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Dreamers:the seventeenth stage  作者: くろーばあஐ
1/1

No.4 共依存の十五夜

【注意!!】

今回のお話には少々残酷な描写が含まれます。さほどグロってほどではないですが、多少人を選ぶ表現になっていますのでご注意ください!

「ほんとはね、わかってたんだよ」

 深夜3時を周り、ルナは俯きながら突然そんなことを言った。

 ルナはしばらく泣き続けていたが、涙が枯れてしまったのか私の肩に寄りかかって鼻を啜った。

「...何を?」

「エルが言ってたこと。何を言ってほしいのか、何を聞きたいのか。ぜんぶわかってた」

 すっかり疲れ切ってしまい、声もか細く消えそうだったが、こんな夜中ならそちらの方がいい。ちゃんと聞こえるなら、無駄に声を張る必要はない。

「なんでわからないフリしたの?」

「......言いたくなかったから。...ぼくとハルだけの秘密だったから」

 悲劇の話。目を逸らしたい過去。そんなの誰でも持ってる。

 私たちがちょっと特殊で、残酷で、叫びたいほど痛いだけ。

「ハルって子は、お友達?」

「うん。...前に話した、死んじゃった子」

 また一粒、ルナの頬から雫が落ちる。私はそれを拭って話を続ける。

「どんな子だった?」

「優しくて、元気で、面白くて...ぼくの大好きな子」

「順番に話せる?」

「......今なら、いいよ。ちょっと勇気出てきた」

 仄かに笑って、ふと目を閉じた。その日の情景を思い出すように。


    ◇◆◇


 ぼくは、生まれた時から母さんと父さんがいなかったんだ。

 だからずうっと一人。大人たちは、ぼくに冷たくしてた。...なんか悪い子だったんだって。

 ぼくのおうちはあっちの山の向こう。村のことはよく知らないけど。ずっとおうちから出られなかったから。

 真っ暗で、寒くて、いつも変な匂いがして、手と足に鎖がついてて壁から離れられないようになってて。優羽香のおうちほど綺麗じゃなかったなあ。

 でもおうちの好きなところあったよ。壁に四角い穴が開いてて、鉄の棒がついてるところ。そこからお月様が見えるし、桜とか紅葉とか雪とかも入ってくるんだ。夏はもっと綺麗なのも見えてね。ぼくはその穴が大好きだったんだ。暇な時はいっつも見てた。


 だけど、それ以外は全然好きじゃない。決まった時間に【だんざいしゃ】がくるから。


    ◀◁◀


 大きな足が体を踏みつけた。汚い手が頬に痣を作った。小さな刃が腕を切った。

 赤いものが流れ出て、変な臭いが部屋に充満する。

「こいつ、マジで人形みてえだな」

「なんだよ今更。今に始まったことじゃねーだろ」

「いやあ、ここまで無反応だと楽しくねーなと思ってさ」

「あーそりゃわかるわ。泣き叫んでくれたらもっと遊んでやれるのにな?」

 大人たちがそんなことを話しながら、髪の毛を引っ張る。

 何も感じない。わからない。人形って何?楽しいって何?泣き叫ぶって何?遊ぶって何?

