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冬童話2021 『さがしもの』

いろどり ~なくした色を探して~

作者: 小畠愛子

 ふたごのお姉さんのララは、今日も妹のルルをひっぱって、青くすみわたったみずうみへとやってきました。


――空の色とおそろいだ――


 ルルはララに手をひかれながら、心をはずませました。みずうみも空も、どこまでも広がる青いキャンパスのようでした。


――あそこに自由に飛んでいって、だれにも気にしないで、たくさん絵をかけたらなあ――


「それじゃ、お姉ちゃんが絵をかくから、ルルはちょっと待ってるのよ」


 ララの言葉に、ルルはハッとしました。少しだけ口をとがらせましたが、ルルはうなずきました。その場ですわって、空をぼんやりながめます。


 ――あの雲は、だれがあそこにかいたんだろう? 白いお魚みたいだわ。それに、あそこの雲は、うさぎさんかな? わたしもあんなふうに、いっぱい絵をかけたら――


「……うーん、もう少し、こう……。うん、よし、できたわよ、ルル!」


 ララによばれて、ルルはしぶしぶ空から目をもどしました。ララがスケッチブックをルルにつきつけます。まるで白黒写真のように、みずうみの絵が生き生きとえがかれていました。ルルはうらやましさとさびしさがまじった目で、ララを見あげました。


「ちゃんと色えんぴつ持ってきてるんでしょ。ルルのほうが上手に色をつけられるから、ほら、ぬっていいわよ」


 ララにいわれて、しかたなくルルは、バスケットから色えんぴつをとりだしました。八歳の誕生日プレゼントにもらった、二人の宝物です。五十色もある色えんぴつは、きれいにといでありました。


 ――まずはみずうみの色から。まんなかはあい色で、だんだんうすい水色になっていくのよね。それに、みずうみのふちは、こいみどりにだんだん明るいきみどりになってる。あっ、お姉ちゃん、ちょうちょさんもかいてるんだ。ちょうちょさんは何色かしら? モンシロチョウなら白、アゲハチョウなら黄色と黒。それに、ここのきしべは、サクラソウがたくさん咲いてた。ピンクに赤に、それから――


 しぶしぶ姉の絵に色をつけていたはずなのに、いつの間にかルルは笑顔になっていました。白と黒の世界はだんだんと色づき、あざやかなみずうみがスケッチブックにできあがりました。


「やっぱりルルは色をつけるの上手ね。ほら、終わったんなら早く返しなさい!」


 ルルの手からスケッチブックをひったくると、ララはにこにこ顔でみずうみと、色づいた絵とを見くらべました。ルルはさびしそうに、そのようすを見ています。


「まあでも、やっぱりここはもう少しうすくしなくっちゃ、なんだか下品な感じでしょ」


 ルルがつけた色を、ララがいじわるくけちをつけます。


 ――またはじまったよう――


 ルルはうんざりしたようにうつむき、ちょうど足もとにあった小さな野花に目をやりました。てんとう虫が、葉の上をするすると移動しています。


 ――お姉ちゃんなんかきらい。わたしの絵に、いつもいじわるいうんだもん。もっと自由に絵がかけたらいいのに――




 本当はルルも、ララのスケッチが大好きでした。白黒の絵なのに、今にも動き出しそうなくらい、生き生きとしたタッチは、うっとりするほどに美しいものでした。そんなララの絵に色をぬれるなんて、本当はとてもうれしいはずなのに……。ルルはどうしても、ララのことをいじわるだとしか思えなかったのです。


 絵をかかないときの二人は、何をするにもいつも一緒でした。いじわるをいうこともなく、ララはルルをいじめっ子からかばったりすらしていました。そんなララだったので、ルルはますます不思議に思うのです。どうして自分にも、スケッチをかかせてくれないのか。どうして自分の絵に、あんなにいじわるをいうのか。でも、どれだけ考えても、ルルには答えは出せませんでした。




