衝撃でもあんまりない事実だがあちらの人にとって見たら結構な事実
蹴り飛ばしたイノシシもどきの死体を確認すると足の裏で前蹴りした箇所がちょうど足の裏の形にへこんでいた。
こんな巨大な生き物を蹴り殺せた自分に絶妙に引いたがとりあえず自然の恵みに頂きますの精神は忘れずに骨も残さずに食してやろうという気分になった。
「こいつはどうやって解体するんだ。」
地面に突き刺した大剣を引き抜きイノシシもどきの死体のほうに近寄ってくるポークピッツにそう尋ねる。
「…………あぁ、こいつは解体せずこのまま街まで運ぼうか。まさか魔法を使わずに仕留めるとは思わなかったが……。」
やっぱり魔法なんてあるのか。
俺もこんなに身体能力が向上しているってことは魔法も多少なりとも使えるようになってるかもしれないな。
ってか魔法なんて便利なものがあるなら始めから言えよ。それよりも俺に使い方教えろや。
俺を少なからず殺そうとしたことに引け目でもあるのか妙にたどたどしい。
謝ったらこの勝利の美酒に免じて許してやらんでもないが。
「あんただって魔法を使ってなかったじゃんか。」
「俺は身体強化の魔法をかけたぞ、さすがにコイツと正面切って力比べして勝てると思うほど自惚れちゃあいない。気づかなかったのか? 」
「逆にどう気づけと? 」
「普通は個人差や力量的な違いはあるにせよ、誰かが魔法を使用しているっていうのは見れば分かるもんだ。それこそ体の周りに流れるオーラ的な感じで……、腕のあるやつは感覚だけで見なくてもわかるらしいが。 」
うーん、意味が分からん。俺にはこのおっさんの周りには何も見えなかった。
普通のおっさんが妙にサイズ感のおかしいイノシシと一進一退の地面が少しえぐれるような押し合いをしているようにしか見えんかったな。
「うーん、じゃあ俺には魔法が使えないってことなんじゃないっすかね。」
「お前さんや、そんな簡単に常識のひっくり返るようなこと言うもんじゃない。」
常識がひっくり返るとは些か主語が大きすぎる野郎だ。
こっちからすれば魔法を使えるほうが十分俺の中の常識がひっくり返るわ。
ポークピッツは心底変なものを見るように俺の顔面を見ている。すこぶる気持ちが悪い。
「まぁ俺も多少魔法が使えたほうがかっこいいなぁとは一瞬思ったが、別になにかもとからある物を失ったわけでもあるまいし魔法が使えないとかどうでもいいよ。」
「魔法が使えないことが、どうでもいいね…………人外だな。」
「人外じゃねぇよ。」
そうポークピッツは呟くと妙に考え込んだ表情を見せつつも倒れているイノシシもどきを頭の上に担ぎ上げた。
少し重そうにしているが助けようとは思わん。
多分今もその身体強化の魔法をとやらを使って持ち上げてるんだろうが、正直俺にとってみればどっちが人外だとそう叫びたい。
魔法があったら俺のこの新たに手にした身体能力すらも軽く凌駕出来るってことだろう。
しかもこれをそこら辺にいるガキンチョですらどうにかできるときた。
もう俺が人外なら俺の周りには人外しかいないことになるぞ。
「そういえば、お前さんの名前を聞いてなかったな。」
そういえば俺もこの世界での自分の名前を決めてなかったな。
いつもRPGゲーとかだと自分の名前からとって【ダイ】にしてたからそれでいいかな。
「ダイだ、よろしく。おっさんは? 」
「俺はおっさんじゃねぇ、【ガルド】だ。」
「【おっさんじゃねぇガルド】か、面白い名前なんだな。出身地の風習的な? 」
基本的に俺は他文化の尊重には最新の注意を払ってるつもりだから、こういうところで気を使えるってことはつまり女子からのポイントも稼いじゃえるってわけよ。
出来る男は違うだろ?
「【おっさんじゃねぇガルド】じぁねぇよ。ちょっと考えたら分かるだろ! 」
「なんだ、ってことは【おっさんのガルド】てことか。先にそう言ってくれよ。」
「お前それ絶対分かってやってるよな。」
なんだいなんだい、ちょっと場を和ませてやろうとしてるだけじゃんか。
これだから更年期の人間は扱いが難しいんだよ。
魔法が使えないみじめな人間からはからかわれたくもないってことですかそーですか。
「そういやダイ、お前がこれからモンスター追い払えよ。俺ピッグブル担いで両手ふさがってるし。」
ちょっとした衝撃発言に俺の目が危うく飛び出かけた。
今さっき生と死の狭間をなんとか脱したばかりの人間に対してまた地獄に行けと崖から再び突き落とすと同様の行為だぞ。
「—————————ッ!? おいジジィお前卑怯だぞ!? 魔法もろくに使えないような戦闘力たった5のゴミに戦えと、お前はそれでも剣士なんですかコノヤロー!! 」
「戦闘力が何かは知らんがピッグブルを一発で蹴り殺せる人間に言われたくはない。」
「くッ!! モンスターが来たらお前をここに残して逃げてやってもいいんだぞ!? 」
「そしたら馬車に乗れずにお前も死ぬけどな、よくて餓死。」
「クソったれぇぇぇえええ!!!」
退路が完全に断たれてやがる。
昨日まで普通の生活を多分送ってきた人間がなぜこんなことをする羽目になったのだろうか。
アーメン。