 目に映るものがわからない。聞こえるものがわからない。触れたものがわからない。口に入るものがわからない。臭うものがわからない。

 あの人がわからない。この人がわからない。自分がわからない。

 でも知る必要はない。知ったって何もない。知らなくてもいい。

 もうどうでもいい。どうせいつも同じなんだから。

「おいお前たち。まだやっとったのか」

 光が入ってきたと思ったら、腰を曲げた人が来た。この人は知ってる。【そんちょう】だ。

「なんの用すか村長」

「いや、こいつを殺してしまってないか不安だっただけじゃ」

「そんくらい配慮してますよ。俺らだって馬鹿じゃないし」

「ま、こいつなかなか死なないと思うしな」

 お腹のあたりを蹴られた。口から空気と赤いものが飛び出る。

「そうか。今後も気をつけといてくれ。そいつの罪はこの一生でようやく浄化されるんだからの。途中で死んだら元も子もない」

「わーってますって」

「こいつが寿命で死ぬまでいたぶってやりゃいいんでしょ?大丈夫ですよ」

 罪。それが何か知らないけど、なんか悪いことみたい。

 悪いことをしたから、罰としてこのおうちで生きてる。生かされてる。

 この大人たち、【だんざいしゃ】が罰を下し続ければ、罪が「じょうか」されるって【そんちょう】は言う。

 よくわからないけど、知る必要なんてない。ここにいればいいだけだから。

 この【だんざいしゃ】は【そんちょう】が嫌い。【そんちょう】がくると、いつもより強く叩く。いらいらするって言いながら。

 今日も【そんちょう】が帰ったらいっぱい叩かれる。

 でもどうでもいいや。いつものことだから。

 今日のおそらのあれは丸いかなあ。


 暗い暗い時間。この時間が好き。

 だって、この時間は【だんざいしゃ】も【そんちょう】も来ない。誰も来ない。だから好き。

 四角い穴からおそとを見た。今日はまんまるだ。

 あれも好き。おそらに浮かぶ丸くて黄色いの。たまに丸じゃないけど、丸くないのも好き。でもやっぱり丸いのが一番好き。

 丸いのの他にも、おそらにはつぶつぶがいっぱい浮かんでる。

 雨がよく降る時に晴れると、つぶつぶの帯が見えることがある。あれはもっと好き。でもたまにしか見れないのはやだ。

 いつか、あの丸いののところまで行きたい。つぶつぶの帯を触ってみたい。

 腕を持ち上げて、四角いおそらへ手を伸ばす。

 この背中の羽は、おそらを飛ぶためにあるって聞いた。羽でおそらを目一杯飛びたい。暗い時間に飛んで、丸いのを掴んでみたい。

 ...できることなら。

 上げた腕を下ろして足を見た。赤かったり青紫だったりしてる足。この足で立ったこともない。

 歩き方も知らない。羽の動かし方も知らない。

 何もわからないから無理だ。馬鹿だから無理だ。

 おうちと繋がってるから無理だ。おそとに出たこともないから無理だ。

 何もできないから無理だ。ずっとずっとこのまま。

 ──────もうどうでもいいや。



「知ってるか?近くの龍族の村、火災が起きたんだってよ」

 煙の出る棒を咥えた人が呟いた。

「うわまじかよ。こえーなー」

「近くっつっても西の方の山だろ?どう頑張っても引火しないからまだよかったな」

 足を切り付けてた人が興味なさそうに答え、肩を踏んでた人は完全に他人事という調子で言った。

「でさ、そこの生き残りの親子がこっち来るんだってさ」

「へー受け入れたんだ村長」

「うちんとこの村長はなんてお優しいんだろうなー」

 ケラケラと笑って足の傷口を蹴る。これは少しわかる。【だんざいしゃ】は【そんちょう】を馬鹿にしてる。

「あ、そうだ。新しい奴らにもこいつの断罪手伝ってもらおうぜ?」

「おいおい、親子だっつってんだろ。子供にこんなとこ見せちゃダメだろ。トラウマになるぜ」

「親だけじゃダメなのか?」

「こんな仲間が死ぬのを間近で見てすぐこれ、大丈夫だと思うのかよ...」

 棒を咥えてた【だんざいしゃ】が、協力の提案をしてきた【だんざいしゃ】を軽く叱るように止める。

 これは多分「優しさ」だと思う。よく知らないけど。

「なんにせよ、しばらくこいつの相手は俺らだけで充分だろ...な?」

 【だんざいしゃ】はそう言って首筋に煙の出る棒を押し付けた。これは明るい時におそらにある丸いのが、手足の鉄を照らした時の感覚に似てる。これは多分、「暑い」だ。

「っと、今日はもう戻るか。新人さんに挨拶しなきゃいけないっぽいしな」

 それに同調し、大人たちはおうちを出て行った。

 新しい人...ちょっと気になる。

 でもどうせ、ここから出られない。いつも通り、変わらない。

 ならどうだっていいや。


 なんて勝手に決めつけてたけど、そんなことなかった。


 その日は暖かかった。

 おそとは明るいのに、暗い時と同じような感じがする。ふわふわして、目を瞑ってしまいそう。

 すると突然、正面の板が動いた。

「......?」

 そこの隙間から顔を覗かせたのは、【だんざいしゃ】でも【そんちょう】でもなかった。

 大人より体の大きさが違う人。赤い髪をしてて黄色い羽がついてる人。

 でもここに来る人が何をするかは決まってる。蹴るか叩くか切るか火で焼くか。髪を引き抜く人かもしれない。

 なんにせよどうでもいい。関係ないから。

 きょろきょろとおうちを見渡す人は、目が合うとまっすぐここに近づいてきた。

「君...!なんでそんな怪我してんの!?」

 腕を持ち上げて驚いた声を出す。

 なんでって言われても、【だんざいしゃ】が傷つけるから以外ない。

 って言おうとしたけど声の出し方を知らない。どうやって伝えればいいのかわからない。

「い...痛そう...えっと、待ってて。今家から絆創膏持ってくる!」

 痛そう?バンソーコー?何を言ってるのかがよくわからない。なんで叩かないの?なんで蹴らないの?なんのためにここにいるの?