「もういやっ! お姉ちゃん、わたしにも最初からかかせてよ!」


 ルルが大声でさけびました。いつものように、ララがルルの色ぬりに、けちをつけていたときでした。


「なによ、ルル、いきなり大きな声出して」

「ずるいよ、いつもいつもお姉ちゃんばかり、スケッチして。わたしにもスケッチさせてよ、どうしてわたしにはかかせてくれないの?」

「ルルのほうがスケッチへただからって、いつもいってるでしょ。ルルは色ぬり上手だから、色ぬりだけをしておけばいいのよ。せっかくわたしが練習させてるのに、どうして文句いうのよ!」


 今度はララが、大きな声をだしました。ビクッとからだをふるわせるルル。二人のあいだに、静かに風がふいていきました。


「……もういいよ、お姉ちゃんなんかだいっきらい! 色ぬりも、スケッチも、絵だってきらいだもん!」

「あっ、ルル!」


 みずうみから、ルルは走ってにげていきました。いつのまにか、泣きながら走っていました。みずうみにはララだけが、ぽつんとひとりのこされました。




「どうしてわたし、お姉ちゃんにあんなひどいこといったんだろう。お姉ちゃんのこと、本当は大好きなのに、なんで」


 ベッドの中で丸まったまま、ルルはひとりで泣いていました。お姉ちゃんにいわれたことがくやしくて、悲しくて、それで泣いていたはずなのに。ルルはいつのまにか、自分がいった言葉に泣いていました。いろいろな悲しみがまざってしまい、いつしか眠りについたころ、ララが音も立てずに部屋に入ってきました。ルルは気がつきませんでした。




 次の日、ララはかぜをひきました。ララのかぜはなかなか治らずに、高い熱のまま、一週間が過ぎました。


「お姉ちゃん、早く元気になってね」


 ルルがララの顔を見ながら、しずんだ声でいいました。ベッドの上でララは、よわよわしく笑ってささやきました。


「ねえ、ルル。お姉ちゃんのスケッチブック、持っていっていいよ。ルル、絵をかきたかったんでしょ?」

「えっ? でも」

「いいのよ。だって、ルルのほうが上手なんだから、好きに使っていいのよ」

「ホントに? でも、このあいだ」


 そこまでいって、ルルはあわてて言葉をのみこみました。ララとのケンカを、思い出したくなかったのです。しかし、ララはさびしそうに笑うだけでした。


「うん。……ごめんね、いつもいじわるいって」


 ララの言葉に、ルルはそっとうなずきました。胸にささっていたとげが、ゆっくりとぬけていくのがわかりました。


「……ありがとう、お姉ちゃん」


 ルルは、いろどりあふれるみずうみへと向かいました。みずうみには、青、みどり、白、黄色、黒、ピンクに赤に、数えきれないほどの色が待っていました。


 お日さまののぼるキラキラしたみずうみは、水色と青をうすくぬりました。夕焼けにそまる静かなみずうみは、オレンジと赤を重ねました、そして赤い月と紫の夜空まで、ルルは時間も忘れてスケッチブックに色をつけていきました。


「絵をかくって、こんなに楽しいことだったんだ。お姉ちゃんにも教えてあげないと」


 くらくさびしい帰り道も、ルルにとってはたくさんのいろどりにあふれているように見えました。月の光が、ララとのけんかで傷ついていたルルの心を、すこしずつ洗っていきます。


