勇者、町中で土下座をかます
「……さっきのあれが加護ってことでいいんだよな」
「タクト様が常軌を逸した頑丈さを誇っていないのなら、それで間違いないかと……」
竜に轢かれて傷の1つすら負わないのはもはや人間とは言えないだろ。
本来の俺は普通にこけたら擦りむいて血を流すぐらいの堅さしか持ち合わせてない。
「物理防御特化ってことなのか? 加護で防御のステータスだけとんでもないことになってるとか?」
「もしどんな攻撃も通さない力なら……これはすごい加護ですよ!」
「血を流さなかったり骨を折らなかったりしてるけど、実際は痛み全く消えてないからな? 多分だけど、ちゃんと攻撃相応の痛みはあるタイプ」
どうせなら痛覚も防御力に倣って欲しかった。
ケガはしないけどちゃんと痛いとか微妙に喜べねえよ。
「まぁ憶測で語ってもしょうがないな。どうせスタットってとこに着いたら全部分かるんだから」
「……ですね」
「幸い御者のおっちゃんがお詫びとして1番いい竜車を貸してくれたんだ。途中で泊まる宿を探すことにならなくてよかったな」
暴れ出した竜を捕らえてくれたお礼とのことで、俺とユニアは王家や貴族御用達の寝台付きの竜車を貸してもらえることになった。
ついでに跳ね飛ばされた俺に対しての謝礼金付きで。
「どうせあと1日はかかるんだ。その間にこの世界のこと教えてくれよ」
「あ、はい。タクト様がそう仰られるなら」
「ついでにそのタクト様ってのもやめない? なんか余所余所しくて嫌だ。俺たちは成り行きとはいえ、これからパーティを組んでやっていくんだろ?」
「ご、ごめんなさい。ではなんとお呼びすれば……」
「タクトでいいよ。せっかくだから俺もあだ名でも付けてやろうか?」
「あだ名ですか!?」
向かい合って座っていたユニアが予想外の食いつきを見せ、俺の方に身を乗り出してきた。
「……そんな嬉しいことか?」
「私は今までお城の外に殆ど出られなかった関係上、その……お恥ずかしながら親しい友人がいなかったので……」
「お姫様はぼっちであらせられると」
「そ、そういうわけでは! お城から出られないなりにお城で開催されるパーティではたくさん知人も招いていましたし……!」
「俺たちの世界じゃ友達がいない奴のことをぼっちって言うんだぞ」
いくら知り合いがたくさんいようが、友人がいないのなら誰がなんと言おうとぼっちだ。
「そ、そんなことよりあだ名を、ぜひ!」
「ぼっち姫」
「次それ言ったら私も然るべき対応を取らせていただきますからね、タクト」
「上等だ。やられた分だけやり返す。お前が寝てる間にとんでもないことやらかしてやるから覚悟しろよ」
美少女と竜車の空間の中2人きり……何も起きないはずがなく……。
ユニアは咄嗟に自分の胸元を腕で抱くようにし始めた。
俺ははんっと鼻で笑う。
「安心しろよ。お前は確かに美少女ではあるけど、俺はロリコンじゃない。14歳の子供に手なんか出せるか」
「ちなみにこの世界では15歳で成人扱いですよ?」
「……と、とにかく14歳の奴に手なんか出すか!」
「今の間は一体なんです?」
思ってない。あと1年経てば合法的に手が出せるのかとか、思ってないったら思ってない。揺らいでもいない。
おっと、すげえチラチラ見てくるな。そんなにあだ名に飢えてんのか。
面白いからもうこのまま放置しといてやろうかな。
「……タクトに人に言えないことされそうになって泣かされたってお父様に言いつけてやります」
「へっ、あのおっさんに言いつけたところで――」
「言い忘れていましたがお父様は王都ラプラスの誰よりも強いですよ? 私を鍛えてくれた先生もお父様には1度も勝ったことがないとか」
「――すんませんしたァ! 自分調子乗ってましたァ!」
俺は秒で土下座をかました。
勇者だなんて言われてちょっと舞い上がって調子こいてましたが、この溢れ出る三下臭こそ普段の俺でした思い出しました。
いやー王族舐めてましたわぁ……。
「分かればいいんです。ほら、早くあだ名を」
「……じゃ、ユニで」
頬を緩めたところを見ると、お気に召したらしい。
席に座り直した俺は、話題を元に戻し、この世界のことについてユニア改めユニから教えを請うことにした。
☆☆☆
「お客さん、見えましたよ。あれが旅立ちの町スタットです」
御者のおっちゃんの声に、俺は窓から身を乗り出して前方を見る。
「へー、結構大きめなんだな」
この世界の町を初めて外から見たから他と比べようがないけど。
大きいと言って差し支えはないんじゃないか?