 わからないがいっぱい溢れてくる。でも何一つ聞けない。見るしかできない。

「もしかして、君が母さんが言ってた...大罪人の女の子?」

 辺りを見回してその人はそう聞いた。

 女の子?が何かわからないけど、大罪は悪いことだから...多分そう。相手の言葉にそうって答えるには、首を縦にふればよかったはず。

「そ、そっか...こんなことされてたんだ......」

 なんでそんな悲しそうな顔をするの?ここに来た人はみんな楽しそうな顔するのに。

 ふと、ぽたっと雫が落ちる。雨でも降ってきたのかな。でもおそらは明るい。

 よく見ると、その雫は小さい人の目から流れてた。落ちても落ちても、目から水がいっぱい溢れてくる。

「...こんな仕打ち...しなくてもいいじゃん...!」

 思い出した。これは涙だ。悲しい時に目から流れる水。ずっと前に【だんざいしゃ】の一人が「奥さんが亡くなった」ってことを聞いた時に見た。

 何故かそれを見てると、こっちまで悲しくなってくる。胸のあたりが針で刺されたようにチクチクする。

「僕知ってる。殴られたら痛いんだ。こんな痣だらけで平気でいれるわけない...君、ほんとは辛いんじゃないの...?」

 辛い?それは知らない。感じたことない。知らない時は...さっきと逆だから首を横に振ればいいはず。

「そっか...?強がらなくていいのに」

 その強がるも知らないからやってないと思うけど。

 ぐすっと目を拭って、小さな人は涙を止めた。

「う〜ん...僕じゃここから出すことはできないし...」

 首を傾けて神妙な顔をする人は、傷だらけの腕を悲しそうな目で見た。

 何がしたいのかよくわからない。でもどうせいつも通りになる。どうでもいい...

「そうだ!僕これから何回もここにくるね!」

 ......今なんて言った?

