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化け鳥7

 英次郎は、ちらりと愛剣に視線を投げた。無銘だが手入れを欠かしていない剣は、英次郎の手によく馴染んでいる。

 父や祖父も大小を差していたはずだが、英次郎ほどには抜いていない――どころか、太一郎のところへ長らく差し出されていたのが、この刀、先祖代々佐々木家に伝わるものである。

 英次郎がそれを知ったのはほんの数年前、父に連れられて新たな借金申し込みに行った時だった。

 父の様子がおかしいと感じた英次郎は、後日、一人で衣笠組を訪れ、借金の額を教えてくれと頭を下げた。太一郎は渋ったが英次郎の粘り勝ち、金額の大きさ、借金をしはじめてからの期間に衝撃を受けた。

 金額は他家とはけた違いに多く、誰が見ても返済不可である。しかし英次郎がもっとも衝撃を受けたのは、刀が差しだされていたことである。

「兄上の腰にあるあれはなんだ……?」

 予備のものがあるとは思えない。となると、考えられるのはただ一つ。

「……竹光か……」

 武家の体面を気にした太一郎は「お預かりしているだけ、研ぎ直しに時間がかかるだけ」といいはってくれたが、英次郎から見れば武士の魂を売り飛ばしたも同然である。食べるものも食べずお絹と二人内職にはげみ、どうにか金子を掻き集めて太一郎の前に置き、刀を返してもらったのだ。その時に太一郎は英次郎とお絹の人柄に触れ、この親子を助けると決めたらしかった。

 以来、何くれと武士の体面を傷つけないよう最大の配慮をしながら、佐々木家を助けてくれているのだ。

 英次郎がそんなことを思い出している側で、太り過ぎの親分はきょろきょろしはじめていた。

 派手な単衣はすでに汗を吸って変色している。腰に一本だけ落とし差しにした刀もやたらと重たそうである。

「……おっ、親分、辻駕籠はそこだ」

「かたじけない……」

「親分は、そこでご遺体の回収方法を考えてくれ。それがしは、化け鳥の退治方法を考える」

 丸々とした体をなんとか押し込み、英次郎が「こちらだ」と駕籠を案内する。兄弟なのかよく似た顔つきの駕籠かき二人が目を白黒させたのは、親分の重さが尋常ではないからだろう。

 酒手を弾まねばならん、と、英次郎はひとり苦笑した。


 果たして騒動の場はすぐにわかった。木の枝に突き刺さる男の身体、屋根に無造作に投げ出された男。

 絶命しているのは確かめるまでもない。首はあらぬ方向へ向き、身に付けた衣が朱に染まっている。しかし血の匂いがまったくしないのは、殺められた場所がここではないからだろう。

 屋敷の用人らしき人物や近くの屋敷の中間らが、かわるがわる見に来ては血相を変えて駆け戻る。惨さに耐えられないのだろう。

「気の毒に……英次郎、彼らを一刻も早く下ろしてやらねばなるまい」

 太一郎が矢立を取り出して手早く文をしたためる。見物人の若い衆を何人か捕まえ、手紙を届けてくれるよう頼んだらしかった。

「英次郎、すぐに坊主や植木職人が来る。彼らが下ろしてくれるであろう」

「相分かった」

 太一郎は、その被害に巻き込まれた屋敷へと近寄っていく。用人らしき人が親分に気が付き、話しかけてくる。用人の引き攣った顔が、親分と話すうちに和らいでいく。

「親分、配慮痛み入る」

 用人が軽く頭を下げ屋敷へ戻っていく。その背に、親分が深く腰を折った。


「英次郎、ふたりを引き取る許しを得た」

「そうか、もう少しの辛抱で家族の元へ戻れるか」

「うむ」

「にしても、いつ、どのように死ぬるのか、わからぬものであるな……」

「そうじゃな」

 言葉を交わしながら、太一郎と英次郎の目は、既に標的を捕捉していた。

 この騒ぎを上空から見ている者があった。例の化鳥である。

 ばさり、と、両翼を広げて野次馬を威嚇する。

「親分、どうやって二人を引き取る? あの化け鳥、獲物をとられぬよう見張っているのだろう」

「そうであろうな。ひょっとしたら、我が子に食わせるのかもしれぬ」

 ぎょっとしたように英次郎が太一郎を見た。

「化鳥も繁殖するのか」

「あれも生き物であるからな」

 それもそうか、と、英次郎がため息をついた。

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