「ただいま。ほら、お姉ちゃん見てみて。わたし、とってもいっぱい絵がかけたんだよ。お姉ちゃん、ありがとう。……お姉ちゃん?」


 家の中は外よりもくらく、ほとんど明かりが見えませんでした。まるで色をぬる前の、ララのスケッチブックの中にまよいこんだようです。


「どうしたの……? ママ……?」


 すすり泣きがララとルルの部屋から聞こえてきます。ルルはすいこまれるように、部屋の中へと入りました。そして……。




 ……そして、その日をさかいに、ルルはスケッチブックに色をつけることはありませんでした。




 ぼろぼろになったスケッチブックに、ぽたり、ぽたりとしずくが落ちました。


 そこは美術館の中でした。ルルはゆっくりと顔を上げました。そして、しずかに目の前にある絵を見あげました。みずうみのふちにこしかけ、絵をかいている女の子のすがたが、黒のえんぴつでかかれています。それはルルのかいた絵でした。


 スケッチブックに数えきれないほどのいろどりをえがいたあの日から、もう何十年もたっていました。ルルはおばあさんになっていました。


 ララがいなくなったあの日から、ルルの目に色は映らなくなっていました。ものの形は見えるのですが、それが何色なのかわからないのです。お医者さんにかかっても、だれも治療することも、原因を見つけることすらできませんでした。


 ――いいえ、原因はわかっているわ。きっと神様が、わたしに天罰をお与えになったのよ。……それとも、姉さんがわたしのことをきらいになったからかしら――


 ルルはあの日からずっと、色を探してたくさんの町を旅しました。その中で、何度もキャンパスに向かったのですが、ルルは結局なんの色もぬることができずに、黒のえんぴつでスケッチを続けるだけでした。そのスケッチは、とてつもなく繊細で、ルルは天才的な画家として認められることになりました。しかしそんなことは、ルルにとってなんのなぐさめにもなりませんでした。


「もういちど、あのころにもどれたら、どれだけすくわれるだろう。わたしはけっきょく、姉さんにあやまることもできなかった。姉さんのいない世界を、色のない世界を、ずっと一人ぼっちで生きてきた。その結果が、こんなさびしい絵だなんて」


 ルルがかいた絵の中で、もっとも有名な作品でした。ララのことを思い出しながらかいた絵は、美術館にかざられるほどに有名になりました。けれどもルルは、ちっともその絵が好きではなかったのです。


「もういちど、姉さんの絵に色をつけたい。姉さんと一緒に絵をかきたいのに……」


 ルルがハンカチでしずくをぬぐったときでした。女の子が二人、かざられていたルルの絵をながめているのに気がついたのです。


「お姉ちゃん、この絵、とっても上手だね」

「でも、わたし、もっときれいな色でいっぱいの絵のほうが好きだなあ……」

「じゃあ、わたし、お姉ちゃんのかく絵に、色をつけるよ。お姉ちゃん、スケッチとっても得意だもんね」


 ルルがとつぜん顔を上げたので、ふたごの姉妹はおどろき、姉が妹をかばうように前に出ました。ルルは、ゆっくりたちあがると、ふたごにスケッチブックを手わたしました。


「これをあげましょう。これに、あなたたちの素敵な絵をかいて、こんどわたしに持ってきてくれないかしら? おばあさんもね、あなたたちみたいに小さいころ、絵が大好きだったのよ」


 ルルは姉妹とならんで、自分がかいた白黒の絵を見つめました。みずうみの絵に、ルルが探していたいろどりが、ゆっくりと戻っていきました。


――まずはみずうみの色から。まんなかはあい色で、だんだんうすい水色になって――


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― 新着の感想 ―
[一言] 突然片割れを喪った悲しみはとても大きかったでしょうね。 今まで描いたスケッチの中にお姉ちゃんはいるよ、と言ってあげたいけれど、喪失の悲しみの癒えていないルルちゃんには刺激が強すぎる気もします…
[一言] なんとも切ないですね。 互いに愛し合い、認め合っていたにも関わらず、少しのすれ違いが悲劇を生んでしまうなんて。双子というのは、普通の兄弟姉妹よりも、自分に近しい存在であるように思います。だか…
[一言] とても切なくて最後に救いがある。 良いお話を読ませて頂きました。
2020/12/25 20:04 退会済み
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