「そうだな...じゃあ今日の夜にまた来る!いいかな?」

 夜?夜って何?勝手に話が進められてる。いよいよついていけない。そんな立ち上がって宣言されても困る。

 ...困る、か。初めて感じたかも。

「僕はハル=メシカル。ハルって呼んで!君、名前は?」

 屈んで目を合わせ、名前を言われる。ハル...覚えていいことあるのかな。

 そういえば、自分の名前を知らない。いつも名前で呼ばれたことないから、あるのかどうかもわからない。知ってたとしても伝えられない。

「...名前、ないの?」

 ないと言い切れないけど、どうしようもないから頷くしかない。

 すると、ハルはまた首を傾けた。しばらくすると、一つ頷いて言った。

「じゃあ、名前がわかるまではハナビって呼ぶね!よろしく、ハナビ!」

 ハルはニッコリ笑うと、右手を出してきた。意図が理解できず、それを見つめたまま固まっていると、それに気づいたハルは右手を掴んで握らせた。

 これが挨拶みたい。よくわからないけど...どうでもいい...かな。


「...誰もいないよね?」

 うとうとと目を瞑ろうとした時、板が動いてハルが顔を出した。

 この時間は誰も来ない。だから好きだったのに...少し不満に感じた。

「ハナビ、見て。いいの持ってきたんだ」

 ニッと笑って、ハルは背中に隠してたものを見せた。

「ジャーン!「夏の花火」って絵本!僕これ大好きなんだ!」

 絵本?夏?花火?知らない単語がいっぱい出てきた。思わず首を傾ける。

「もしかして絵本、知らない?」

 知らない、と首を縦に振った。

「え、そうなの?えっと...絵本っていうのは、全部のページに絵が書いてある本で...」

 ハルは隣に座って説明をしてくれるけど、絵も本も知らないから早々についていけなくなった。

「あ、絵とか本とかも...わからない?」

 人の考えていることがわかるのかなと疑うほど、ハルは的確に質問してくれた。それに答えるため首を振った。

「じゃあ順番に教えようか。絵っていうのはここに書いてあるようなやつで...」

 絵本を見せながら、ハルは絵について教えてくれた。本のことやついでに天気のこととかも細かく教えてくれた。

 ハルはわからないことをたくさん教えてくれた。どれもすごく興味を惹かれたけど、特に季節についてが一番面白かった。

 花がいっぱい咲くあったかい時期が春。すごく暑くてじめじめするのが夏。葉っぱが赤くお化粧する涼しい時間が秋。雪が降るとっても寒い季節は冬。

 ハルの名前の由来は春から来てるらしい。

「でも僕は夏の方が好きなんだ」

 ハルはそう言って眉を下げるように笑った。

「この絵本の花火...僕はこれが何より好きでさ。花火って知ってる?」

 首を傾げてから横に振った。それは...ぼくの仮の名前じゃないの?

「花火っていうのは、夏の夜、空に一瞬だけ開く大きな花のことだよ」

 ハルは四角いおそらを指差して、黄色くて丸いのを見た。

「あの月よりずっと大きくて明るいんだ。しかも赤、青、黄色、緑...色んな色があるし、色んな形をしてるんだ」

 腕を下ろして絵本に視線を落とした。見開きのページいっぱいに細かい線が引かれて綺麗な円を作りあげていた。

「とっても綺麗なのに、ほんの数秒もせずに消えちゃうんだ。絵や写真で永久に残せるけど、やっぱり本物が一番いいと思う」

 するりと絵の花火の淵をなぞり、目を細めた。

 そして照れ笑いながら「君の名前も、この花火からそのまんまとったんだ」と付け足した。

 ぼくはハルの絵本を見つめる。

 色とりどりの花火が絵の中で弾けている。でもぼくは、ハルの好きな本物を見たことがない。

 おそらにある綺麗なものって、あの丸いのやつぶつぶだけじゃないんだ。

「...もし、君がここから出られたらさ」

 ハルはぼくの手首に触れた。鉄の紐越しに温かさを感じた。

「一緒に、夜空満開の花火を見にいこう。約束、ね」

 そう言って微笑んで、右手の小指を立てた。ぼくも真似して立てると、ハルはそこに自分の小指を巻き付けた。

 これが約束。約束が何か知らない。わからない。

 でも、もうどうでもよくなくなってきた。もっと知りたい。おそとはどうなってるのか。ハルは何が好きで何が嫌いなのか。

 いっぱい、いっぱい知りたい。

 教えて、ハル。楽しいことがいっぱいなおそとって、どんな感じなの?


「あ、そうそう。僕らがここで会ってること、他の人には内緒ね」

 ハルは人差し指を立てて笑った。

 ぼくも真似したら、声を出して笑われた。


 ...まだよくわかんないな。



「あー」

「ぅ...ぃ...」

「あー、あー」

「だ...あ゛...あ、あ」

「あ、出た!そんな感じ!」

 口を開け、喉を震わせて舌で発音を調整する。これが声。これがお話。

 ぼくは毎夜、ハルから色んなことを学んだ。おかげでわからないことがなくなっていった。

 例えば、暗い時間は「夜」で、おそらに浮かぶ丸いのは「月」で、つぶつぶは「星」で、夏の夜の星の帯は「天の川」っていうんだとか。

 鎖や鉄格子、ドアや格子窓など、ここにあるものの名前は覚えたし、ここにないものもハルが絵本を持ってきて教えてくれた。

 ある程度教わった時、次に出てきた問題は「意思疎通ができないこと」。ぼくは言葉を喋ったことがないので、どうしても「はい」か「いいえ」でしか答えられない。

 だから、最低限喋れるようにとハルはぼくに発音の練習をさせてくれている。

 とはいえハルも先生じゃないから、どうも教えるのは難しいらしい。ぼくも手探りと見よう見真似でなんとか食らいつくしかない現状だ。

 ハルが言うに、ぼくは物覚えと要領がいいらしいから、多分大丈夫だ。よくわかんないけど。

「じゃあ応用して...かー」

「あ、...ぅあ...か...?」

「そうそう、そんな感じ!もう一回、かー」

「あ、あ...か。か!」

 ようやっと二つ目。ハルによれば文字は全部で50個もあるって。まだ先は長そう。

 でも、こうして何かを教わるのは初めて。今までは【だんざいしゃ】の言葉を意味をなんとか拾ったりしてたけど、こうして面と向かって教わるのは楽しい。

「すごい、覚えが早い!じゃあ次は...」

 ハルも今、同じ気持ちなのかな。喋れるようになったら聞いてみよう。



 口を開ける。息を吸う。言いたいことを頭に浮かべて...

