勇者、竜に撥ねられる
「では、こちらで旅の準備を整えましょう。旅立ちの町スタットはこの王都から馬車で2日、竜車なら1日もあれば辿り着けます……タクト様? どうかされたのですか?」
「どうしたもこうしたも……俺行くなんて言ってないし」
魔王なんて他の異世界召喚者たちに任せておいた方が賢明だと思う。
どうして無理して自分から危険な場所に飛び込まないといけないんだよ。
無理矢理同行させられそうになってる挙げ句、ついでに尻まで撫でられてんだぞ。
不満に思うなって方が無理だろ。
「そうですよね……タクト様にはタクト様の生活があるというのに、そちらの都合も考えずに勝手に呼び出したりなんかして……迷惑にならないわけがないですよね……」
しゅんっと項垂れ目元を手で拭うユニアに流石にちょっと良心的なものが痛む。
「いや、うんまぁ……どうせ日本には帰れないわけだし……この世界のこと何も分からないから……今はお前に付いて行くしかないんだけど……」
「はい、ありがとうございます。言質取りました」
「おまっ、嘘泣きじゃねえか!? ふざけんなよ! 少し良心痛めた俺がバカみたいじゃねえかよ!」
こんのアマぁ……!
「こうすれば大体の男の人は言うことを聞いてくれるって、お父様が」
「よし、あのおっさんしばく。王様だろうと知ったことか」
武器や防具や衣服が置かれた部屋から玉座の大広間に戻るべく、俺は踵を返す。
「ちょっ! 流石に勇者様とはいえ一国の王にそんなことしたら打ち首は免れませんよ!?」
「知るか! 何が王様だ! 娘に変なこと教え込んでる髭親父にしか見えなくなったわ! あの親父殴れるなら俺の首1つぐらい賭けてやるよ!」
「無駄に男らしいですね!? というかそれなのに魔王と戦うのに命を懸けるのは嫌なんですか! そ、それにお父様は私の為を思って処世術をですね……」
「それは処世術じゃねえよ! お前みたいな奴がいるから勘違いして玉砕する男が出てくるんだよ、この悪女め!」
「あ、悪女!?」
なおも勇んで大広間に戻ろうとする俺に背後からユニアが抱き着いてきて、動きを止めようと……ってこいつ力つっよ!?
「いだだだだ! お前力強すぎだろ!? 俺が知らないだけでこの世界の14歳って皆こんな感じなわけ!?」
「乙女になんてことを言うんですか! 私はお城の方針で小さい頃から訓練を受けてるので多少、多少ですよ!? 力が強めなだけなんです!」
「えっ!? それ魔王倒すの俺いらなくね!? 全部お前がやればよくね!?」
少なくとも多少じゃねえ! だってこいつ俺より力強いし!
「そ、そんなことないですよ! 魔王に対抗するには特別な加護を持った人物が必要不可欠だと城の占い師も言ってましたし、そのぐらい魔王は強力な力を持っているんです!」
「じゃあ他の召喚者に任せようぜ。俺に出来るとは思えない」
「異世界から勇者としてやってきたタクト様には既に特別な加護が備わっていると思うのですが……それこそ王家の付き人であるアニスがその魔力の全てを注ぎ込んでタクト様を召喚したんですし……それはもう強力な加護が付いてると……」
加護……加護ねぇ……。
「具体的にはどんな力が付いてるんだろうな?」
「それはまだ分かりません……冒険者ギルドに行って冒険者として登録すればステータスが見られるようになると思うので……」
「ほーん。魔王と戦うのはすげえ嫌だけど、加護とかステータスって言葉には惹かれるものがあるな」
どうせ日本に帰れないのなら冒険者ギルドで登録して一度モンスターと戦ってみたいとは思ってしまうのが訓練されたオタクというやつだ。
この手の知識がある人間なら誰しも一度は異世界に召喚されて特殊なチートを持って大冒険をしてみたいと考えるだろう。
「……とっとと準備してそのスタットだっけ? に行こうぜ」
「へ? あ、はい! やる気になってくれたのは嬉しいんですけど……どういった心変わりが?」
「いや、冒険者として登録して強くなってから王様をしばきに行った方が合理的かなと」
「勇者様にあるまじき発言です! 絶対にやらせませんからね!」
俺を解放して、隣でわあわあ騒ぐユニアを無視して俺は自らの装備を選んでいく。
