召喚された日
初めて異世界ものに挑戦してみました。
「――えと……は?」
おかしい。絶対におかしい。
俺は抱えていた腹の痛みも忘れて絶句した。
部屋にいて、アイスを食おうとしたら急に腹が痛くなって……自分の家のトイレに駆け込んだはずだ。
なのに……どうして……俺の目の前にあるのはトイレじゃないんだ?
「よくぞ来てくれた。勇者殿」
肩までぐらいの長さの金髪の綺麗な女の人が混乱する俺に対してそう言う。
どうして……自宅のトイレに入ったはずなのに、目の前にはやけに煌びやかな部屋があるんだ?
知らない奴らがたくさん並んでこっちを見てるんだ?
……というか今、勇者って言ったか? 誰が? 俺が?
ウッ!? やべえ……俺、腹痛でトイレに駆け込んだんだった!
「は、初めまして勇者様! 私は……!」
「その前に、ちょっといいか?」
綺麗な金髪の女の人の隣にいた、長い銀髪の小柄な女の子が前に出てきたが、俺はそれを手と言葉で制した。
「は、はい? なんでしょうか?」
まさか遮られるとは思っていなかったのか、銀髪の少女は明らかに狼狽えている様子で俺に聞き返してきた。
困惑の表情を浮かべる少女に、俺は――。
「トイレはどこだ」
腹を刺激しないように静かに尋ねた。
「はぇ? と、といれ……ですか?」
俺の言葉に、更に困惑の表情を浮かべる少女。
ぐっ……!? まずい! 刺激しないようにしてたのに波がきやがった!
「そうだよトイレだ! いいのか!? 急がないとお前らがよく分からないけど勇者と呼んでいるような存在が目も当てられない状況になるぞ! いいのかぁ!?」
腹を押さえて、前屈みなりながら必死に叫ぶと、ようやく事態の深刻さを理解したのか、銀髪の少女が周りに声をかけた。
「早く! 勇者様をお手洗いに案内してさしあげて!」
「は、はい!」
慌てて周りにいた複数人が俺を先導し、俺はようやく個室に駆け込んだ。
腹痛から解放された俺は、すっきりした顔でさっきの煌びやかな空間に戻る。
「というかどこだよここ!?」
「えぇ!? 今更ですか!? 遅くないですか!?」
「しょうがないだろ! 腹痛に勝てる奴なんかどこの世界にもいてたまるかよ!」
律儀にツッコミを入れてきた銀髪の子にそう返すと、俺は改めて状況の説明を求めることにした。
「で、色々と説明して欲しいんだけど……」
「そうですね。ハプニングはありましたけど……こほん。私はユニア。ユニア・ラプラスと申します」
ユニアと名乗った銀髪で蒼い目をした少女が、ぺこりと礼儀正しく俺に頭を下げた。
お辞儀1つとっても洗練された動作に思わず見惚れそうになる。
「で、そのユニア……さん? ラプラスさん? が俺を呼んだってことでいいのか? なんか勇者って言ってたけど」
「ユニア、で大丈夫ですよ。えっと……」
「あぁ、拓人。神篠拓人だ。……で、ユニア? ここはどこなんだ? 煌びやか過ぎて眩しいんだけど」
少なくとも日本じゃない。
こんな仰々しいインテリアにする奴がいてたまるか。
「それは私から説明をしよう」
ユニアの傍に立っていた金髪の人が口を開いた。
……ふむ、この人顔もスタイルもいいな。
落ち着いて容姿を見るとユニアもかなりの美少女の部類に入る。
「ここは王都ラプラス。タクト殿は私がゲートを開いて、異界より勇者として呼んだのだ」
つまりは異世界召喚ってやつらしい。
ラノベにアニメにゲームにマンガに、日本のサブカルチャーをこよなく愛するオタクとしてはすぐにこの状況を理解することが出来た。
「……驚かないのだな?」
「いや……これが召喚された直後なら大いに狼狽えてたと思うけど……1回トイレ挟んでるし驚くタイミングは完全に逸してるもんで」
と言ってもこの大広間に戻ってきた時にもう驚いてるけども。
「それはタクト殿が悪いのであろう!?」
見た目の年齢的には俺とそう変わらない金髪の女の人が燃えるような赤い目を大きく見開いて声を大にして反論してきたが、それに対してはちゃんと文句を言わせてもらおう。
「いやいや、俺普通に腹痛くてトイレ入っただけだから! まさか自宅のトイレに入ったら異世界に来ることになるなんて想像出来るかよ!」
「そ、それは悪いことをした……ゲートの位置はこっちでは調整出来ないもので……」
「アニス。落ち着いてください」
「ユニア様……申し訳ありません」
どうやらあの金髪の人の名前はアニスというらしい。
ポジション的には王族に仕える付き人ってところか?