「は...はじめまして。こん、にちは。おは...おはよう、ござい、ます」

 なんとか言い切るとパチパチと乾いた音がした。顔を輝かせて手を叩くのはハルだ。

「すごい...!ゼロからこんなできると思ってなかったよ!」

 まるで自分のことのように喜ぶものだから、ぼくもつい口の端が緩んだ。

「う〜ん...ここまで上手になるなんてねぇ...やっぱあれかな、先生が天才だからかもね?」

 にっと歯を見せて目を細めた。この顔をするとき、ハルは冗談を言ってぼくを笑わせようとする。

「うん。先生が、いいから。ハルの、お、かげ、だよ」

 まだ途切れ途切れだけど、こうしてハルに言葉を伝えられる。それだけで充分な気がした。

 ハルは一瞬ちょっと驚いたけど、わざとらしく深々とお辞儀して「これはこれは光栄です、お姫様」と言った。最近見た絵本のセリフと同じだ。

「はあ...ほんと、嬉しいね。こうして話せるの」

 ハルが壁に体を預けて口を開く。はにかむ笑い方に、ぼくは足を抱えて顔を埋めた。

「ハル、優しい。【断罪者】と、違う」

 月明かりが格子窓から入って、ぼくの影を作り上げる。なんて小さくて頼りないんだろう。

「...なんで?」

 いろんなことを知って、いろんなことを考えて、【断罪者】から知った感情は「蔑み」。ぼくを見下して馬鹿にする、汚くて嫌な感情。

 ぼくは今までその感情を常に受けてたから、それが普通だと思ってた。

 でもハルはあまりに違いすぎてついていけないというか、嬉しいのにわからないというか。

 知らないことを知りたい。ぼくはもう、どうでもいいと思えなくなっていた。

 ぼくの質問を聞いて、ハルは一瞬惑った。そのあと眉を下げて顎に右手を当てる。

「う〜ん...自分の話になるけど、いいかな」

 前置きにぼくは頷く。ぼくの反応を確認して、ハルはゆっくり話し始める。

「僕、出身はここじゃないんだ。西の山の村。ちょっと前に火事でなくなっちゃったんだけど...その時に父さんを亡くしちゃって」

 ハルはそこで言葉を区切り、片足を曲げてどこか遠くを見つめるような淡い瞳をした。

「僕は、父さんが死んで...喜んじゃった。最低だよ。全然優しくない」

 人が死ぬ。それはつまり、永遠に会えないこと。話せないし一緒に笑えない。悲しいことだってハルは言ってた。

 でも、それをハルは喜んだ。人の死を喜ぶのは悪いことだとも言ってた。

「...なんで?」

「何が?」

「なんで、喜んだ?理由、ある、はず」

 ハルはその大きな黄色い目を瞬かせる。

 ぼくにはわかる。ハルは理由があって悪いことをしてしまった。だって、ハルは優しい。みんなが嫌うぼくに優しくしてくれた。

 ハルは人が死んだら意味もなく喜ぶような酷い人じゃない。

 ぼくの怪我を見て泣いてくれた、優しい人だから。

「...ふふ」

 ハルが肩を震わせる。笑ってる。

「ハナビは僕より頭がよくなっちゃってるみたいだね。...その通りだよ。父さんは、いつも僕を殴ってきたんだ。お前の顔を見ると腹が立つって。理不尽だよね。母さんも殴られるのが怖くて助けてくれなかったし」

