化け鳥9
木の幹に沿って、太一郎が滑り落ちる。
「お、お、親分! 枝に捕まれ! 左手の枝が太いぞ」
血相を変えた英次郎が馬に乗ってやってくる。助かった、と、太一郎は思った。そして若き友の助言に、親分の体は自然と反応した。むずっと枝を掴んで速度を殺す。が、不幸なことに巨木であるものの枝は細かった。ほどなくしてその枝もめりめりと嫌な音を立てた。
「親分、今度は右の枝!」
「う、ぬぅ……」
右の枝は太くて短い。太一郎はなんとかそれにしがみつき、体勢を整えた。
が、やはり親分の体重を支えるのは難儀なことであるらしい。めりめり、と音がする。
「英次郎……減量しようと思うがどうであろうか?」
「親分、今はそんなことを言っている場合ではない、化鳥がまだ狙っている」
「ひえぇ」
「退治するゆえ、動いてはならぬぞ、親分!」
「無茶を言う……」
しかし太一郎は、必死で木にしがみついた。
英次郎を応援したいが、中途半端な高さであるゆえ、自分で降りることもできず、落ちれば怪我をする。
なにより、化鳥に再び江戸の空を運搬されるのは御免である。
そっと首を捻って英次郎を見れば、刀だけでなく弓矢を持参していた。
「おお、なるほど……」
馬上からきりりと弓を引き絞り、きっかり狙いを定めて化鳥を射る。その横顔の凛々しいこと、それを己しか知らぬのは勿体ないことであると太一郎は思う。
一本、二本、と鳥を掠めた矢が、ついに胴を射抜き、化け鳥が怒りの声をあげる。
悪臭を放つ体液を撒き散らしながら英次郎を攻撃するが、すばやく刀に持ち替えた英次郎が応戦する。
が、そのうち、どさり、と、鳥が落ちた。二度三度翼を動かしたが、それきり、ぴくりでもない。
「親分、もう降りても良いぞ」
馬から降りた英次郎が、そっと化鳥に接近する。切っ先で突くが全く動かない。
「英次郎、鳥は絶命したのか?」
木から転げるように落ちた親分も、そっと近寄る。
「いや、寝ておるだけだ。薬種問屋の長崎屋に駆け込んで、南蛮渡来の毒薬を矢の先に塗ってみたのだが……」
毒は化鳥の命を奪うには至らず、ということだろう。
「さてもさても……この化け物、どうしたものか……」
刀を納めて首を捻る英次郎に、太一郎は「わしに任せろ」と胸を叩いた。