鎌を大きく振り上げ、暮人の頭を目掛けて振り下ろした。
咄嗟に後ろに下がり、何とか真っ二つ切りは避けられたが、突然の出来事にちょっぴり漏らしそうになったのは割愛。
「お、おい!死んじゃうじゃねえか!」
「う、うるしゃい!お前なんか粉々に切り刻んで殺してやる〜!」
相当、恥ずかしかったらしい。じゃあしなけりゃいいだろとも思うが、今言ったら火に油なので黙っておく。だが、気にはなるので、わけを聞くだけ聞いてみた。
「っていうか、何であんな露出魔みたいなことしてたんだよ!」
「暇だからみーちゃんとじゃんけんして負けたから自主的に罰ゲームをしてただけ!しょうがなく!」
「その割には全然嫌そうどころか、喜んでた……うお!今眉間スレスレだったぞ!」
「うるさいうるさい!もうそのことは喋るなあ!」
叫びながらお互いにハアハアと肩で息をする。気が付けば本棟とは離れた実技棟に来ていた。つまり俺は、端から見れば1人ぎゃあぎゃあ騒ぎながら渡り廊下を走っていたことになる。そう考えると死ぬほど恥ずかしくなってきた。死にたくなってきたところで話題を変えることにした。
「っていうか、死神っ、その、鎌なんだよっ」
息を整えながら聞くと、死神は一息ついて答えた。
「ああ、この鎌ね。これ、私は幽霊だけど鎌は実体に触れられるんだよね」
「ってことは、今のは冗談じゃなくて普通に怪我してたってことか?」
「うん、そういうこと〜」
冗談めかして前髪を弄りながら言う死神に、死にかけた思いをした暮人には笑えない冗談だった。
「軽く言ってんじゃねえよ!俺はお前に命まで掛けてやる気持ちなんてこれっぽっちもないんだよ!そんな……」
「―――ねえ、暮人。身勝手でごめんけど、やっぱり私、騒がしい人は嫌いだから、君を殺すね」
暮人の声を遮させぎり、死神は静かに呟くと鎌を構え、暮人に投げた。横回転をしながら廊下を飛び、離れた暮人の首を刈り取る、そう思われた鎌は皮膚に触れる寸前、鎌は体をすり抜けていった。
「『ヘルサイズ』」
死神の声が聞こえた後、聞こえてきたのは甲高い断末魔。それは暮人の口から出たものではない。暮人が後ろを振り向くと、そこには人の形から頭だけが消えた黒い何かがいた。ただ、その体からは幽霊に近い雰囲気が漂っていた。
すぐに声は止み、黒い何かは砂のように消えていった。
「今のがこの鎌の使い道。『ヘルサイズ』。怨霊を斬れるの」
暮人は頭の処理が追いつかなくなった。なんで首が切られてないのか。なんで黒いやつがいたのか。『ヘルサイズ』?怨霊?もうわけがわからない。頭を抱え、うんうん悩む暮人を見て死神はお腹を抱えて笑っていた。
「ごめんね、ちょっと仕返ししちゃった。まさかとは思ってたけど、本当に頭の処理が追いついてないのね。ま、無理もないか、テストで1問も解けない頭なら、ね(笑)」
バカにしてくる死神に暮人は赤くなりながら吠え返した。
「な、なんだよ!別にいいだろ!どうせお前も全然勉強出来なかったんだろ!っていうか、怨霊ってなんだ。なんとなく幽霊に近い雰囲気だったぞ」
「うん、怨霊は幽霊の成れの果て。幽霊になった後、大きすぎる負の感情……憎いとか妬ましいとか、それを感じてしまうと自我も理性も持たない、ただの自我を失った獣になる。それが『怨霊』」
「その怨霊を退治できるのがその鎌で、その役目を担ってるのがお前ってことだな。なるほどな。成仏の反対が怨霊ってことね」
「そゆこと」
そう頷く死神の横で、暮人はふと気になったことがあった。
「なあ、死神。お前と京弥の他に間違ってなけりゃ残り34人、お前のクラスメイトがいると思うんだけどさ、そいつらは何してるんだ?」
「自分の思い残しを叶えて成仏したクラスメイトは2人いたけど、残りの殆どは怨霊になったよ」
「それは、また何で?前例はあるんだろ?」
死神は「よく考えてみて?」っと暮人を諭す。
「人間ってのは色んな欲望があるわけでしょ?それを全部叶えるだなんて、幽霊には無理だよ。暮人だって色んな欲望、あるでしょ?新しいマンガを読みたい。新しいゲームをプレイしたい。美味しいご飯をたらふく食べたい。世界一周旅行に行きたい。ウルトラ美人な彼女を作りたい。その彼女とエッチなことしてみたい、とか?」
死神は最後に暮人をからかうようなことを言ってきたが、確かにそうだ。人間、色々な欲望があってそれを全て叶えるのは物に触れることの出来ない幽霊には不可能なことだ。
「だから私達はこうしてかれこれ5年間。幽霊暮らしをしているの。幽霊だからね、自殺も出来ないし。今は皆出来る範囲で好き勝手して生きてるよ。今ここにいる幽霊の数が少ないのもそういうこと〜」
死神はそう言いきると勢いよく立ち上がり、その場を後にする。その後を追いながら暮人は思った。もし死神が成仏したとして、怨霊の退治は誰がするんだろうか、っと。死神はその事に気付いてるんだろうか。
いくら考えても、その答えは出なかった。