 ハルが長袖をまくる。腕には痣や傷跡がたくさんついていた。

 それは痛いものだ。ぼくは知ってる。...ああそっか。初めて会った時に言ってたのって、このことだったんだ。

 ずっと隠していたのか。いつも長袖の服やズボンを履いているのには理由があったんだ。

「ハナビほど酷くはなかったけど、ほんと、辛かった。だから死んだ時に嬉しいと思っちゃったんだ」

 薄い赤色のパーカーが月明かりに映える。細められた目が寂しそうに揺らぐ。

「だから怪我だらけのハナビを見た時、どうしてもほっとけなかった。苦しい時に誰も助けてくれないのはもっと辛い。僕は少しでも、ハナビの味方になりたい」

 ぼくの顔を見て、ハルは太陽のような優しい温かさを持った目で笑った。

「それが僕の身勝手なエゴでも、君が僕を邪険にしたとしても、そばにいたいって思わせる理由だよ」

 仲間意識、あるいはぼくが自分より酷い目に合っているから見下しているのか。一瞬そんな風に捉えてしまった。

 でももし後者だったとしても...ハルがぼくの味方でありたいと思うのに、嘘は感じられなかった。

 ぼくもハルみたいに、誰かの味方になれるかな。誰かの心の支えになれたらいいな。

 傾き始めた衛星に背を向け、ぼくも微笑んだ。

「やっぱり、ハルは優しい、ね」


「特大ニュースだよ、ハナビ!」

 そう言っておうちに飛び込んでハルは、いつもより顔が明るかった。

「特大ニュース?って、何?」

「いい知らせってこと!いいことを知ったんだ!」

 興奮が抑えられないという風に両手をブンブンと縦に振って、ハルはポケットから紙の束を取り出した。確かメモってやつだったはず。

「実はこの前母さんと村長の家に行く機会があってさ、そこで村長の机の資料をいくつか見てきたんだ」

 ここにメモしておいたんだとぼくの前に座ってメモを開く。ずっとニコニコしててそんな面白いことなのかとぼくもわくわくして待った。

「あ、あったこれ。...ゴホン、発表します...」

 突然ハルはわざとらしい咳払いをしてキリッと真面目な目つきになった。ぼくもつられてゴクリと喉を鳴らした。

「本日をもちまして、君に...『ルミナス・ホワイティア』という名を授けます!」

 ハルは言ったあとに「わーわー」と盛り上げてぼくに拍手を送った。

 一方ぼくは呆然と口を開けていた。全然理解が追いつかない。ルミナ...なんだっけ?

「名前...?」

「そう、君の本名。村長の家にあったんだから本当だよ。はい、りぴーとあふたーみー。『ルミナス・ホワイティア』」

 りぴーとと言われ、勉強してたころの条件反射であとに続いて言った。こうすると大抵覚えられる。

「おっけーおっけー。これが君の名前だよハナビ...いや、ルミナスか」

 嬉しそうに笑ってハルはぼくの名前を呼んだ。

 今までずっとハナビだったから、全然ピンとこない。自分の名前なのに別人みたいだ。

 ぼくは困惑が隠しきれず、ずっと首を捻ってとりあえず覚えようと試みる。

「う〜ん...ルミナスか...ん〜...なんか全然納得いかないというか、変なむず痒さがあるっていうか...」

 どうやらハルも同じ気持ちみたいだ。なんかこう、しっくりくるものがないのだ。

 じっとメモを見つめるハルは、不意にそうだ!と声をあげた。ちょっとびっくりした。

「ちょっとだけ略して...『ルナ』ってあだ名にしよう!いいかな?」

 ハルは人差し指を立てて提案した。四文字が二文字になっただけなのに、何故かさっきよりするりと頭に入ってきた。

「い、いいと思う。ルナ、覚えやすい」

 ぼくも首を振って同意を示した。ルナ、ルナ...なんかハルにハナビって名前を貰った時と同じくらい、それ以上に嬉しい。


「それからもう一つ。この名前と村長の資料からもっといろんなことがわかったんだ」

 メモを捲ってハルは少し深刻そうな顔になった。それはさっきの真面目な顔とは違う、冗談じゃない本当に大事な話をする顔。

「ハナ...ルナがここに監禁されてる理由になる話。結構長くなるけど、聞く?」

 バッと顔をあげる。それはぼくが今一番聞きたいこと。一番気になってること。

 最近、殴られる度、言葉を教わる度、ぼくの中で疑問が浮かんできていた。何故ぼくは【罪人】なんだろう。何故あの大人は【断罪者】なのだろう。ぼくの罪って何?

