森にて
***
「中々見つからないねえ」
「……」
「僕、実はお昼食べてないんだよね。ついでに言うと朝もリンゴを一個かじっただけでさ…その時買っておけばよかったかな?干し肉も何種類か置いてあったんだよね、そのお店。でも僕さ、肉ってそんなに好きじゃなくて…」
「おい。黙って歩くことはできないのか?」
自分からほど近い距離にいる男を振り返り、ベルはそう言葉を返す。
村の近くで絡んできた胡散臭いその男は予想を裏切って、目的地である森の入り口までついてきた。用事を済ませるから付きまとうなと言えば、森の中に何の用事?と聞かれ。はぐらかそうとするも折れず返事を求められ。面倒になって冒険者登録に必要なのだと答えれば冒険者じゃないの?と驚いた顔をされた。さっきと立場が逆になったな、と少しだけ楽しく思ったのは現実逃避に違いない。
そうしてなし崩し的にともに森へ入ることとなり、目的の魔物を探す手伝いをさせていたのだが。
(喋ってないと死ぬのか?この男…)
どこぞの高名な魔導士に黙っていると死ぬ呪いをかけられた、と言われても納得しそうなほどに口を動かす男である。つまりはうるさい。やかましい。森に入れば少しは静かになるだろうと考えていたがこちらも見事に裏切られ、今日はもう何度目かのため息が出る。
そろそろ日も暮れる時間だ。だというのにスライム一匹見つからないことを思い出して、続くため息を抑えられなかった。
「はぁ~…幸先が悪すぎる…」
「あ、知ってる?ため息をすると幸せが逃げるんだって!」
「…そんな話聞いたことがないけど」
「そうなのかい?この辺りでは言わないのかな?」
「知らない」
かさかさと、やけに草の音が耳に響く。風が出てきただろうか。
「知らないって…君はここらで育ったわけではないの?うーん…ルーヴァにいるときに聞いたような気がするけどなあ…」
「!ルーヴァと言ったか?お前、あの国に入れるのか…?」
「え?うん。通行証もあるし」
「今も行くことは…」
あるのか。そう続けようとした時だった。
「グルル…!」
地面が鳴るような唸り声と共に、突如大きな影が前方に立ちふさがった。
(何…!)
咄嗟に腰元の短剣に手を伸ばして距離をとる。
夕暮れの中でもひと際沈みこむ黒い影は、狼のそれとよく似た形をしていた。あかい瞳、周囲を漂う濃密な瘴気。自身の倍はあろうかという背丈───ワーグなどとは比べ物にならない、強い魔物なのだとはわかるが全く持って知識がない。横目で自称冒険者を窺うが、それより先に自分と魔物との間に立ちふさがった。
「君、下がっておいで」
「なにを───」
「隙を見て遠くへ。…これはあまり余裕がない」
大杖を構え、こちらを見ることもなく告げる男。この数時間、ずっと軽薄な態度を崩さなかった彼の真剣な調子に驚くがさもありなん。やはり強い魔物なのだろう。
一流の冒険者というのは虚言ではなかったようで、杖を構える姿に隙はない。周囲にいくつもの魔法陣が展開していることから無言詠唱も習熟しているのだろう。
共に戦うべきとも思ったがあいにく自分は共闘に慣れておらず、魔獣についても知識のない状態でである。足を引っ張るよりはと判断しここは任せることにした。
「…頼んだ」
「うん。気を付けて」
女の子の一人旅は危ないからね。当初のような軽い口調に少しばかり目元が緩む。
戻ったら女じゃないと教えてやろうと心に決めて、魔獣が飛び掛かった瞬間に来た道を駆け出した。