「そうですね。旅立ちの町というだけあって、たくさんの冒険者も集まりますから」
ユニも初めて見る景色に目を輝かせている。
一応、町に着く前に昨日聞いた知識をまとめておくと……。
・この世界の成人は15歳。(つまり16歳の俺は成人扱い)
・冒険者ギルドに登録することによってステータスやレベルの概念が生まれる。
・この世界では魔王城に住む魔王がいる。
・魔王城を守る結界なるものが存在する。
・結界を解くには魔王軍の幹部を滅ぼす必要がある。
・幹部は現在8人。
・この世界には俺だけじゃなく数多くの異世界召喚者が存在していて、国まである。
・異世界転生者の存在は今のところ不明。いる可能性は大。
・召喚者には何かしらの強力な加護がある。
・お金の単位はこの世界で最も信仰されている女神の名から取って『ルシナ』。
……こんなところか。
これだけ知っていればとりあえずは困らないな。
風に吹かれながら脳内で情報を整理し終えると、ちょうど竜車が町に着いた。
「さぁ! 早速ギルドに行きましょう!」
「待て待て。先に宿を見つけてからでいいだろ」
「どうしてです?」
「いいか? こういうのはまず地盤を整えるのが大事なんだ。最悪寝れる場所を確保しておけば案外なんとかなるもんなんだよ。宿代だけ先に払っておけばあとは自由にお金を使えるだろ? なくなったらギルドでクエストを受けてその分お金を稼げばいいんだから……ってなんだよ?」
世間知らずのユニにこの世界のことを知らない俺なりに説明をすると、ユニが何故か感心したような表情をしていた。
「いえ……タクトって意外と頭が回るタイプなんですね……てっきり……」
「おいこら、てっきりなんだよ。言わないと実力行使で吐かせることになるぞ?」
「綺麗な女の人に弱くておバカさんなのだとばかり……い、いひゃいですいひゃいです!」
口の悪い姫様の頬を両手で引っ張ってやると面白いように伸びた。……なんか癖になりそう。
「そういうお前はしっかりしてそうなのにドジだよな。昨日も何もないところで転んでたし。肝心な時にうっかり慌てるタイプだろ」
劇場版になったら役に立たないものばかりポケットから取り出し始める自称ネコ型のあいつみたいに。
「そ、そんなことはないですよ! タクトってば失礼にもほどがあります! ほら、宿を取るんですよね! 行きますよ……ひゃんっ!」
不満気な蒼い瞳で俺を見上げて頬を膨らませていたユニが歩き出そうとして、転んだ。
「……ふっ」
「わ、笑わないでくださいよ! もう怒りました! 王族の持てる力を全て持って相手してあげます! ほら、かかってくるといいですよ!」
「おっ、逆ギレですかぁ? 王族の姫ともあろうものが下々の者に手を挙げようっていうんですかぁ?」
「むぐぐ……! こうなったら……!」
「おっ、またお父様か? 王都に戻る時があれば俺は今より強くなってるぞ? 昨日は屈したが例え王家の血を引く奴が相手だって負け――」
「これから町という町でタクトの悪い噂を流しまくって女性という女性から軽蔑されるようにしてあげましょう」
「――すんませんッしたァ! 俺が悪かったッス!」
俺は再び土下座の構えをとって、地面に頭を擦り付けた。
くそぅ……! 王族の姫の癖してなんて卑怯な手を思いつきやがる!
成り行きで起きた異世界召喚とはいえ、見知らぬ美女とのラブロマンスを捨てられるわけがない!
「ほら、いつまでも注目を集めていないで、宿を予約に行きますよ」
このアマいつかマジで泣かす。
気分を良くして歩き始めたユニの背中に、俺はいつか復讐をすることを誓うのだった。