「ごほん! それで、タクト殿をこの世界に呼んだ理由だが……こちらにいるユニア様を勇者として護衛し、魔王を討伐してほしいのだ」
勇者の次は魔王と来たか。
「元々、この国の習わしで王家の血を引く者は14になると同時に魔族やモンスターと渡り合う為に冒険者ギルドに登録して研鑽を積む必要があるのだ」
「……それで、どうして俺を呼ぶ必要が出てくるわけ?」
「魔王に対抗する為だ。異界の者をこの世界に呼ぶと、本来なら身につかない特殊な能力が加護として与えられるらしくてな」
「というか……その言い方だとこの世界に異世界人が来るのは当たり前に聞こえるんだけど」
俺の他にも異世界に来た奴らがいるってことなのか?
なんとなく選ばれた勇者っていう優越感が薄れるな。
「あぁ。タクト殿は日本という国から来たのであろう? その黒髪に黒目はよく見かけるな。確かこっちに来た日本人とやらが自分たちの住む国を作ったという話も聞いているぞ」
「国を作れるほどいんの!? 異世界召喚者が!?」
どんだけ召喚されてんだよ!
というかその感じだと異世界転生者もいそうだな!
「それで、どうかね。タクト殿……娘の護衛、引き受けてくれるかね?」
それまで口を閉じていた、王冠を頭に乗せた銀髪の男が威厳を感じさせる声で言った。
娘ってことはあれが王様ってことか……。
「え? 普通に嫌ですけど……」
『えぇ!?』
俺が悩む素振りすら見せずに即答してみせると、この場にいた全員が驚きの声を上げた。
「どうしてですか!?」
「どうしても何も……魔王とか普通におっかないし、俺はケンカも殆どしたことない一般人だぞ? それに部屋にアイス置きっ放しだし溶けたらどうすんだよ? あんまり休みすぎると出席日数足りなくなって留年しそうだし」
「タクト殿はアイスと世界の一大事、どっちが大事なのだ!? りゅ、りゅうねんというものについてはよく分からないが!」
「アイス。だって来たばかりの世界に愛着とか沸かないし」
よく分からない世界にいきなり呼ばれて命を懸けようと思える奴はすごいな。
正直、異世界召喚という展開には1オタクとして興奮はするけど、魔王とかマジで怖いし。
「お、お願いします! どうか、どうか……私に出来ることなら何でもしますから!」
「今何でもするって言ったよね?」
「は、はい……」
異様な食いつきを見せた俺にユニアが一歩後退った。
上から下まで舐めるように見るが……うん。
「……私の体を見てため息をついた理由をお聞きしても?」
「いや、何でもって言うから例によってゲスな考えの元性的思考で視姦してみたけど、やっぱ幼すぎて対象外だな……と」
俺はロリコンじゃない。
確かにユニアは美少女だけど、俺の好みはどっちかって言ったら……。
「アニスさんの方が俺の好みだわ」
「タ、タクト殿!?」
「なら魔王を倒した暁にはアニスを好きにしてもいいですから!」
「ユニア様!?」
このお姫様家臣を売ったぞ。
「……そもそも俺は日本に帰れるのか?」
その話はあとで入念に取り決めて誓約書でも作成してもらうとして、問題は俺がここで断ったとしてちゃんと日本に帰れるかどうかだ。
「おい、目を逸らすな。王様まで何やってんすか」
「す、すまない……実は異界のゲートを開くには優秀な魔力を持つ者が何年も魔力を溜めてようやく開けるものなのだ……つまり……その……」
再びアニスさんは俺から目を逸らした。
「だ、だが! 魔王を倒したら願いが1つ叶うと言われておるぞ!」
「その前に死んだらどうすんだよ!? 死んだら元も子もないだろ!」
慌てて言葉を紡いだ汗だくの王様に対して、俺は全力で叫び返した。
「だ、大丈夫だ! 遺体さえ無事なら上級職のプリーストに頼んで生き返らせてもらうことだって……!」
「命が軽い! 民を多く抱える王様がそれを言っちゃうのはダメだろ!?」
この髭ふざけたこと言いやがって! 寝てる間にガムテープでその髭根こそぎ引きちぎってやろうか!
命大事に!
「ええい! 男の癖してごちゃごちゃとうるさいわ! お主が魔王を倒したら我らラプラス王家の出来る限りの範囲で願いは叶えてやる! ユニアよ! 早速タクト殿を連れて冒険者ギルドへと出向くのじゃ! 頼んだぞ! 皆の者、勇者殿を連れていけい!」
「おいこら、口論で負けそうになったからって数の暴力と権力に頼るなんて恥ずかしくないのかよ! やめっ、やめろぉ! 腕を掴むな! おい誰だ今ケツ撫でたの! 背後にいるの男しかいねえんだけど! 身の危険を感じるから背後に立つんじゃねえ!」
王族の従者の中にホモがいるっぽいんですけどぉ!?
流石に多勢に無勢で、俺は腕や体の様々な部分を捕まれて、抵抗も虚しくわちゃわちゃと大広間をあとにすることになってしまった。
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