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曰く付き長屋7

「……強いね」

 浮羽が思わず呟く。

「里の手練れがここまでお嬢……いや、浮羽を追いかけてきたはずなのに……」

 こくん、と浮羽も頷く。

 手練れを、彼はあっさりと倒してしまったのである。恐るべき青年剣士である。

 その青年は、既に三人倒したというのに疲労も気負いも感じさせず、すたすたと歩いて井戸の前に立つ。さっと正眼に構えた姿は、あくまでも静かで一筋の炎のようでもある。

 そんな彼の前に、半円を描くように黒尽くめの男たちが腰を落とす。

「さ、住人の中には朝早くから仕事に出る者もある。さっさと済ませてしまおう」

 言うが早いか、あっという間に仕掛けていった。

 切っ先での誘いに慌てて突っ込んでくる曲者の剣を擦りあげ跳ね飛ばす。虚空へ剣が飛び慌てる男の手首を切る。

 かと思えば別の方角から投げられた鎖をわざと己の腕に巻き付け己の方へ引き寄せ、もんどりうった男の首筋を峰に返して打ち据え、沈める。

 何もできずに唖然とする三人目には、正眼に構えたままするすると間合いを詰める。さすがに、とんとんと後ろに飛んで間合いを外すが、生憎背中にはすぐに井戸がある。

「ぐ……」

「そなたら、大自然の中での立ち回りと町中での立ち回りは異なるぞ。それを考えに入れずに襲撃した時点で失敗であるな」

 それでも曲者は諦めない。脇差を抜いてそろそろと青年の周囲を歩く。青年に隙らしい隙はないが、それでも剣を振り回さずにいられないのは力の差を感じているからだ。

 黒尽くめの男は、くるくると立ち位置を変えながら、脇差で青年を誘うように仕掛けるが、変幻自在の剣の動きでかえって翻弄され、敢え無く肩を打たれて崩れ落ちた。

「英次郎、お手柄じゃ!」

「英次郎さん、お見事です。腕をあげられましたな」

「親分、大家さん、慣れぬ動きをされて、幾分肝を冷やしました。彼らは江戸の者ではないですね。あんな流派、見たことがない……きっと、さまざまな飛び道具や薬草で襲撃する手はずだったのでしょう」

 英次郎が、目を回している男の一人を仰向けに転がし、懐から小袋を引っ張り出した。

 親分が小袋の中身を検分し、御禁制の品じゃな、と低く呟いた。

 英次郎がなんと! と驚き、青葉と浮羽の背が震えた。

「本当に、殺しに来たんだ、わたしを……」


 そっと引き戸を閉めた浮羽が、己の手をぐっと握って開いた。

 襲撃が終わったと見て取った住人たちが、英次郎を囲んで騒いでいる。

 が、浮羽にはそれがとても遠いものに思えた。

「わたしは……あそこには入れない」

 この手は、物心ついてからずっと人殺しをしてきた手だ。人殺しをいいとも悪いとも知らぬころから、当たり前のこととして行っていた。

 浮羽と青葉は、それを生業とする隠し里にいたのだ。

 里を逃げてきたのには、わけがあった。だが、とてもここの住人や太一郎たちには言えない。事情を知れば、否応なく巻き込まれてしまう。


 彼らを、巻き込めない。


 ここを出たほうがいいだろうか、と、思案し始めた浮羽の思考を破ったのは、英次郎と呼ばれた剣客の嬉しそうな声だった。

「大家さん、かたじけない。それがし、若芽ご飯と菜っ葉の味噌汁で十分です。なんと、香の物に卵焼きまで! ご馳走だ、いただきます!」

 あれだけの剣術遣いとは思えぬ、元気よく朗らかな声である。どうやら、曲者退治のお礼に、朝餉が振舞われることになったようだった。

「親分! 見ろ、味噌汁に浅蜊が入っているぞ」

 どこまでも嬉しそうな英次郎の声に、青葉の頬が思わず緩む。

 朝餉に香の物と卵焼きがついたらご馳走だと叫ぶ武士、おそらく貧乏御家人の倅だろう。

「あの、青葉」

「ん?」

「若芽ごはんってなぁに?」

「……ああ、そうか。いつも、里に伝わる飯ばかりで……食うたことがないか」

「ない」

「そうか、ならば今日は若芽ご飯に決まり」

 こくん、と浮羽が嬉しそうに頷いた。

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