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化け鳥3

 そうこうしているところへ、たずねてくる人があった。というよりも駆け込んできた、の方が正しい。

「親分、い、い、いるかい!」

「ちょっと、あっしらを、助けてくんろ」

 ばたばたと駆け込んできて喚く声を聞きつけ、若い衆の一人が応対に出た。ひょろりと背が高く、頬に刀傷があるが人懐っこい笑顔を浮かべている。

「おう、近所の『朝顔長屋』の住人さんだったな」

「へぇ」

 大家の佐兵衛が朝顔づくりの名人のため、いつの頃からかそう呼ばれている。

「名は何という」

「あああ、あっしは大工の熊八、こっちは棒手振りの五郎蔵でぇ」

 若い衆は一つ頷くと、すうっと息を吸い込むと、奥へとむかって

「朝顔長屋の住人、大工の熊八どのと棒手振りの五郎蔵どのがお見えになっておりやす、親分、お出ましを!」

 と、怒鳴った。すると「朝顔長屋の熊八どの、五郎蔵どの、親分のお出ましを!」とどこからともなく唱和する声が次々とする。

 声はどんどん奥へと広がっていき、熊八と五郎蔵がぽかんとしているうちに親分と若い武家が姿を現した。

「む?」

 親分の目が二人の上で止まった。

 二人とも体格のいい壮年の男のはずだが、血相を変えて歯の根もあわぬほどに震えている。

「お、お、おや、ぶん……」

 どうしたい? と、親分が二人をゆっくり見ながら問いかける。二人が顔を見合わせたあと、熊八が声を落とした。

「化け鳥が、日本橋に出たんでぇ……」

「化け鳥じゃと? それは……誠か?」

 親分の言葉に、五郎蔵がこくこくと頷いた。

「あっしら、そいつに追われて……ここまで逃げてきた」

「新吉と豆蔵が……あいつの犠牲になったんだ、おそろしい……」

「あっという間だった」

「鋭いくちばしで一突き、だったな……」

「せめて遺体は回収してやりてぇが、なぁ……親分、どうしたらいい?」

 二人はそう言い、ぶるりと体を震わせた。

「どうやら、ただ事ではなさそうな」

 親分が一つ頷き、英次郎も同じように頷いた。


 玄関で立ち話をするには、深刻すぎる。そう判断した親分は、二人を奥の間へと案内した。まさか衣笠組の屋敷へ通されると思っていなかった二人は、驚いたように顔を見合わせる。

「……親分、そちらさんは?」

「どちらの組のお方で?」

 と、目つきの悪い若い男たちがどこからか出てくる。ひえっ、と息を呑んだのは五郎蔵だろうか。熊八も五郎蔵も慌てて英次郎の後ろへ隠れてしまう。

「ご近所さんじゃ。朝顔長屋の……こちらが大工の熊八どの、こっちは棒手振りの五郎蔵どのじゃ。手出し無用。わしが呼ぶまで、奥には誰も来なくていい。いや、喜一の菓子が出来たら持ってきてくれ」

 へぇ、と男たちはそそくさと立ち去る。

「大丈夫じゃぞ、追い払った」

 太一郎が声をかけると二人はゆっくりと顔を出した。そのまま廊下を渡り、親分自慢の離れへと向かう。

「へ、こりゃ大店みてぇな造りだな」

「なんだい、五郎蔵、大店の奥なんて行ったことあるのか」

「へへへ、それがよ、おれは棒手振りは棒手振りでも、扱う物が蝋燭や下駄の歯、傘や子供のおもちゃとかだろ、大店の奥へ『ちょいと来ておくれ』なぁんてこともあるわけよ」

「いよっ、それで若後家を誑しこんだんだな、この色男!」

「よせやい。大旦那にみっかってえらい目にあったんだ」

 嘘か誠かわからぬ威勢のいい会話を聞きながら、親分の頬が緩む。

 ただ、二人の顔色は優れぬままである。心配事を一瞬でも忘れたいがための軽口であろうことは、太一郎にも英次郎にもわかっていた。


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