……あまり重い鎧だと俺が動けない可能性が高いし、武器もそれを考慮して軽めのやつだな。
なんだかんだ言って、異世界召喚というこの状況に心が躍ってしまっている俺がそこにいた。
☆☆☆
軽装の防具と軽めの片手剣を選んだ俺と動きやすいようにと俺と同じように軽装防具と細いレイピアを携えたユニアは馬車や竜車を借りられる場所を目指して歩いていた。
「まず馬車を借りて、途中である小さな村の宿屋に泊まることになりますね」
「竜車の方が早いんだろ? そっちじゃダメなのか?」
「竜車を借りるのはそこそこ値が張るので……貴族かお金を持っている者しか普段は借りないんですよ」
「お前王族のお姫様だろ。竜車でいいじゃん」
何が問題なのか、ユニアはあまり賛成じゃないらしい。
「私がラプラス王家の者と知れば特別扱いをされてしまうというか……私は一介の冒険者として扱われたいんですよ。せっかく王都の外に出られるんですから」
「王都に住んでる人間ならお前のこと知らない奴はいないんじゃないのか?」
「それでも、ですよ。王都を出る時にはなるべく家の力は借りないとずっと決めていたんです。これから自分の力だけで生活しないといけないんですから」
ユニアは王族らしく真面目な性分らしい。
「なので必要最低限のお金とラプラス王家の身分を表す紋章が入ったペンダントしか持ち出してません。竜車を借りるお金はそもそもないんです」
「なるほど。いざとなったらそのペンダントをかざして相手に権力を示してゴリ押せばいいんだな? 任せろ」
「だ、ダメですよ! やらせませんからね!? ……ひゃんっ!」
下から不満そうに見上げてきていたユニアがその場で盛大にすっ転んだ。
「……さ、さぁ! 行きましょう! 私たちの冒険の第1歩ですよ!」
顔を真っ赤にしたユニアが立ち上がった。
どうやら何もなかったことにしたいらしい。
「姫様! お怪我はございませんか!? 姫様! どうしたんです姫様! そんなにお顔を真っ赤にしてしまって!」
ここぞとばかりに姫様と連呼してやると顔を真っ赤にしたユニアが両手で顔を隠してその場にしゃがんでしまった。
「も、もうっ! タクト様は! もうっ! どうしてそんな意地悪をしてくるんですか!」
「いやー城の時にお前に騙されて言質を取られたからその仕返しを。俺はただやられっぱなしでは終わらせない男だ」
これで溜飲は下がった。ふぅ、すっきり。
恨みがましい目で見上げてくるユニアから視線を外し、前を見るとそこには馬や小さな二足歩行の竜が飼われている建物が。
どうやらこれが厩舎らしい。
「ほら、着いたみたいだし早く馬車を選ぼうぜ」
「そうですね……」
ようやく平静を取り戻したユニアが立ち上がった時だった。
「大変だー! 竜が一匹逃げ出したぞぉ!」
俺たちの近くにある厩舎の扉が派手にぶっ壊されて、中から1匹の竜が飛び出してきた。
「ふげあっ!?」
そして扉の近くにいた俺は竜に勢いよく跳ね飛ばされて宙を舞った。
「タ、タクト様!?」
「ひ、人が轢かれたぞぉ! 早くあいつを大人しくさせろ!」
驚くユニアや慌てる御者のおっちゃんらしき人の声を聞きながら、俺は無限に思える時間の中、くるくると回転し続けて……頭から地面に落下した。
「ごはぁっ!?」
「えと……えっと……弱めで……『ライトニング』ッ!」
ユニアが何かを唱えて竜の叫び声が聞こえたような気がするが、ぶっちゃけ俺はそれどころじゃない。
生まれてこの方経験したことがない痛みが俺の体を走り抜けていた。
「タクト様! 大丈夫ですか!?」
ユニアが近くに懸け寄ってきたが……。
「大丈夫なわけあるか! 跳ね飛ばされた上に頭から落ちてんだぞ!? 骨の1本ぐらい持ってかれてるだろ! ……あれ?」
そう叫び返して自然に立ち上がっている自分の体にものすごい違和感がある。
あれだけのことがあったのに、まるでどこの骨も折れていないかのような……。
「えっと……外傷どころか流血すら起こしてない……完全な無傷ですね……」
「……」
――どういうことだよ。
思わず痛みを忘れて立ち尽くす俺とユニアは目を丸くして、御者のおっちゃんがお礼の声をかけてくるまで首を捻り、疑問を抱き続けたのだった。