甘味の鬼6
「英次郎、そなたはどんな鬼を見た? わしが見たのは、赤い足と下駄じゃ」
太一郎が言えば、
「赤くて、毛むくじゃらで、鼻が高く、角が二本。妙な柄の膝丈の袴で素足に下駄。得物はなかったが、跳躍力も腕力も桁外れ。咄嗟に掲げた鞘に罅が入った。あれは文字通り化け物であるな。挙句、胸に蹴りを喰らい、見舞いの品を奪われた」
と、淀みなく答えた英次郎は悔しげに、唇を噛んだ。その肩をぽんぽんと叩いて太一郎は慰めてやる。
「そなたに怪我がなくてなによりじゃ。案ずるな、そなたなら次に逢った時に遅れは取らぬ」
「親分……」
実際、一度目はあっさり意識を刈られた英次郎だが、二度目は応戦したらしい。さすがの腕前と度胸である。
「ところで英次郎、見舞いの品とは何じゃ?」
「近頃評判の、ちくう糖と細工の見事な有平糖を少し」
有平糖というのは南蛮渡来の菓子の一種である。
砂糖と少量の水飴を鍋で煮詰め、沸騰したのちに火からおろして濾す。適度に冷めた砂糖を白くなるまで練ったり引き伸ばしたりして作るのだが、このところ、様々な細工を施した『有平細工』なるものも登場してきている。
ちくう糖は、その有平糖に黒ゴマを練り込んだものであり、これも最近評判になっている。
「腹を壊していると聞いているゆえ、胃の腑に負担がかかる餅や煎餅よりゆっくりとける飴が良いかと思ったのだ」
さすが菓子作り名人お絹の子である。
が、ぎらり、と太一郎の目が光った。
「わしも、鬼に襲われた後に懐にしまっていた甘味がない事に気付いてな。落としたのかと思うたが……そうか、鬼が盗んだか。鬼は甘味泥棒であったか!」
鬼と雖も許すまじ、その決意がひしひしと伝わってくる。巨体から闘気に近いものが立ち上り、思わず英次郎は眼を瞬いた。
「だがな、親分。鬼の奴、欄干の上で包みを開いて、チガウ、とかなんとか申したぞ。何か、探しているのではないか?」
「江戸の甘味を順番に食うつもりかな」
「江戸の甘味を……か……」
「二人ともに、甘味を奪われたのだ。甘味泥棒と思って問題あるまい」
普段の親分ならもっと慎重に考えるだろうが――甘味泥棒許し難しの一念である。
甘味とはかくも親分の思考を乱すのか、と、英次郎は妙な感心の仕方をした。
少し考えていた英次郎が、にやりと笑った。
「親分、ちと耳を……」
「ふむ?」
英次郎が、太一郎の腕を引っ張って何事かを耳打ちした。最初は眉根を寄せていた親分だが、次第に瞳が輝きだす。
「面白いぞ、英次郎。その話、のった!」
御家人の次男坊と、縦にも横にも大きいやくざの親分が二人で楽しそうに笑う。
「タイチロとエイジロ、イツモ、仲良シ。ヨク、話シスルネ」
クルチウスが覚えたての日本語でそう言った。太一郎が、うむ、と頷く。
「友であるからな。きちんと話し合って互いの考えを知っておかねばならん」
「友、ダカラ? 話す?」
「うむ。納得行くまで、互いを尊重して話し合う、それが大切じゃ」
さすがに難しかったのだろう阿蘭陀人たちがきょとんとした。いつの間にかワインの樽を抱え、赤ら顔になってその場に横になっている蘭方医了蘭が蘭語で三人に説明する。
「親分……あの蘭方医、大丈夫なのか?」
「蘭方医の腕と語学は間違いのない御仁じゃ」
つい癖で懐に手を突っ込んだ親分は、たちまち悲しい顔になった。いつもならそこに、饅頭や飴、かすていらなどがあるのだ。
「ええい、英次郎、甘味の鬼を退治するぞ」
「合点承知の助」