 無意味に、ただ憂さ晴らしだけに殴られているのか、それとも理由があるのか。

 ぼくは大きく頷く。知りたい。なんでか教えて。

「ん。じゃあ軽く削りながら話すね。

 ...昔昔、あるところにある男がいました。男は大罪人と名高い人でした。何故なら人を殺したことがあるからです。ですが、男は素性を隠し、人を殺した地元の村から逃げました。逃げた先の村で、男は素敵な女性に出会いました。男はこの女性を愛し、女性も男のことを愛しました。

 女性と付き合い始めた時、男は勇気を振り絞って告白しました。自分はあの大罪人の男だと。でも人を殺してしまったのは事故だと。実際、それは偶然と不運が起こした事故でした。それでも愛してくれるかと男は女性に尋ねました。女性は言いました。それでもいいよ、と。かくして二人は結婚し、一人の子供を授かりました。

 そのまま幸せな家庭が築かれた...かと思いきや、男の正体が近所の人にバレてしまい、男は殺されてしまいました。女性は慌てて逃げましたが、子供を取り上げられ殺されてしまいました。

 ...その子供は、別の村に引き取られ、両親の罪を浄化させるという名目で痛めつけられているのでした。おしまい」

 ハルは一通り語り、終わった時にメモを閉じて悲しそうな目をした。

 昔話のように話してくれたのは、きっとできる限り辛い気持ちを和らげるためだろう。

「父さんが、悪いから、ぼくが殴られるの?」

「...まあ、そうかも。でも僕は全く納得いってない」

 語気を強めてハルは眉間に皺を寄せた。あれは怒ってる顔だ。

「ルナの父さんは事故で人を殺してしまっただけだし、本人もそれを後悔してる。それなのにそんな追い回すことないじゃん」

「...ううん。父さんは、悪い。だって、ハル、家族が殺されたら、それが事故でも、嫌でしょ?」

 ぼくはハルの言葉を否定した。父さんがどんな人だったか知らないけど、殺したいほど恨まれる理由はある。

「だけど...!...だけど、その罪をルナが背負う必要はないでしょ。ルナは何にもしてなのに。理不尽だよ...」

 ハルって本当に優しい。それこそハルに全く関係ないのに、ぼくのことを心配してくれる。ぼくの自慢の友達だ。

「もう、慣れてるから。大丈夫」

 ...嘘。最近は苦しくてたまらない。折れた右腕を隠して話すのもきつくなってきた。

 でもハルがこうして会いにきてくれるなら、それだけで今日生きる意味はある。

「...そう、もう一つあってね。これはルナの体の話なんだけど」

 ハルがぼくの足を見てそっと触った。

「...昨日は折れてたのに、次の日になったらすっかり治ってるってこと、よくあるよね?」

 ぼくは首を傾げる。

「うん。いつもそう」

 昨日折れてた足が治ってる。昨日切り傷ができた腕が治ってる。次の日になると、大抵大きな怪我は治ってる。それはみんなそうでしょ?

「それが...普通じゃないっていうか、おかしいことなんだよ。普通、骨を折られたら一晩で治ったりしない」

「え、そうなの?」

 どうやら勘違いしてたみたい。普通だと思ってたけど、そんなことなかったんだ。

「そう、でもルナは普通じゃないらしい。大きな怪我は数日で治っちゃうし、小さい傷も数時間で元通りなんだって。それもルナが忌み嫌われる理由の一つかも」

 ぼくは人と違うんだ。だから嫌われちゃう。

「なんか、それって...「みにくいアヒルの子」に似てる」

 この前教えてくれた絵本のことを思い出し、なんとなくそう言った。

 すると、ハルは一瞬目を大きく見開いたかと思うと、そっと目を細めて笑った。

「なにが面白いの...?」

「いや、すごいなって思ったの。それならきっと将来、ルナは美しい姿でどこまでも飛んでいくんだろうなって」

 曲げた足に肘をついて、ぼくに感心したような、羨望のような眼差しを向けた。

「かっこいいね。未来に希望を持ってる人って。僕はずっと誰かの助けを待ってたから、君のような人が羨ましい」

 右腕を動かさないように気をつけながら、足を伸ばした。

「...今まで、もし出れたらなんて、考えてこなかった。ずっと永遠にこのままだと思ってたから」

 鉄格子の向こうを見据えて言った。涼しい風がおうちに滑り込む。

「外に出たいと思えたのは、ハルのおかげだよ。外のこと、いっぱい教えて、くれたから」

 ちゃんと伝わってるかな。言葉の使い方間違ってないかな。

 ...あ、笑った。目も口も笑ってる。顔いっぱいに笑ってる。

 よかった。きっと伝わった。



 ぼくはこの先の未来でも、君にそんな顔をさせれるかな。できたらいいな。

 君は笑った顔が一番素敵だから。




 嗚呼、この時間が永遠に続いたら──────





 どれだけよかっただろう。


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