終幕
学校の屋上に人影があった。
部活動でもない限り来ることがないその場に、当たり前の様に制服を着ているのは二人の影。
まだ陽が高く、じりじりと照り付ける暑さは、生ぬるい海風をもって熱波となる。その熱は日陰に隠れる二人を容赦なく煽る。
一人は、右手に包帯がまかれた涼音。
もう一人は、頬にガーゼを付けた悠人だ。
二人が見るのはいつもの夜空。
悠人は、その星空の中で、暑さから逃れる様に冷えた缶コーヒーを一口飲んだ。
「六人部君。――少し聞きたいことがあるんだけどいいかな」
「……なんでしょう?」
涼音は空を見上げたまま視線を合わせる事なく、悠人に問いかける。
「あのとき、秋吉先輩に言った言葉で、『先輩が自分の事しか見ないのと同じ』というのは、どういう事なんだい?」
その問いは、悠人をむせさせた。
派手に咳払いをしてから、悠人はしかめっ面で視線を向けない涼音に視線を向ける。
「意味分かってたわけじゃないんですか?」
「分かっていたら聞かないよ。――秋吉先輩が自分の事をどう思っているか、なんてそう分からないと思うのだけど、君は何かを見透かしたようにその言葉を言ったよね」
「……。先輩って案外ポンコツです?」
「なんだいそれは?」
身を起して悠人へと向き直る涼音は、怪訝そうな顔をする。
「そのまんまの意味だと思うんだけど……。あー。まぁそうですね。」
「なんだい?」
悠人の煮え切らない言葉に催促を出す涼音の視線が痛い、と悠人は身を捩った。
「秋吉先輩は、自分のことが好きなんでしょう。ナルシシズムというやつに近いと思いますが、自身が一番であるということが一種のステータスみたいなところがあるじゃないですか。未来の話しを聞いて、実際見て、そう思い至ったわけなんですけどね。
人の話しは聞かない、自身の意見が一番といった自己中心的な考え方の根源は、自身の絶対的な自己愛といってもいいんじゃないですかねぇ……」
「……そう……なのか」
「先輩が思い至らなかったというのがかえって可笑しい話しですよ。頭良さそうなのに。」
「……。あのね、六人部君」
そう涼音は言葉をくぎると、ばつが悪そうに頬を掻いた。
「私は、こんな喋り方をしているし、外面はいいからよく誤解されるのだが……。毎回、現国と英語は、ぎりぎり赤点を免れるレベルの頭脳の悪さだぞ? 数学の一教科に特化してしまっているから、あまり気にされていないが、他人の考えを知るなんて言うのはあまり期待しないでくれよ……」
「――先輩補修とか受けるんですか?」
「ぎりぎり回避しているよ……。だから、……なんだいその嬉しそうな笑みは」
悠人は頬を緩め、必至に笑いをこらえようとしている。
完璧な人間などいやしないのだと認識できたことがうれしく思えたのだろう。
「まぁいい……。それよりその後の言葉さ、先ほどの文脈からいくと、君が私を好いていると認識しているということでいいのかい?」
その言葉に、大きく笑い声をあげて、悠人は笑った。
「その認識でいいですよ。前も屋上で言った通り、魅力的な人だとは思います。」
「――そうかい」
「ま、答えを求めている訳じゃないですって。だって見ているところが違うじゃないですか僕と先輩」
どういう意味かと怪訝そうに眉をひそめて涼音は悠人を見つめる。
「先輩は現実を見ようとしているけど、僕は仮想の世界を見てるわけじゃないですか。好きな物っていったって僕なネットの世界だけでいいって思ってるくらいですよ? だから、見ている土俵が違うのに、その好きって言葉はどこに向かう物なんでしょうねとは思います。ものに向けられている好きと同列だと『思う』んですけどね。自分でも分からないですから――」
「……なんだい。君も現実を見ているじゃないか」
今度は悠人が怪訝そうな顔をする。
「なに、そうやって自分と他人を評価できることは、仮想だけを見ているとできやしないだろう? 尺度が違うというのなら、君は現実も見ているという事だろう。――あぁ、それで君の『好き』というものがどういうものか理解できていないのなら、それは君がその事象に未到達だったという事だよ。――ふふっ」
その笑みの意味が分からず悠人は、分かっている様に笑う涼音に少しむっとした表情を向けた。
「そういうことなら、現実的に、先輩を好きだって、先輩は理解しているってことになりますけど……」
「そうだね」
「そしたら、どう答えるんです?」
その問いに、少し考える様に涼音は空を見上げる。
「――君の初めて感じた現実の好きを独占できると思えれば、『うれしい』と返すのじゃないかな。それは喜びなんだろうね」
その言葉に悠人は押し黙り、口をとがらせる。
「なに、そんなに難しい顔をしないでくれよ。素直に取ってもらっていい」
「……、何が他人の考えを読めないですか。分かってるじゃないですか」
「それは違うぞ。君のことだからわかっている――」
否定は二人に空白の時間を発生させる。
双方の言葉の真意を確認する必要はなく、視線を交えた。
「――ばか。」
「なんですかその言い草は!」
悠人はそう云って破顔した。
夏の日差しは熱く二人を見下ろす。
ただこれから始まる本格的な夏を照らしていた。
稚拙な文章ですが最後まで読んでいただきありがとうございました。