世界の馬窓から
多分疲れもあったのだろう。
慣れない環境からで目覚め、全力疾走からの連続戦闘は図らずも精神的なストレスと肉体的な疲れを引き起こしていたのかもしれない。
いつの間にか馬車の心地よい揺れに眠ってしまっていた俺は、外から聞こえる雨とそれが荷台のカバーシートに当たり雫の滴る音によって目覚めた。
「お、起きたか。随分と可愛い寝顔だったじゃないか。」
ガルドがそう葉巻を吸いながら言ってきた。
足元には数本の吸い殻が転がっている所をみるとコイツはマジでヘビースモーカーの可能性がある。
ニヤニヤ俺を見ているガルドに少しイラっと来た。
「あんたの為に貫通式は行えないな、すまんが他を当たってくれ。」
「ちげぇよ!! 俺は男色じゃねぇ!! 」
「なんだ違うのか、紛らわしい言い方するなよ。」
ガチムチはホモの鉄則だし別に俺はホモを否定しているわけではないから恥ずかしがらんでも良いんだが、とりあえずはストレートっていうことにしておこう。
LGBTQ関連の教養は完璧なんでしょうもないジェンダー論は振りかざさないから安心してほしい。
起きて早々ピッグブルの獣臭い香りを胸いっぱいに嗅がなければならないのは心外だったがもうすぐ街に着くということであれば気もまぎれるってもんだ。
正直こんなイノシシ臭いものなんぞ出発前の腹ごしらえとしてさっさと鍋の具材にしてやればよかったのに、なにが卸すだバーカバーカ。
狩ったのは俺なのになんでおっさんが決定権握ってんだよ畜生め。
何時間眠ったのかは分からんが少なくとも一時間は寝てたと思うしもう2時間ふて寝してやろうかなと思ったところで動いたままの荷台になれたようにあの小太りのおっさんが入ってきた。
「おぉ、ガルドの怒鳴り声が聞こえたからやっと君が起きたと思って来たんだよ、いろいろ話を聞きたくてね。」
出発前にガルドに聞いたところによると、ガルドとこのおっさんは昔からの腐れ縁らしく現在は商人として生計を立てているんだそうだ。
こんな物騒な世界で随分とリスキーな仕事をしてるもんでと少し感心したが、服の上からでもわかるこの中年お肉をみればかなりの肥えた生活でもしているんだろうと想像できた。
恰幅が良いってことは商売の腕も確かってことなのかもしれない。
「乗せてくれたお礼としてイノシシあげるプラスでなんでも聞いてくれ。」
「イノシシ……あぁピッグブルのことか、これは本当に大きなサイズだからガルドから運搬費用取れるし、後で肉もらう約束もしたからもう最高だよ。」
本当に喜んでいる所をみるとマジで肉が好きなんだろう。
「それならこのピッグブル自体を買い取っちゃえばよかったのに。」
「実はもうすでにモンスターの素材をガルドから道中で買ってしまって予算が尽きてしまってたんだ、失敗したなぁとは思うけど仕方ない。」
たしかにもう一台荷台があったし、そっちにほかのモンスターの素材があるのか。
ハハハと照れたように笑うこの商人のおっさんは途端に表情を変えた。
「それで、魔法が使えないって話、あれは本当なのか? 」
「正直自分でも分からないけど、今までの人生の中で使えたことは一度もないから多分できないとは思う。」
これに関しては嘘をついても仕方ないから正直に言う。これに関してはだけれども!
「…………それなら人体の構造として魔臓がそもそも備わっていない可能性もあるのかな、いやそんな人間聞いたことないしな。でもピッグブルを一発で蹴り殺したってことは何らかの魔法がかかってないと出来るわけないし…………。」
おっと、サイコパストリップが急に発動したぞ。
意味の分からない言葉を羅列しやがって、本当に置いてけぼりなんだが。
そんな俺の表情を見たガルドが見かねたようにしゃべり始めた。
「人間には魔法を発動するためのマナというエネルギーを生産しため込むために使われる臓器が存在しそれを魔臓とよぶ。つまり、魔法を使えないということはその臓器が存在していない可能性があるってことよ。」
ガルドは自身の肋骨の中心近くだが少し右寄りを軽くたたいた。
ほぼ心臓の位置ってことか。
「だから俺が人間じゃないとね、分かりやすいご説明痛み入りますわ。」
「けれども身体能力が常人よりも圧倒的に高いというポイントもある。これは獣人に能力が近いかもしれないけど、一発で、しかも魔法による補助なしでってことになると流石に獣人より身体能力高そうだな。」
そう小太りのおっさん商人が付け加えた。
「まぁ、なるようにしかならないとは思ってるよ。」
とりあえずこの俺の突然の身体能力向上についてはあまり褒められても虫の居所が悪すぎる。
そう思い話題を切り上げた。